僕はADHD

文明

第1話

何をやっても上手く行かない。

この世の中ってやつは不公平だ。

適応力のあるやつ、

要領のいいやつ、

頭がいいやつ、

そんな奴ばかりが上手く行く。

愛が大事だとよく歌なんかでも歌ってやがるが、そこらへんの金集めが上手い奴なんかより俺の方がよっぽど愛情深い。

なのになんで俺は評価されないんだ!?

今日も物に躓いてこけそうになっただけなのにみんな白い目で見てきやがった。

昨日もコーヒーをこぼしたくらいで呆れ顔だ。

まったく俺のなにがわかるってんだ!?

まったく俺という人間のなにがわかるってんだ?

俺がどれだけ必死で生きてると思ってるんだ?

俺は

俺は



2015年、俺は世の中のありとあらゆるものに嫉妬し、不満を持ちながら生きてきた。

これが40歳になる人間の思考回路だから呆れたものだ。

人にいいところを見せる為に仕事をし、家に帰るとぐったりしている。

当時、俺は内装職人だったが、細かくミスの許されない仕事をしていた。

ADHDと診断されて十八年、気を付けていても周りが引いてしまうようなミスを繰り返した。

「またミスをしてしまうんじゃないか?」

常に不安だから更に萎縮しミスをする。

ミスをすればまわりからひんしゅくを買う。

でもそのひんしゅくよりもつらいのは、自分を責める自分自身の言葉だった。

俺はパンク寸前だった。

月に100万以上の収入があったが、時々死にたくなる時があった。

「家庭があるからまだまだ頑張らなくちゃ」

人から借りてきた言葉で奮起しようとする。

「ソンナコトノゾンジャイナイ!」

心の奥深くで本当の俺自身が叫ぶ

「ソンナコトノゾンジャイナイ!!」

その叫びも、また人から借りてきた言葉がかき消す。


綺麗事は自分の行動を正当化するにはとても都合のいいツールだ。

家族のため 社会人として 大人として

病気があろうがなかろうが、自信があろうがなかろうが、俺たちは大人として振る舞うのが常識だと言い聞かせる。

本当は大人として振る舞うのが辛いくらいいっぱいいっぱいなのに、常識だからと社会人らしく振る舞おうとする。

社会人らしく振る舞おうと無理に他者に迎合し、逆に媚びる姿勢が不快感を与え見事に玉砕する。

自己評価が低いうちはその負のループから抜け出すのが難しい。

「収入があがれば自己評価も上がるはずだ」

「勝ち続ければ自信もつくはずだ」 

それらが自信を運んでくるわけでは無かった。

スケールの小さい支配と被支配といういびつな人間関係のなかで、少しだけ天狗になれた程度のものだった。

楽になりたい。

まだ二歳の子供の笑顔をかき消す程に俺は自分のことでいっぱいいっぱいだった。

ああ、もう楽になりたい。

死ぬのは怖い。でも消えてなくなりたかった。

大人としての常識を破ってめちゃくちゃにする前に、消えてなくなってしまいたかった。


来る日も来る日も13時間労働が続いていたが、大型連休でふと気が抜けた時があった。

俺は公園の多機能トイレに鍵をかけ、持ち込んだロープと固定具をぼうっと眺めていた。

その頃には通勤時と帰宅時には必ず、胸を掻きむしるような自殺願望に襲われるようになっていた。

「これで終わりにしよう。」

妻の顔、子供の顔 涙が流れる

自分のことしか考えられなかった

「楽になれる」

父や母 小さかった頃の俺 年上の子にいじめられて泣いている みじめな俺 

「みじめな人生だったなあ」

駆けっこが遅くて泣いていたみじめな俺

負けたことで両親に怒られて更にみじめになる。

子供の頃の俺が泣いている。

俺が死んで二歳の息子が泣いている

俺が泣いている。

みじめな俺が可哀想で泣いている。

息子が可哀想で泣いている。

妻が泣いている。両親が泣いている。

「ふざけんな!」

何が悪い。 ミスをして何が悪い?

社会人として大人として不適合で何が悪い?

顔をぐしゃぐしゃにして涙と共に本音を絞り出す。

「やってられるか!?」

縛られる代価の金ならいらない。 縛られる代価の幸せならいらない。 

二歳の俺が泣いている。 二歳の息子が泣いている。

時間を越えて二人がシンクロする。

「くそっ!」

俺はロープと固定具を投げた。

何が悪いってんだ! 何が!

涙が滝のように流れ続ける。

ひとしきり泣いて、数秒すると、俺は多機能トイレをの扉を開け、外に出た。 

木々の枝の隙間から眩しく光がさして、まるで自分を照らしている気がした。


「何も悪くねーよ」

頭の中から懐かしい声が聞こえる。

これが俺の本当の誕生日だった。

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