§009 2022,08,31(Wed)

ホテル ラグジュアリー・コレクション・リゾート&スパ





インドネシア バリ島 ヌサドゥア地区、G20環境・気候変動閣僚会合メイン会議室。

会議はまだ初っ端だが、未だ一人の美女の独壇場が続いていた。



結晶格子内常温核融合CI-LENRを用いた航空戦力。

例えばジャンボジェットなら最大離陸荷重は400トン、出力合計は7万馬力=52MW。

重量が100倍の4万トンで比例するなら5.2GWで事足りる。

当然重量増に対し線形ではないが、300mmCubeの出力は27GW―――、確かに余裕で飛ぶだろう。


現代最強と言われる戦闘機F-22。

その推力は公称165kNのジェットエンジンが2基。

出力そのものは公表されていないが巡行速度から換算すると合計で180MW前後と推定される。

馬力にすれば24万馬力、普通乗用車が120馬力程度とすれば、実にその2000台分。

一方で1GW級の結晶格子内常温核融合CI-LENRを搭載する戦闘機が存在したらどうなるか。

結晶格子内常温核融合CI-LENRは最大出力1GWだが、その出力を重水素が尽きる迄連続で出力可能。

それは、1000V×1000Aという膨大なエネルギーを使用するレーザー砲を、1000基、同時に使用できる、ということ。

仮に推力にF-22と同程度、200MWを使用したとて1000基が800基になるだけ。

そのくらい安定して余裕のある状態なのである。

無論現実的には1000A流れたら通常のケーブルでは一瞬で溶融するが・・・。

(単純計算で直径24mm以上の単線導線が必要)

現代まではその大電力が実現できない故に断念されていたSFライクな兵装が搭載出来るかもしれない、ということだ。

そして100mmCubeのジェネレーターは十分F-22に搭載も可能なサイズ。

1000mmCubeを100mmCubeに切り分ければ、それだけで1000機。

つまりこの写真が実在のモノなら何時でも1000機分の100mmCubeが出来るという事になる。

となれば核爆発そのものは防げなくとも、ミサイルを破壊する方法はいくらでも出てくる―――。



「・・・ブラフを言ってもらっては困る。

現代に於いて電気エネルギーをジェットエンジンと同程度の推力に変換する装置は無い」



C国環境保護部部長から茶々が入る。


通常電力から推力を得る手段はモーターであり、自動車の電動化もそれが中心。

しかし飛行機の推力としてレシプロ系の航空機を置換するには問題が無いがジェット推進並みの推力にしたい場合、コイルの大型化に伴う重量増が影響してくる。

だが、壇上の美女はにっこり笑って返した。



「ならば、貴国の人工衛星は何で姿勢制御しているんですか?」


「・・・な、!?、アークジェットだと?

あれはMW級の大電流が・・・、あ・・・」



壇上の彼女はそれはそれは美しく微笑む。

語るに落ちる典型―――相手はそのMW級ところかGW級を恣にできるのだ。



「・・・ウチの社長、重度のミリオタなんです。

ご指摘の通り航空機に搭載する場合、モーターなんか重くて使いません。

MW級の電力を使うと大気でも楽々プラズマ化出来ちゃいます。

極超音速域でVASIMRヴァシミールを使うと勝手にプラズマ化してくれるらしいですよ?

計算では高度20km圏内でも200MW位でスクラムジェットの理論限界値近いマッハ14くらい出せるとのこと。

無人遠隔操作機なら気密も乗員の生命維持も不要なので、燃焼と違い、極薄でも辛うじて大気がある最高高度500km位行けるし、国際宇宙ステーションISSとのランデブーなんて楽勝です。

別途推進剤搭載すれば月まで行って帰ってこれるとか。

それに・・・いわゆるカーマン・ライン外縁にことも可能・・・なんですよね」



発言者は絶句した。

発言者だけではない。

議場全体が静まり返る。



G20閣僚級、環境関連大臣とはいえ国防に関してはある程度熟知しているらしい。

結晶格子内常温核融合CI-LENRで戦闘機サイズに搭載できる出力が1GW前後を見込める事は、先のやり取りからも推測できる。

言い換えれば既存の大型発電所1基分の電力を搭載した無人戦闘機・・・。

それはマッハ2で飛来する極大レーザー砲を装備した無人戦闘機1000機襲来―――そんな当初の想像すら遥かに凌駕する存在だったのだ。



現在の弾道ミサイルは最高高度付近にかけてマッハ15に達する。

そこから落下する終端ではマッハ20を超えてくるが、最高高度に至るまでは加速を続けている。

それに対応する無人機、そしてエネルギーはほぼ無尽蔵―――。

加えて陸上発進ではない。

べらぼうな運動性能と隔絶した攻撃能力を有し、人工衛星の回る大気圏上層に稼働状態で1000機常駐したら、全てのミサイルを最高到達点に至る前に破壊することが可能ではないか?

開発中の低空型極超音速ミサイルでも現在の速度はマッハ5を超え、漸くマッハ6に届くかという程度。

低空の場合大気が邪魔で速度と耐熱の兼ね合いから速度は出ない。

発射の補足さえ出来れば、マッハ14で上空から飛来する無人機が撃墜できる可能は高い。

否、それどころじゃない、月まで行けるとなれば、宇宙での速度は地球重力圏を脱出する秒速7.9km/sec、つまりマッハ24を超える性能を持つという事。

最悪の事態に及んだ場合、自国の有する全ての人工衛星を選択的に破壊されかねないという事だった。



・・・これは早急に、新たなエネルギーフリー時代の戦術・戦略を根本から考え直す必要がある、と出席している全閣僚が思った。

当分困難と勝手に思い込み、想定していなかった立方晶炭素錯重窒素硼素cCCBNの超大型化、それが齎す戦略の大変革。

ミサイルの完全無効化―――それは戦略核の保有そのものを完全無意味化する可能性さえ秘めている。


今はEG-Packですら飛翔体への搭載を制限している。

主に航続距離無限に近いドローンへの搭載を防ぐためだ。

確かにドローンは風に弱いため海を越える様な長距離の飛行は難しいが、戦闘機サイズが出来れば話は違う。

そしてInterstitial intelligent industry社が協力しさえすれば、それが可能ということ。

誰もが足元にうすら寒いものが忍び寄っているのを感じた。



「・・・では、今後見込まれる大規模事業とはそういうことか?」


弊社では兵器や武器は、ありとあらゆる可能性検討して、その利用を阻む制御を組み込むことに使用しています。

今西側だけに協力表明なんかしたら、敵対する幾人かの内のは即座に核の発射ボタンを押しかねません。

現状東西拘りなく全ての軍事的協力は断らせていただきます」




ずっと質問を続けていた米国環境保護庁長官は内心で舌を巻いた。


確かにその容貌はどんな権力者だって魅了されずに居られない、正にと言ってもいい。

この肢体を膝下に置きたいと望まない男はいないだろう。

だが、それよりも驚嘆すべきはその内に有る底知れない

流石に未だ表に出てこない社長が役員として出してきただけある。


核の行使―――。

最悪を想定すれば確かにそうなる。

語った核ミサイル無効化は確かに結晶格子内常温核融合CI-LENRの実用化により技術的には可能だろう。

但し実現までにはまだ時間を要する。

その前に、と行動を起こす者がいないとも限らない。

核爆弾1発の行使は、互いの報復攻撃に発展し、やがて世界を焼き尽くす。



しかし実は1TW(10億kW)級の話だって受諾すれば、R国への経済制裁は著しく激化する。

産油国だって更に追い詰められるし、C国も同様だろう。

恩恵を得られる国とそうでない国の格差は大きい。

それ自体が相当にリスクの高い賭けなのだ。

追い詰められたかの国の指導者がどうするか?


だからこそ、彼女は次いで1MWから1GW級で実現可能な兵器を挙げた。

恐らくは意図的に、コチラが振った話に乗ったように見せかけて。

まさに既存の概念すら完全破壊する隔絶した性能。

それはそうだ。

結晶格子内常温核融合CI-LENRが顕かになる前は誰もそんな夢想は検討しない。

SF小説や近未来ゲームの中のエネルギー源が曖昧な超兵器くらいだ。

1MWクラスのレーザー1000基を一斉射できるジェネレーターが、戦闘機サイズに搭載可能で、しかもほとんど永久に飛行できる。

カーマン・ライン外常駐無人機によるミサイル防衛構想―――今までにこれほど効果の高い手段はなかった。

本来大気圏は上空800km辺りまである。

ただし相当に希薄で、低域の人工衛星や国際宇宙ステーションはこのエリアを周回しているが大きな障害とはならない。

宇宙帰還機において、所謂大気圏突入の際に問題となる障害が出るのは120kmから80km付近。

大気が明確な抵抗となり熱を発生する。

故に領空上限の仮ラインとして設けたカーマン・ラインは上空100kmに設定され、それよりも上は宇宙と見なされ基本的に国境がない。

無いが、地表まではたったの100kmなのである。

射程100kmを越える空対地ミサイルなど幾らでもある。

マッハ5で飛ぶミサイルなら秒で着く。

真上に居れば唯の無誘導爆弾だってOKだ。

それどころか、ただの砂利だって火球になって降り注ぐ質量兵器になる。

そのまま相手国の制圧。

実際公表はしていないがそう言った機能を有する人工衛星が既に幾つか回っている。

ただし今までの人工衛星では低周回高度で目標上空に留まり続けることは困難。

必ず周回する一周約80分に、5分ほどの攻撃機会があるに過ぎなかった。


だが常駐無人機はその運動性能の次元が違う。

もし本当に1000機も飛ばしたら地球上の何処であっても1分以内で攻撃態勢に入れる状況が実現する。

単騎でクリムレンでも南中海でも陥落できる。

核ミサイルだって弾道弾は必ずこの領域を通過する。

寧ろ発射シーケンスさえ察知さえ出来れば上昇まで待つまでもなく、発射直後に破壊可能。

最早ミサイル防衛構想などではなく、秒で落とせるピンポイント軍事拠点制圧構想なのだ。


当然そんな武器供与の話が出たら、今の微妙なバランスは一気に崩れかねないが、Interstitial intelligent industry社は既に軍事提供を明確に拒絶している。

実際今日の今日まで本社関係者は一切表に出てこなかった。

無論それで安心する訳の無い、恐らく全ての権力者は、裏でIcubeと西側各国が何をしているかが最大の関心事になる。

常に疑心暗鬼・・・特にR国C国指導者の陥る思考。

だがIcubeは日本の企業、今現在の所在も日本にある。

頭越しにIcubeが米国と関係を結ぶこともあり得るが、日本はR国・C国にとっても諜報天国。

多少認識が改まったとはいえ、現場はまだまだ力不足は否めない。

今のところそんな話は一切ないし、今後あるとすればその動きは確実に捉えられる―――と考える。


―――見事な思考誘導。


より強い脅威が見え隠れすれば、誰しも視線はそこに注目する。

この場合は、戦争の趨勢を極め兼ねない超兵器や、核の無効化という技術。

例え本人が否定していても、実現できる可能性を示してしまえば同じ。

そうする事で1TW級の発電所の提供を、脅威としては相対的に軽く見せた。

1TW級の供与で危うい方に傾きかける天秤を、寧ろ様子見と言う前段階にまで引き戻してしまった。


無論R国やC国にもこの思考誘導に気付くものは居るだろう。

しかし気づいた所で対応は同じ。

そのような兵器の実現可能性を示唆され世界中に認知されてしまったらもう、無視はできない。

自分たちにとって最悪なのは核の全面戦争を除けば、この技術が敵性国家に渡る事。

1TW級は経済的な2次脅威であって直接の脅威ではない・・・だとすれば、その最悪が現実になるまで核の使用など出来ない。

もし使えばそれは即ちIcube社を明確に敵に回す事。

それだけは回避しなければならない。

妨害と攪乱、ベストは奪取を目論見、諜報を続けるしかないのだ。


ならば残る問題は、今後資本主義側がこの超法規的企業とどう付き合っていくのか。

そしてIcube社本体の防諜能力、か―――。

だからこそこの期に及んで恐らくは全ての核である社長は表に出てこない。

所在が知れれば、それこそミサイルでも打ち込みかねないからだ。

手に入らない脅威なら全て無くしてしまえばいい―――それ程の暴挙でさえ実行しかねない狂気を今の国際社会は孕んでいる。





「・・・では御社は何を想定している?」


「弊社で想定している大規模事業は、今までエネルギーコストが掛かりすぎて採算が見込めず事業化が困難だった分野です。

例えば―――、海水から真水を作る精製工場や、培養食肉工場、水耕栽培工場等、即ち食料分野の大規模工業化、及び、廃棄物の回収と原子レベル分解―――所謂大規模リサイクルシステム等です」


「 !! 」



それはそれでまた・・・。

成程、膨大なエネルギーを、それもランニングコスト無視で手にすればそれも可能。

初期投資は大きいが、一度構築すれば周辺設備の更新で半永久的にエネルギーが得られる。

この会社は、軍事侵攻に端を発する穀物危機、ひいては飢餓問題にすら未来を示すか。



「それらの設備は何れもGWh級の電力を必要とするでしょう。

一方でそのクラスの発電機は逆に先ほど言った航空空母や、極大レーザー、荷電粒子生成等の大量破壊兵器の実現と、移動を伴う稼働も可能とします。

現在の不安定な世界情勢では、個別に供給するよりも集中的な発電をする方が余計なリスクを負わないと判断しました。

・・・いずれそんな心配をしないで済む世界になったら喜んで提供しましょう」


「・・・なるほど重水素という燃料がなくならない限りそれは可能ということか」


「そうですね。

今のエネルギー消費量なら海水に含まれる重水分だけで4億年持つと試算しています。

飽くまで総量による単純試算なので希薄になれば話は違ってきますし、人類がそこまで存在しているなら、ですが。

もし、何らかの理由でそれが早期に枯渇するなら木星や土星に幾らでもあります」


「!! 確かに・・・トリチウムを使う今の熱核融合は採算性が皆無、欺瞞と利権の塊だが、重水素なら本当に無尽蔵、か。

月まで行けるなら、木星も土星も同じこと・・・。

―――面白いな。

三極の発電所、具体的にはどのようなものを考慮しているのか、腹案はあるのかね?」



ずっと質問を続ける米国環境保護庁長官。

時折会場を見回すが、聞きたいことはほぼ同じなのか、他に質問者はいない。

質疑が続くにつれ顔色の褪めて行くR国・C国とそれに酌みする国々。

なにしろ話が具体的過ぎる。

発電所だけでなく実現できる兵器にしても。

3万トンクラスの航空空母が何時でも空に居るだけでも打つ手がないのに、自分たちの真上に秒で飛来するマッハ14の無人戦闘機が居るというのだ。


最初は1TW(10億kW)等ブラフだと思った。

現在世界最大の発電所は、C国にある。

その出力とて2250万kW、即ち22.5GW、総工費は日本円換算で1兆8000億円、工事期間は16年を要するとともに、110万人に及ぶ強制移住や水質汚染、史跡水没、生態系影響など多大な問題を今も残している。

水力だから自然エネルギーと言えばいえるが、一方で堰き止めた川から流れ込む大量の土砂の浚渫費用だけでも膨大な額になっている。

確かに燃料費は無いが、その維持費は決して軽いものではない。

なのに1TWとは1000GW、単純に44倍の規模だ。

付随する維持費は殆ど0。



今回はCOPやG7首脳会議と比して小規模な閣僚級会議。

開催日程も1日だけで、共同宣言を目指すものの、イデオロギーの対立がいつも先行するのがここのところの常態だ。

意義を失いつつある会議は世界マスコミの注目度も低く、環境活動家と言われる雑多な騒音すら今は殆どない。

だからこそ逆に、この場を狙ったようなプレゼンテーションなのか。



「―――日本については福島第1原発跡地を提案予定です。

ご存じのように格子内核融合では、トリチウムのが可能ですので。

汚染水は、批判を受ける海洋放出などせず、寧ろ効率の良いトリチウムを含んだ水素の原料として使います。」


「う、ぐ・・・」



痛烈な皮肉に一部の国の担当者は引き攣る。

批判したばかりに、今は自国の処理はどうなっているのか、と問われている。

こっそり黙って海洋放出、が突然できなくなり、以来汚染水は溜まる一方処理の仕方も決まっていない。



「また発電所跡地の方が送電設備等の再利用が可能ともなります。

―――同じ意味で、米国でも今後原子炉の廃炉が推進されると愚考しますから、送電設備の再利用でき、周辺に広大な工業用地が確保できる場所を選定いただけたらと考えます。

―――欧州に関しては恐らくEU乃至NATOの共同管理になると思いますが、フランスが欧州で最も多く原子力発電所を有しており、その汚染水処理も兼ね、また地勢的条件も含めて検討するのが妥当かと・・・」



まるで建設予定地での説明会をしている様な内容。

いちいち正論だ。

全く隙が無い。

誰もがそう思う。

欧州の場合国は多数になり、協力態勢も様々。

日本とは経済安保から除外指定を受けていない国もあるため、現状EG-Packの輸出はしていない国もあるが、逆に電力供給は可能だろう。

そして当然R国に近いエリアは侵攻の恐れもあり、と言って英国はEUから離脱しているし送電経路が長くなる。



「ムウ・・・既に具体的か―――いつ頃準備ができるのかね?」



またもスライドが変わる。

1000mmCubeを用いた発電所の透明化した3Dモデルが示され、パンやズーム、旋回をしながら細部を見せる。

かなり詳細な部分まで記載があるのが分かる。

特徴的なのは、これまでの密封式と異なり、水素チャンバーは逐次補充となり、排出されたヘリウムと水素は更に核磁気共鳴の振動差を利用して重水素を可能な限り還元する配管をとる。

これなら補充に電気と止めることなく重水素を含む水素が続く限り発電が出来る。

排出される水素はそのまま別の工業用として使うか、あるいは別途用意する大型のキャパシターで緩やかに酸化し、更なる電力創出と真水を作るのに使用するオプションが追加可能。

最後に残ったヘリウムも工業用に蓄積される。

汚染水の電気分解からヘリウムと水の精製まで、廃棄物は何一つなく、電力は全て自前のためサイクル中に一切のCO2排出がない。



「弊社側の準備はいつでも。

基本となる設計図はこのように完成しています。

規模は、・・・まあお察し、1TW級としては異様に小さいですね。

先ほど説明したリアクターサイズは、東京2020で使用された水泳のメインプール会場にすっぽり収まる程度、になります。

構造的に原子炉はおろか火力発電所と比してもタービンも熱交換器も必要のない極めて簡単な構造ですので恐らくは2年もかからないでしょう。

寧ろ1TWを分配する変電施設や送電施設の方が巨大なものになる可能性が高いかな。

尚、この装置の重水素やヘリウムの分離装置は、密封型のガス回収時にも使用可能です」



水素やヘリウムなど空気よりも軽い気体は大気放出すると宇宙にまで散逸する事が指摘されている。

工業利用して地球上に止めておけるなら、それに越したことはない。



「―――オリンピック水泳会場に入る1TW級核融合・・・か。

素晴らしいな、文句が付けようのない・・・因みに、対価はいかほどになるのかね?」


立方晶炭素錯重窒素硼素cCCBNのグラム単価で計算いただければ宜しいかと」



前回のライセンス供与で1g当たり原価各々300万円、$27000、€22500、売価は5割増しと公表されている。


「1000mmCubeだと・・・買価で1418億ドル(日本では約15.8兆円)―――か」


「サイズプレミアはつけておりませんので。

因みに買い戻しも可能なので弊社の純売上はその1/3です。

土地や周辺設備は各国でお願いします。

現在の既存技術で1GW級の発電所を建設するのに凡そ8.6億ドルほどかかると試算しています。

その規模の発電所を一千基分―――と考えればそれだけで1/5以下・・・。

立方晶炭素錯重窒素硼素cCCBN以外の設備は実質10億ドルもかからないでしょう。

しかも稼働にかかるランニングコストは水素だけ。

石油も石炭もLNGも消費しません。

先に提案した場所であれば、それすら余剰電力で賄えるので事実上コストは0です。

仮に今の世界平均電気料金を適用したとすれば、MAX稼働なら僅か一か月で元が取れる計算ですね。

それが100年以上継続できるとすれば破格でしょう」


「―――違いない。

・・・寧ろそこまで安売りする必要があるのかね?」


「それこそこの会議の趣旨なのでは?

まあ、一応電気料金にはライセンス料を載せますので無償とはなりませんが。

今、世界平均を見れば、発電手法の38.5%が石炭、23%がLNG、3.3%が石油をつかった火力です。

1TW級の発電所をあと5,6基作れば、その全てのCO2発生を0にできるんですけどね―――」


「・・・」



そういって冷ややかな目を流すのはR国やC国の代表。

何れも傍から見れば他国への侵略、本人たちは領土拡大というか支配権獲得が頭にあり、CO2削減には全く協力的ではない。



「―――地球の気候はここにきて急激に変わりつつあります。

元々温度変化の殆ど無かった深層海水までが温度上昇した為と推測しています。

弊社としてもて漸くこの規模の提供が出来る態勢が整いました。

今出来ることをするだけです。」


「・・・」


「―――残念ながら深層海水は一度温まると逆に冷めにくいので今後、更なる気温の上昇と大規模な植生変動が起きるでしょう。

地球は巨大で、一度付いた慣性は直ぐには戻りません。

寧ろもう遅いかもしれない。

弊社“LOWI”も言及した帰還不能点point of no returnですね。

でも遣るしかない、まだ間に合うと信じて。

地球規模の破局はもうそこまで来ています。

人類が居なくなれば利益も領土もイデオロギーさえ何の意味もありません。

この期に及んで目先のことしか見えていない近視眼的な暗愚は、所詮相手にしても無駄です。

自分が生きている間だけ持てばいいと意識無意識問わず考えている老害ばかりかと暗鬱にもなります。

無論、国際秩序としてその為の場での抗議や非難は必要でしょう。

ですがこの場・気候変動を議論する場に於いては、弊社として無視するだけです。


ここにいる皆様はG20の環境を第一に考えることを委任された方々と認識します。

弊社の提案をどう受け止めるか、あるいはその先を考えて戴きたいと希求します」



そういって優雅に、一部の隙も無い深い礼をする。



「―――以上、ご清聴ありがとうございました」



暫しの沈黙。

期せずして拍手が起こった。

始め議長が、そして米国長官や豪環境省長官。

固唾をのんで成り行きを見ていた記者たちも。

最後まで蒼白な顔色のまま、拍手しなかったのは、R国・C国のみ。

そしてR国の軍事侵攻を黙認していたI国でさえ拍手する側に回った。

R国は欧州に対するLNGの供給元、そしてC国もI国も発電の石炭依存度は70%前後。

自前の石炭を自国の発電に使っているのだから損はないのだが、パリ協定達成のためには大きな障害となることは間違いない。

今までのようにほとんどの国が達成できなければ仕方ないで済むかもしれないが、結晶格子内常温核融合CI-LENRが実現された今、導入国は達成し、非導入国は未達成という結果が既に見えている。


そしてR国に至っては、欧州の本格介入を抑えていた最後の切り札を失うことが確定した。

経済制裁のためのヤセ我慢的な削減ではない。

いずれパイプラインすら不要のものとする永続的な停止だ。


一方で同じように自国の石炭を60%ほど発電に使い、今までは余った石炭やLNGを日本に輸出していたインドネシアはというとR国の軍事侵攻以降、R国ひいてはC国とも距離を置き始めていた。

今回のIcube社オブザーバー出席に際し便宜を図ることで、大統領はいくつかの有利な提案を受けている。

無論輸出の激減や石炭火力の今後についても問題視しないわけではないが、楽観はしている。

要は折角訪れたIcube社とのつながりという行幸。

これを最大限生かすことに注力するだけだ。






既に自動車用水素電池で国王自らのファンドが資産の1/3を失ったのではと噂されるS国環境相。

今回は損にも得にもならない会議、会場はバリ島・・・つまりただの観光旅行、それが当初の認識。

だが、世界の趨勢は脱炭素に向けて流れ始めている。

自国は何とか今の石油依存から抜け出さなければ先はない。

そしてここで超大型の立方晶炭素錯重窒素硼素cCCBNが作れることがわかり、脱炭素つまりは脱石油の流れが急激に加速されることが予想できる。


先の自動車用水素電池ライセンス供与により電池生産各社の生産計画も現実になりつつある。

その計画によれば1年後には現在の石油需要の6%、10年後には恐らく60%を失うことが確定的。

既に原油先物価格は長期程大幅下落。

結果、自らのファンドで長期の石油先物に最も資産をつぎ込んでいた国王は、実際はその2/5を失った。


今日のコレで、発電用の石油需要3.3%も2,3年のうちに消える。

そろそろR国の尻馬に乗った濡れ手に粟の方針も先物の大幅下落から転換している。

現在は生産調整に苦慮する毎日である。

元々限りある、と言われた資源、殆どそれに依存する自国を変えたいとは思っている皇太子。

だが、王家の態勢や柵、そして伝統や風習が急激な変化を受け入れない。


ここにきて石油に止めを刺す結晶格子内常温核融合CI-LENRという破格の技術が現れた。

既に論文も公表され、ライセンスも供与されている。

最早この技術の拡散そのものを止めることは不可能。

それでも―――その核を握っているのはIcube社だ。


今まではどんな筋からも、何の情報もなかった。

探られる範囲を極端に狭め、過去を殆ど隠蔽した相手。

世界中の名だたる諜報機関がネットという世界の裏に隠れた相手を炙り出すことが出来なかった。

だが今日あの瞬間、退屈だと思っていた義務的会議が一変し、灰色の世界に色が乗った。


是非とも欲しがるだろうな―――。


長身の細やかに艶めく肢体を眺めながら思う。

幾らでも湧き出る金に飽かせ、世界各国の有名女優や超一流モデルとも付き合いのある皇太子。

S国は重婚を認める国、既に妻子が居ても問題視されない。

容姿だけなら、より好みはいただろう。

だが、あれほど勁い眸を持つ女は、他に知らない。

あれは皇太子の嗜好ど真ん中かもしれない。



そう、その魅惑の唇から彼女が吐いたのは余りに具体的な説明と、正論と言う名の毒舌。


痛烈な皮肉。

次いで掣肘。

そして示唆。


この趣旨の会議の場で、特定の国に対し非難をするのは愚者に付き合う暗愚に等しいと。

国際社会を無視する国家とそこに同調する国家を相手にしている暇はないと。

ここで非難して止めるくらいなら、抑々軍事侵攻などしないのだ。

しかし三極の発電所は2年以内に稼働を開始することが可能とは―――通常の発電所建設が10年単位でかかるのに比して、余りにも早い。

それでいて発電能力は通常の50~100倍。

極論すれば全世界がそれを望んだ時、その2年後には石炭もNPGも必要としなくなる未来が来るのだ。

そして彼女が語った先。

水や食さえも、エネルギーが賄う世界。

そんな世界を繋ぐことができると漸く気付かされた。

環境相としては、是が非でも誼を繋ぎたい、そう独りごちた。






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