§008 2022,08,31(Wed)

ホテル ラグジュアリー・コレクション・リゾート&スパ




インドネシア バリ島 ヌサドゥア地区。

ここは今、G20環境・気候変動閣僚会合のメイン会議室。

G20の閣僚級会議、環境と気候変動問題の関する閣僚会合となる。

建前の議題はそれだが今の主題は、軍事侵攻中のR国及び追随している国と、それ以外の国々との深まりつつある対立だ。

気候変動という地球規模の共通課題に対してさえ自国のイデオロギーを優先する愚かしさ。

一通りのマスコミ向けPRとして出席者紹介が終わった後、各国の取り組みや提言の場となる流れ・・・なのだが、ここで議長国大統領が止めた。



「予定には無いが、議論の前に一人のオブザーバーを招待した。

この会議が、有意義なものになるか、ただのパフォーマンスで終わるか、その鍵を握る人物―――Ms.Sion Koudukiを紹介しよう」



非公開会議となる各国閣僚級会議の前に、知識人やオブザーバーがPRすることは儘ある。

大抵は環境問題に対する不満や陳情が主で、その実は環境利権を貪っている営利団体からのゴリ押しが理由。

悲惨さを訴え、寄り環境意識を高めようというのは判るがその為の金は利権者に流れるという構造だ。

状況は理解するが実務として応える具体的対応策に乏しく、さりとて無視するわけにも行かず、為政者側としてはあまり聞きたくない内容が多い。

何人かの閣僚が小さな溜息を付きかけ、そして停まった。


壇上に現れたのは涼やかな水色の、スリムなパンツスーツ姿の女性。

一瞬で会場の空気が変わる。

―――その存在だけ、纏う空気が違う。

超一流の宝石や芸術品に覚える霊光のような雰囲気さえ感じさせた。


長めのスキニーパンツに踵が隠れた、真っ赤なソールのスティレットヒールを考慮しても、優に170を超えるだろう長身。

C国TikTakによく挙がる不自然にも思える長い美脚―――そんなアプリで修正された動画の中ではなく、彼女は現実の存在として今目の前に在る。

ただ茫然と見とれるスタイルだった。

白いシンプルなブラウス、少しラフにあけた胸元からのラインは極めて優美で絶妙のバランス。

耳に掛る軽めの、ブラウンというより亜麻色に近い艶やかなショートヘアは小さな顔を更に小さく見せる。

ボーイッシュではなく既に成熟したハンサム。

シャープな頬の線、切れ長の双眸、スッと筋の通る鼻梁。

意志の強そうな口元には東洋的なアルカイックスマイル。

そして、何より印象の強い目力―――。

耳朶にある深いアイスブルーの小さなピアスがヤケに煌めくが、その瞳の強さはそれに負けてない。


・クール・ビューティーと評するに相応しい女性。



Selamat siangこんにちは

只今、紹介に預かりました紫音・篁月こうづき、と申します。

この度、この会議の一助となるべく参加させていただくこととなりました」



少し低く、甘さは無いが澄んで耳当たりの良い美声。

発音まで完璧なインドネシア語の挨拶から、ネイティブとしか思えない程流暢な英語へ。

妙齢アラサー―――といっても未だ20代だろう溌溂とした肌艶。

小さな頭と相まって、高いヒールを履いた今9頭身を超えているだろう抜群のスタイル。

各国閣僚とはいえニヤ下がる者もいる。

と言っても3年前のCOP25のように環境活動家の余計な演説がブチかまされても困る。

話題性と言う意味でもこの容姿は大きい。

知名度のない超一流スーパーモデル級を引っ張り出してきたかの様だ。

客寄せパンダだとしても、すぐにも世界中のSNSにトレンド入りするだろう。

その発言と共に・・・。

そんな下卑た胡乱な視線に、僅かに長い睫毛を眇めた切れ長の双眸を流す。

女性でもゾクリとさせられる凄絶な色香を醸しつつ、飛び出したのは爆弾発言。



「―――わたくし、Interstitial intelligent industry社最高執行責任者COOとして、社長の委任を受け、参りました」


「ッ?!―――」



会場の反応は激烈だった。

出席者だけでなく、背後の記者からも騒めきがさざめく。


EG-Packの発売以降、公的にはHP以外何の対外応答の無い、沈黙の会社。

一月半ほど前、突然自動車用水素電池ライセンス供与に関する三極同時の共同記者発表が在ったが、ライセンスを提供する側のIcube社は関係者不在、交渉は水面下で行われていた。

次いで一月前、イギリスの著名な科学雑誌“NATULE”で、新型水素電池の発電原理に関する衝撃の論文が公開されたばかり。

未だ世間は混乱と喧騒の坩堝状態。

EG-Packが結晶格子内常温核融合ということは推定確定状態にある。

危険はないのか?と一時騒然としたが、実際外部には熱も出ず、理論的に連鎖反応も起きず、放射能は何処で測ってもグランドノイズレベル、破壊しても被爆すらしないとういう事が確認・拡散され、既に終息しつつある。

そもそも結晶格子内核融合という現象さえ新発見の重大案件。

それが本当に核融合か否か、今後は各研究所による検証によって確認されることに成るので、現状では“推定”でしかない。

一方で生み出される電力量は明らかに論文に謳うエネルギー値と一致しており、事後の生成物やチェレンコフ光の存在で実質“確定”という二重状態。


尤も一般では既に“家庭用コンセントよりも安全な、掌に乗る核融合”というのがいつの間にかSNSでトレンド入りしていた。


世間がそんなアゲアゲ状態であるのに、その生産会社は相変わらず電話は留守電のみ、メールは応答なし。

エージェントや製作下請けであるサプライネットにはやり取りがあるがこれも全てネットのみ。

その社長の素顔を知る者さえ皆無、古い建屋は事務所として電話が置いてあるだけの無人事務所として今や世界的にも有名だった。



その沈黙のIcube社、得体のしれない社長の委任を受けたと自称する人物が突然現れたのだ。

本物だとすれば、初めて公的な場に姿を現したIcubeの本社関係者、と言うことになる。

それも、そこに存在するだけで周囲の空気さえ変えてしまうようなトンデモ華人。

垣間見せるヤバい色香は、接待係の超トップホステスと言われる方がまだしっくりくる。

いや、それさえ店は何処だと騒ぎになるレベル。

疑ってかかるのが当然だった。



「・・・質問宜しいか? 貴女がIcube社関係者であるという証明は出来ますか?」



K国環境部長官の質問。

閣僚級の国際会議にオブザーバーとして出席が認められたのだ。

偽物の訳もないのだが、疑ってかかるのが不自然に思わないほどまでにIcube社は外部露出がない。



「・・・そうですね、弊社のHPが先ほど会議開始に合わせて更新されましたので確認頂いても構いませんが、―――直接的にはこれです」



そういって彼女が開いたブラウスの胸元からネックレスチェーンを引いて出したのは少し大きめのルビーだろうか、鮮やかな赤色のキューブ状ペンダント。

冷ややかな微笑みを浮かべた彼女はペンダントヘッドを手にし、取り出した細いペン状のものを付けて操作した。

―――途端、赤紫に輝きだす結晶体。

特徴的なのはその頂点。

僅かに面取りされたとはいえ全ての角部分が強い発光を伴うスパークルを示す。



「―――このペンはレジン硬化用のブラックライトですが・・・意味は理解できますよね?」



質問者が信じられないものを見たような顔をしている。

他の参加者も、Oh! とか なんと! と驚愕の声を上げた。



「・・・失礼した―――了解する」



ライセンス供与に端を発するサンプルの出荷と、先月末の“NATULE”に掲載された論文公開によりあちこちで大炎上している。

結晶格子内常温核融合:Crystal Interstitial Low-Energy Nuclear Reactions―――その心臓部ともいえる立方晶炭素錯重窒素硼素:Cubic Carbon Confused Boron & Nitrogenに関しても、構造検証や製法等様々な取り組みが早くも行われていた。

中でも高純度のダイヤモンド結晶から置換するという手法が一番早いとみられている。

現代における人工ダイヤモンドの最大結晶は立方体にすると10mm程度。

長さや幅は更にある程度稼げるが、厚みが出ないらしい。

今の手法ではそれ以上の結晶サイズは難しいと言われていた。

一方で天然物が大きなサイズになるとどうしても不純物が多い。

純度が高い場合は当然のように透明度やカラーが高評価になり、そこにサイズプレミアと希少性価値が付くため、取引価格が一気に跳ね上がる。

特に窒素を包含したレッドダイヤモンドは1ct当たり100万$・・・とても研究用に使えるものではなかった。


そして貴重で極めて高価なものには当然偽物が出回る訳で、サンプル出荷直後早々にIcube社HPで立方晶炭素錯重窒素硼素cCCBN結晶の真贋確認法が動画でPRされていたし、共同記者会見でもパナツニックCEOが実演して見せた。

その為立方晶炭素錯重窒素硼素cCCBNが紫外線を受けると独特の青紫に蛍光することは既に広く知られている。

中でもカットの頂点部分は高い内部反射率で行き場を失った光が集まり、あたかも強い光を発するようなスパークルを顕す。

紫外線による同様の変色反応を示す鉱物は、他に発見されていない。

先にサンプルを手にしていた技術者も各々に検証し、事実であることが確認されていた。


今彼女が手にしているのはどう見てもペンダントヘッドとしては聊か大き過ぎる30mm級Cube。

世界はまだ立方晶炭素錯重窒素硼素cCCBNの製造方法すら把握していない。

30mm級CubeであればIcube社の示すグラム単価正規原価で2億8千万円余り、売価はその1.5掛け。

当然今市場に出回ればそのサイズプレミアと、望んでも他では手に入らない希少性、兵器にも使える秘めた機能性から、その10倍以上でも求めるものはごまんと居るだろう。

この結晶を使った発電出力はスケール通りなら27MW。

これ一個で原子力ミサイル巡洋艦並みの出力が得られる化け物。

その30mmCubeをアクセサリーの様に身に着けられるのは、Icube社関係者である何よりも確かな証明だった。



「議長、話を続けていいかしら?」


「―――ああ、お願いする」



静まり返った議場にふわりと微笑み、怜悧な美声が沁み徹る。



「このような席でのプレゼンテーションを行わせていただき、感謝申し上げます。

では、改めまして簡潔に述べさせていただきます。


我がInterstitial intelligent industry社は、今後気象変動に係る環境問題に対し最大限の協力を惜しみません。

従いまして、今回G20各国担当者の皆様には以下の提案をさせて戴きます。

無論、受けるも受けないもお国の判断にお任せします」



背後のディスプレイにスライドが出た。



「1・今回参加の関係各国の皆様におかれましては、EG-Packの優先輸出を諮りたい、と考えております。

更に次の段階としては、最終的には全ての国家への供与を検討しておりますが、紛争地域やテロリスト寄りの国家もありますので、供与が新たな諍いの種になる場合もあり、慎重に推進を進めていきます」



会場が唸る。

現時点でEG-Packは供給されているのは西側の27ヶ国のみ。

他は全て輸出管理規制の対象国になっており、国同士の協議が必要になる。

一私企業がどうこうできるものでもない。



「―――但し・・・、」



その一言で息を呑んだ会場を、彼女は長い睫毛を僅かに眇めゆっくり見回した。



「―――武力に奢った他国主権の侵害や、力による現状変更を推進している国家、及び、その行為を黙認している国家に関しては、その行為を停止し行動前の状況に戻した時点で実施検討とさせていただきます」


「―――」



毅然とした表情を、茶目にフッと緩める。



「―――と、言うか皆様ご承知の通り弊社の一存では畢竟出来ないんですよね、輸出。

EG-Packは安全保障貿易管理の規制品目に相当するので。

規制除外指定26ヶ国・・・皆様の中ではアルゼンチン、オーストラリア、カナダの3ヶ国については初期から輸出対応済みですね。

続いてメキシコ、トルコ、インドネシア、南アフリカの4ヶ国については現状国家間の懸案が少ない事から、弊社が日本国政府に輸出申請中となりますので日本国担当者と個別交渉をお願いします」



その答え、言い方は随分軽かったが内容は重い。

軍事侵攻を執拗に続けるR国、南シナ海や東シナ海に圧力を掛け一つの国家を主張して実効別政府を脅し続けるC国、そしてそれらを黙認していると自覚のある残りの国の代表は押し黙る。

提案されている案件は環境担当としては是が非でも欲しい。

各国が気候変動対策のパリ協定を批准しているが、実際には此処に居る誰もが到底達成困難な目標と知っていた。

しかしここにきて世に出てきた、EG-Packや車載用新型水素電、所謂結晶内常温核融合:CI-LNERの桁外れた性能が明らかになった今、この技術保有の可否で、目標到達の成否が決まると言っても過言ではない。

どうせ安全保障貿易管理を盾に輸出なんかしない、そう協定除外国以外は思っていたのだが、名前が出た4ヶ国については新規に輸出が出来るようにInterstitial intelligent industry社の方から働きかける、と明言した。

道理でインドネシア大統領がこんなオブザーバーの出席を許したわけだ。


一私企業に日本国を、ひいては米国を動かす力があるのか?

いやあるだろう。

現代社会の最重要基盤であるエネルギー。

しかも完全なカーボンフリーという未来世界のエネルギーを現状唯一無二その手に握る企業。

最早GAFAすら歯牙にもかけないのではないか。



「ま、待ってくれ! 我が国は? 侵略行為を黙認などしていないぞ?」



K国環境部長官が叫んだ。



「・・・貴国に関しては日本国政府と協議ください。

国際公約を無視して憚らない司法、他国島嶼への一方的な威力上陸、過去の大統領の余りにC国寄りの振舞・・・、私見は差し控えますが輸出協議の前に、国家間で色々解決すべき項目があると認識しています。

そしてこの場はそれら個別の国家間案件を議論する場ではありません」



やんわりと、しかし感情のない拒絶回答に環境部長官は力なく崩れた。


自動車用水素電池のライセンス供与も2次募集に申し入れたが、日本側の安全保障貿易管理管轄省庁から同じ理由で門前払い。

自国内のLi-イオンに傾倒していた電池産業は、ここ1か月半で既に大打撃。

今期以降の大口取引は、自国内以外その全てがキャンセルされている。

今後の需要増を見越し、莫大な費用を投入して新工場を立ち上げた会社が幾つもある。

このままでは建設費用の回収すらままならない。

残る唯一の取引先となった自国内の自動車産業だって、新型水素電池が搭載できなかったら対他競争力は皆無、自動車産業そのものか絶滅の危機に瀕している。

大統領が変わるたびに擦り寄る先を変える蝙蝠外交の付けがここでも回ってきた。

ここのところ2代に渡って隣国を蔑ろにすることで国民を煽り、票を獲得してきた。

2代に渡る政権は、若年層の教育にすらその影を落としている。

今となってその禍根は余りに深い。





そんな状況に関わりなく、スライドは次に移る。



「2・米欧日の三極には、今後1年以内に1TW(10億kW)級の発電所を建設するに足る、1000mmCubeの提供を提案させていただきます。

勿論相応の対価・ライセンス料は頂きますが、施設の初期想定耐用年数は30年、周辺設備の更新と水素の供給さえ行えば、100年以上の継続発電を見込んでいます」


「 はぁ? 」

「 なッ!? 」



2つめの内容は激烈―――。


幾つもの疑問符が漏れ出た後、皆一様に絶句―――会場が静まり返った。


一拍置いた次の瞬間、阿鼻叫喚というべき喧騒に包まれた。






会場が落ち着くまで5分―――。

元凶たるInterstitial intelligent industry社COOはただ黙って長い睫毛を伏せていた。





漸く少し静かになった会場。

それでも後ろの記者席は騒めいている。

米国環境保護庁長官が挙手をした。



「では、代表して先に貴女が示した1TW(10億kW)級の発電所について質問させて頂こう。

・・・まず、本気で実現できるのかね?」


「・・・閣下はEG-Packを実際に自身の手で確かめるまで、その性能を信じられましたか?」


「―――そうだな、正直当初は、また新手の環境問題詐欺かと思ったよ」



それはそうだ。

既存の電池技術の数万倍に相当する性能なのだ。

中身が結晶格子内常温核融合として知られた時、EG-Packの解析に当たっていた殆どの科学者は腑に落ちた。

無論初めから核融合では、と疑っていたものも一定数いた。

ただ核融合では出るはずの放射性が無いことに疑問があっただけで。

結晶内で核融合が出来ることもそれを量子効果で電流として取り出せることも新たな知見ではあるため理由は不明であったが、桁外れた性能が何よりも事実を物語っていたからだ。

その原理を知らず、完成品だけ出されれば誰もがその性能を疑う。



「技術的な話はしませんが、既にご存じのように結晶格子内核融合の出力は結晶サイズに対し、殆ど線形のスケーラビリティが確認されています。

自動車用水素電池のライセンス供与で示したように6mmCubeまでは量産化手法を確立しました。

それ以上のサイズは、量産化困難とHPにもありますが、が難しいだけで、個別対応のワンオフなら作成可能、という事です―――このように」



言って胸元の赤い結晶を示す。

30mmCube―――それすら現代の技術からすれば破格。



「それを拡張して1000mmCubeさえ出来れば、技術的・構造的に複雑な機構はなく1TW(10億kW)級の発電が実現できます。

・・・尤もそれ以上となると今の設備では作成不可なので弊社では出来ませんが。

そして―――1000mmCubeは、既に1個目が完成しています」



背後のスクリーンには写真が出た。

何処かの工場内部だろうか、パレットの上に無造作に置かれた赤く透明な1000mmCube―――。

タイトのミニスカートで軽く腰を掛け、スティレットヒールで誇張された長い脚を優雅に組んでいるのはまさに彼女自身・・・結晶のサイズが判る対象として映ったのだろう。

本物だとすれば比重は3.5、これ1個で3.5トンの結晶だ。

原価そのままなら10兆円を超える結晶に腰掛けるなど、何処の女王でも国家元首でもしたことのないこと。

口元には微笑みを刻み、カメラ目線の彼女-―――後の方で色気の方がヤバいだろ、と記者が毒づいていた。

10兆円超の莫大なエネルギーを生み出す結晶を尻下に敷く、使い方次第で本当に世を絶やしかねない、云わば《絶世》―――。


勿論、昨今の画像はいくらでも修正が利く。

静止画だけでなく動画でさえ修正してしまうのが今の技術である。

結晶が本物か、そのまま鵜呑みには出来ないが・・・。

ここでこんな詐欺を仕掛けてもIcube社には何の意味も利益もないだろう。



「・・・そうか。

俄かには信じられないが、既に信じられない事を実現した御社を信じるしかない、ということか。

確かに1TW(10億kW)クラスが3基も稼働できれば、今世界の総エネルギー消費は年間で170PWh弱―――、なるほど3TWの出力ならCO2発生を15%以上削減できる―――、という見積でいいのかね?」


「世界のエネルギー消費が全てCO2依存と考えればその認識であっていますが、実際は地域により若干差があります。

CO2排出換算で全世界では18~20%相当と試算しています」



表示スライドがCO2削減量の試算に変わった。

EG-Pack、自動車用水素電池の普及、そして1TW(10億kW)級発電所導入別年次ごとのCO2削減量は劇的でさえある。



「フム・・・しかし御社はこのグラフにもあるよう一般世帯用も自動車用も今後展開を続けるのであろう?

近いうちにこれほどの大規模発電所は必要なくなる可能性があるのではないかね?」


「確かに家庭用、移動体について今後も脱炭素を進めます。

例えば日本を例に挙げれば、電力・燃料をまとめた1年間の総エネルギー消費は年間で4.5PWh。

これは1時間あたりに換算すれば0.5TWh程度なので、エネルギー置換が一切の滞り無く進めば、1TW(10億kW)級一基でパリ協定の2030年目標を達成できます。

余剰分は周辺地域の排出量削減にも利用されるでしょう」



会場がまたざわついた。

スライドが日本の例に変わると、最速のケースではあと3年で2013年比―26%を達成する。

2030年目標を5年も先取りする驚愕の試算。

いや1TW(10億kW)級発電所が立ち上がれば確実に達成可能だろう。



「また今後増加すると見込まれる大規模事業に対しては、個別のエネルギー供給を考えておりません。

提供サイズを一足飛びに1TWとしたのは、発電ユニット全体サイズが15mx30mx45m、重量は凡そ4万トン程となって、現行の原子力空母にもそうそう簡単に搭載できないサイズだから、です」


「・・・徹底的に軍事利用を拒む・・・と?」


「まあ、パナマの新運河サイズ空母を今後新造するなら積めないこともないんですけどね。

力で奪うことを厭わない国家がある以上、リスクヘッジは当然です」



それば微妙な恐喝か。

協力する国なら、そんな次世代の空母が作れるぞ、と。



「フム・・・御社の姿勢は理解しよう。

戦争を望む死の商人よりは余程好感が持てる。

しかし、次世代空母か。

中々興味深いが御社は協力しないだろう?」


「しません―――万が一したとしても、そんな鈍重で無駄なものは作りません」


「・・・は?」


「例えば―――300mmCubeが在れば、3万トンクラスの航空空母そのものを、ずっと大気圏内周回飛行させることが出来ますよ?」


「あ・・・」


「―――もし作るなら、ですけど」



そこにいる全員が絶句する。

体積・エネルギー密度が桁外れに高いリアクターによる無限に近いエネルギーの獲得―――

それは最早既存の概念の延長ではないと、初めて気づかされた。

今まで立方晶炭素錯重窒素硼素cCCBNがダイヤモンド結晶と知り、大型サイズは実現困難と考えていたせいか。

だが1000mmCubeが可能ならその下は幾らでも作成できるのだ。

3万トン級・・・日本の護衛艦という名のヘリ空母“出靄いずもや”が2万トンクラスといえば、その規模が判るだろうか。

そのクラスを超える永久に空を飛ぶ航空空母・・・。

自身が亜音速で飛行していれば着艦するのに長い滑走路もカタパルトも必要としない。

それはSFやゲームの世界でしか考えられなかったモノが実現可能、ということだ。

確かに海路しか通れない鈍重な巨大空母を作るなら、世界中何処にでもジェット機に近い速度で飛んでいける航空空母を複数揃えた方がいい。

そんなモノが出来たら世界の戦力バランスは一変する。



「―――てか、100mmCubeで航続距離無限の遠隔操縦戦闘機を千機ほど作った方が早いんですけどね」


「核は防げん」


「1GW出力の無人戦闘機で壊せないミサイルってあるんですか?」


「 !! 」



にっこりと眩しいくらいの微笑みを浮かべながらそんな物騒なことを吐き出す絶世の美女に、米国環境保護庁長官をして、絶句するしかなかった。







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