§002 2022,07,01(Fri)

ジョイフル恩田 ニュータウン店




「なんだこれ?」



山本が足を止めたそこは、巨大ホームセンターの発電機・蓄電器コーナー。

日本一の売り場面積を誇るホームセンターであり、その品数は無数。

このコーナーにも最近時の電力需給の逼迫や、災害時の自衛、ポジティブにはアウトドアブームによる需要増から各種様々な商品が揃えられている。

形も大小、燃料も軽油からカセットガス迄。

発電機と2次蓄電池。


その中で目を止めたのは、新発売の控えめなタグとともにガラスケース内に鎮座する小さな、余りにも周囲にそぐわない品物だった。

縦60mm、横90mmのほぼカードサイズ、厚さも30mmという、蓄電器というよりはスマホの充電器としても寧ろ控えめなサイズ。

最近の20000mAh級は大型化したスマホよりもでかいのだ。

その分タブレットやノートPCにも給電できるが。

その小ぶりのバッテリーは、真っ黒な表面に小さなプッシュスイッチがひとつ、小さなディスプレイが1つ。

あとは日本仕様100V3相コンセント穴が一つ。


筐体にEG-Packという小さなロゴ。



「―――100V、4kW? え、このサイズで925Whって・・・。」



思わず隣の棚に置いてあるLi-イオンの蓄電池スペックを見る。

そのサイズは縦横30cm、40cmで奥行きも30cm近い。

同じ100Vでも最大出力は1kW、容量は2kWhあるが、値段も20万円以上している。



「容量は半分だけど、出力4kW、このサイズで16万円って・・・」



容量から考えれば安いわけではない。

普通の人なら全くの検討対象外だろう。

しかし最大出力が4kWという事は100V40A、つまり一般家庭の標準最大出力をこのサイズでカバーしていることになる。

非常用電源としては思案のしどころ。



「あ、ちょっと」



通りすがった店員を呼び止めた。



「はい、なんでしょう?」


「あ、この蓄電池なんですが・・・」


「ああ、本日新発売の水素電池ですね」


「水素電池?」


「何でもつい最近特許をとった新方式だそうです」


「ああ、でも電池ってことは使いきりですか?」


「はい。

ただ再利用は可能みたいで、電気を使い切った筐体はメーカーが4万ほどで買戻すか、或いは燃料である水素を同じ4万で再充填してくれる、ってことになっています」


「は? え、同じ4万で買い戻しか再充填?」


「はい。

聞いたことのないほど破格な高額買い戻しなんですが、メーカーがその方針らしいです。

部品のリユース比率が高くて、中身のほとんどがそのまま使えるんだとか。

NETかスマホで結構細かいユーザー登録をする必要がありますが、使い切ったら無料回収でキャッシュバックされるそうです」


「・・・925Wh実質12万円、以降は4万かぁ・・・」


「お客様違います、―――925Whです」


「・・・え?」


「925Whではなく、925Whです」


「はぁ!?・・・うそ・・・この筐体でェッ!?」



思わず叫んで、周囲の注目を集めてしまった。



「―――まぁ驚かれるのも判ります。

こちらでも疑問に思ってメーカーに確認したのですが、誤記載ではないと。

尤も、電話の対応は問合せ殺到を予想したのか、AIっぽい人工音声案内でしたが。

質問すると、ちゃんと答えるんですよ。

因みに国内のベンチャーメーカーで、製作も100%日本国内だそうです」


「925kWh・・・」


「信じられないのも無理在りませんが、実際確認のためにこのエリアのサンプル電源は今朝から全てここのコンセントから供給しています。

ただ通常の100V電源タップは最大1500W、特殊なものでも2000Wまでなんで、その範囲で。

設定のためにユーザー登録したんですが、使用後買い上げ時の振込先や再充填時の支払い手法も聞かれます。

勿論後で設定もできるので当面必須なのは使用者名と住所等連絡先だけですが。

そして動作は今のところ全く問題ありませんね。

今の負荷は合計で1900W近くなるのですが・・・」



見回せばこのブースの周囲で大型のファンや電力を喰う冷風機なども稼働している。

もうすぐ正午、1900Wを朝から回しているなら、1時間で1900Wh―――。

925Whだと実質30分持たない。

ゴクリと唾をのむ。



「・・・つまり、災害等で家が完全停電してもがあれば、家中の電気が使える、ということですか?」



日本の家庭の月平均消費電力は300~400kWhだったはず。

万が一の災害に備え蓄電池か発電機をと思ったとき調べたから間違いはない。

今ある蓄電池の2kWh程度じゃ、1日も持たないよな、と思ったのだ。



「え?・・・あ、・・・ああ、考えてみれば・・・、そうなりますね―――」



今更気が付いたというような店員の顔。

925Whと925Wh、表記上はkが付いただけだが、ぶっちゃけ1000倍―――桁が違うのだ。

興味を持って調べなければ家庭の月平均消費電力など知らない。

勿論電気料金票には記載があるが、普通の人は料金しか見ない。

家庭の電気が2,3ヶ月間使えると知って、初めてその桁を認識する。

その店員の困惑した表情を見つつ背筋が怖気る。


これは―――トンデモないものだ。

周囲にある発電機や蓄電器など目じゃない。

謳うスペックが真っ当ならその性能は桁違いどころじゃない、桁外れだ。

充填4万だとkWh当たりの単価は40円強と今の既存電力会社と比べれば若干高いので、即座にそれらを駆逐するほどじゃないと思うが、価格的には同じ桁、今後これが大型化可能ならわからない。

少なくとも周囲にある蓄電池や発電機は消滅する。

このままでも電気自動車に使えるのではないか?

テヌラのバッテリー容量は幾らだったか・・・確か100kWhを越えてない。

ああ、但し出力は100kW以上あったから4kWじゃあ弱いな。

いや寧ろドローンの長時間飛行か・・・等と素人がざっと考えるだけでも様々な使い道がある。


迷わず、だ!



「・・・取り敢えず2個ください」


「あ―――、お一人様1個です」



だったら車に置いてまた来ようと思った。

これは少し無理をしてでも複数買っておくべきものだ。

リセールバリューも高い。

最悪使わなくても四半額で買い取ってくれるのだから。




だが、実際1つ購入して戻ってきた時には、既に売り切れていた。

さっき周囲には立ち停まって話を聞いて居た者が数人いて、直後即座に売り切れたらしい。

・・・驚いて叫んだことを後悔した。











世はSNS時代である。

個人の発信が一瞬で世界を駆ける。


この日何の前触れもなく“EG-Pack”の商標で発売された新型水素電池は、瞬く間にトレンドトップにあがった。


#新型水素電池

#EG-Pack

#ヤバい電池

#925kWh!


そんなハッシュタグが早くも世界を駆け巡った。



そして気の早い検証系YouMoverは、早速説明書に謳われる性能のチェックを始める。

次々と上がる確認動画、元から登録者数の多いその系統の有名チャンネルでは、瞬く間にミリオン再生を超えた。

特筆すべきは、全ての検証に於いて謳われた性能に疑義を挟む内容がなかったこと。

925kWhは、定格最大出力の4kWで使い続けても使い切るのにほぼ10日かかる。

1日目の検証では12時間2kW出力で使い続けてインジケータ表示は残量97.4%と示されたこと。

10日間保つかは不明だが、少なくとも925Whではないことが話題を攫っていた。


一方で市販のケーブルタップを繋いだ場合は、15Aを超えると給電停止した。

世間一般に使用されている100V用配線器具はMax15Aまでである。

実際に安全率がある程度掛かっていることと家庭の分電盤が20Aを超えるとブレーカーが落ちる為、過電流発火は殆どないが、20Aを超えない領域で長時間使っていればケーブルが溶損を起こし、最悪発火に至ることもある。

EG-Packの場合、最大出力4kWを謳いながら実質1500Wではないかという疑問も当然出る。

そこで電気工事技師の資格を有する、とあるYouMoverは電流40Aに耐える200V用部品を使用して大容量コンセントを自作し、それを用いて電気を分配した。

この場合も分配先で市販のタップを使い15Aを超えるとやはり給電が停まるが、負荷をうまく平均分散することにより、1500W以上の出力が可能であることを確認した。

具体的には4分割した先で1000W級のホットプレートを4台同時使用できている。

更に1台の出力を1500Wとしたところで給電停止することも確認された。

この時表示に出てくるエラーは“Distribution error”。

復帰はリセットボタンを押すだけであった。


更に突っ込んだ使い方として説明書に記された禁則事項の確認をする向こう見ずもいる。

不適切な使用をした場合、強制給電停止、とある。

項目は

・同一システムへの複数使用

・ドローン等飛翔体への搭載

・自律型移動体への搭載

・移動中の他の蓄電池への給電

最後に

・強い衝撃を与える、及び、分解

・CT、レントゲン等リバーズエンジニアリング

前半の使用は一時的な給電の停止とあり不正使用による適用機器の補償には応じられない旨の記載があるが、後半の内容はEG-Pack自体の機器内部が破損し、その場合、買い戻しも修理も水素再充填も不可となる旨が記載されている。


その注意書き通り、複数個の並列や直列を試した場合、送電が即時中止されることが判明した。

凝った内容ではモーター2系統を別々に駆動した場合は問題なく動作するが、その二つのモーター回転数を同調制御しようとした途端停止した、という動画もある。

また1台の送電停止と共に2台目の給電を開始する回路を作り、1台目を断線したところ、2台目の給電は開始されなかったらしい。

チャレンジャータイプのYouMoverは、様々な手法で同一システムへの複数使用を試みているが、今のところ成功例は報告されていなかった。


同様にドローンにも使用できないとの記述がある。

電圧は100V交流仕様であるがその手の技術者にとって大型ドローンのモーターを交換してしまうことなど何でもない事。

早速禁忌を試してみれば、当初問題なく始動・上昇したものの5秒後に突然モーターが停止し機体は墜落した。

この時、ドローンを上昇させなければ給電停止が起きないことも追認されている。


また停止中のプラグインハイブリットに充電することは問題なくできたが、給電しながら車を動かした途端に停止した。

現在のEVやPHEVに関し、家庭の100V電源でも充電も可能なっているし、EVに乗っていない人はそれが普通だと思っている。

だが実際には30kWh級のバッテリーですら100V・1200Wで空から充電した場合、満充電までには25時間ほど掛かる。

200V・3kW出力が用意できても漸く10時間、バッテリー容量が上がれば更に時間を要する。

急速充電器は50kW前後の大出力を有しているから1時間かからずに充電ができるが、一般家庭への設置は許可されていない。

それでも燃料給油のような短時間では無理なのが現状だ。


それはEG-Packを利用した場合でも同じで、専用コードを作り4kWをフルに使えば7時間半で満充電が可能になるが、飽くまで出先での充電源と言うだけで、単純にそのまま航続距離の伸長には繋がらない。

本来Li-イオン蓄電池は、給電しながら使用すると発熱が極めて大きく発火の危険性が高まることもあり、EG-Packの制御上禁止にするのは当然の措置だと言えた。


尚、これらの際のインジケータ表示は赤点滅:説明は“Logical error”。

このエラーの場合リセットしてもwaitingと表示され復帰に1時間かかることも判明した。

リセットボタン連打による連続使用を防止した為と考えられる、との投稿者コメントだった。



そして遂には、絶対に分解はするなと強く記載してあっても無謀なチャレンジャーは居る。

見た目分解できるスキマやネジが一切見当たらないEG-Packは、相当に硬いらしい。

様々な工具を駆使しいくつものビットや刃を破壊しつつ、最終的に出てきたのは筐体の半分を占めるコイルと、焼け焦げぼろぼろに炭化した燃えカスのみだった。

価格16万円だが、フリマサイトで早くも定価の2倍を超え、家庭の2,3か月の電力を苦労の末に失った挑戦者は敗北感に打ちひしがれたという。




更に。


この商品が発売されたのは、実は日本だけではなかった。

時差の関係で開店時間に差があるものの同じ7月1日、オーストラリア、ニュージーランドで。

そのおよそ8時間後にはアイルランド・エストニア・キプロス・クロアチア・スロバキア・スロベニア・マルタ・ラトビア・リトアニア・ルーマニアの10ヶ国を除くEU及び英国・ノルウェー・スイスで。

更に8時間後には米国・カナダ・アルゼンチンで一斉に発売が開始された。

同じEU圏でも国により差があったのは、明らかに日本の輸出規制に則った処置である。

審査が必要になる国には輸出していない、と言うことだった。


それでも結局当日出荷分、3極+αあわせて400万個が1日で完売した。

ヨーロッパ圏と北米に関しては日本のSNSがある程度拡散していたこともあり、唐突に自国での同日発売が伝わると人々は売っている店に殺到した。

また流通されている各国のAmesin等のネットショップでも販売を開始。

瞬く間にバックオーダーが発生する事態となった。




後に“EG-Pack The Impact”と呼ばれた狂乱の日々の、始まりに過ぎなかった。










特許庁第一食堂 BUONO



北山は特許庁の食堂であるBUONOで昼食を食べ終え、缶コーヒーを飲みながら庁舎前の広場で自分のスマホを眺めていた。

職場には機密管理上、個人のスマホは持ち込めない。

だが記帳さえすれば一般客も喫食できる食堂は外部扱いであるため、ロッカーから持ち出している。

依存症と迄は行っていないと自分では思うが、無いと何処となく手持無沙汰で不安なのも確か。


何気なく普段使っているSNSの通知を開く。

その瞬間、口の中のコーヒーを吹き出し掛け、必死に抑えた。

反動で気管に逆流し、周囲が驚いて振り向くほど、盛大に咽た。


周囲の人が何事かと見守る中、漸く納まった咳もそのままに、スマホを確認する。

そして、まだ昼休みにも関わらず、庁舎に駆け込んでいった。





「―――室長ッ!!」


「なんだ、騒がしい・・・。

しかも私物のスマホ持ち込みは、感心しないな。」


「すぐロッカーに持っていきますッ!!

でも、これだけ見てください!」


「ん? 一体何・・・!!、これはッ!?」



そこには、SNSに挙がった写真、EG-Packの文字。

メーカーはInterstitial intelligent industry Co.,LTDとある。

つい昨日Sランクにしていた懸案特許が、早くも現物となって世に出てきた。


萌芽的特許ではなかったのか?

幾ら実施関連案件とはいえ、特許登録の2日後に発売とは。



「!!、925kWhだとッ!?」


「いくつかのYouMoverサイトで検証動画が上がってるみたいですが、少なくとも925Whではないようです!」


「・・・信じられん―――大きすぎる・・・」


「・・・・・・」


「・・・北山、事務所のPC使って構わないから可能な限り情報を集めろ。

手の空いている奴は、何人巻き込んでもいい。

早急に、この製品の概要をまとめろ」


「! ハッ、ハイッ!!」



トンデモないことが起こってる!!―――背筋のザワツキを抑えられないままブースに走った。





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