第三話 旋風の騎士
トゥール大陸 ナイトクォリー王国王城
ナイトクォリー王国は隣国セルディシア王国との戦争、谷の砂漠第一次会戦での後始末に追われていた。
数日前に行われたこの戦で多くの騎士や傭兵が命を落とした。敵軍であるセルディシア王国もまたそれは同じであったが、失われた命が人のものか、魔族のものかの違いは大きいと言える。
セルディシア王国軍が使役する下級魔族、ゴブリンやオーク、コボルトは人間よりも獰猛であり知能も劣る。それゆえ突貫しかできないのは事実であるが、傭兵のように報酬を必要とはしない上に、繁殖力も高い。
ダークエルフのように優れたものが上に立てば立派な作戦遂行の戦力となりうるのだ。
マーカス王国国王と同じく現在国王が病床に伏しているナイトクォリー王国では、若き騎士団長である
途中、奇跡的に
古来よりトゥールに生息する守護竜のうちの一頭、蒼竜ヴラウディスだ。温和でお人好しな性格である、とさまざまな古文書にも記されているが、休眠期から覚醒し活動期になった早々、それらの古文書に間違いがないことを証明してくれたようだった。
セルディシア王国の使用した鍵師を無力化し、ナイトクォリー王国軍を守ってくれたのはヴラウディスだったのだ。
そのヴラウディスと盟友の契約を交わすことのできたソアラは正しく英雄であった。
マーカス王国騎士団、
マーカス国王よりも症状が軽いとはいえ、病床に臥せっていることには変わりなく、実質的には王不在と同等である今、政を取り仕切っているのは王妃であるサリア・ナイトクォリーである。
ナイトクォリー一の美貌を持つと噂される娘、ヒルダ姫も母を懸命に手助けしているようだった。更に補佐として、何名もの大臣が忙しく働き回っている。どこの国も戦争のあとの仕事は忙しいものだが、王がいるのといないのとではやはり政治的判断などには時間がかかってしまうこともあるのだろう。
そしてこの多忙さの中、騎士団長であるソアラ・スクエラも色々と動き回っているようだったが、ウィンドが面会を求めた相手は、まさにそのソアラ・スクエラその人だった。
ウィンドは客間でしばしの間待たされることとなったが、程なくしてソアラは客間に入ってきた。
どうやら律儀な性格らしい。この忙しさなのだから、数刻は待たされると思っていたし、その覚悟も充分できていたのだが、こうも早く面会してくれるとは思ってもみなかった。
「すみません、お待たせしてしまいましたね。はじめまして。ナイトクォリー王国騎士団長、ソアラ・スクエラと申します」
そう言ってソアラはナイトクォリー式の騎士の礼をした。ソアラの丁寧ではあるものの、砕けた口調に少し驚きつつ、ウィンドも立ち上がると自己紹介をした。
「マーカス王国騎士団、六鉾騎士団、ウィンドと申します。故あって素顔などは明かせません。申し訳ありませんがこのままで宜しいか」
「えぇ、結構ですよ、『剣風』ウィンド殿。貴殿の噂は耳にしています。同じ風の名を持つ者としては一度お会いしてみたいと思っていたのですよ」
柔和な笑みでソアラは言った。この微笑一つで何人の女性を骨抜きにできるだろうか、などと余計なことまで考えてしまう。それほどにソアラは美形であり、旋風の騎士の字も良く似合う男なのだ、とウィンドは思った。そしてウィンドの装備を見てか、情報通りの魔導の鎧で身を包んだウィンドを本物だと見抜いた洞察力も大したものだった。
「こちらとしては戦に出られたソアラ殿の話を聞かせていただく、ということなのですが、私も貴殿とは個人的に話してみたかった」
「それは光栄です。かの六鉾騎士団の方に期待を寄せて頂けるとは」
「この親書はソアラ殿に一度お目を通しておいて頂きたい。行く行くそのことが重要な意味を持つやも知れませぬ故、サリア王妃に手渡す前にお目通しを」
「判りました……」
ソアラは柔和な笑みを消してウィンドから親書を受け取った。ソアラに目を通させるために、親書は封書にはしていなかった。ソアラはしばらくその親書に目を落とし、無言を保った。
「……マーカス王国は戦争を放棄する訳ではなく、戦争に参加すらできない情勢だという訳ですね」
しばしの無言の後、ソアラは口を開いた。
「同じく政治的な意味で国王を欠く立場として、国を挙げてセルディシアを叩けない以上、せめて我ら六鉾騎士団だけでも、ということです」
「それでも六鉾騎士全ての方の力を借りる訳には参りません。言葉を選ばずに言いますが、マーカス王国には今しばらく現状を維持していただきたい」
申し訳なさそうにソアラは言葉を紡ぐ。その意味はウィンドにも勿論判っていた。
「今のところセルディシアはマーカスを度外視している……?」
「そういうことです。そこで次の戦で貴方方六鉾騎士団が現れれば、マーカスもセルディシアに抵抗する意思があるとみなされるでしょう」
「そうなると動きを見せない我が国に標的を変える可能性もある、と」
それは即ち、ナイトクォリー王国の、第二次以降の谷の砂漠会戦での敗北が前提となる。
「勿論谷の砂漠を抜かせるつもりはありませんが、敵には鍵師があります。絶対のお約束できません。そして万が一谷の砂漠を抜かれ、セルディシアが標的を変え、マーカスに牙を向けたとなれば、マーカスにそれを覆すだけの力はありますまい。内情を知らぬ他国はただ単にセルディシアとの争いを避けているだけのマーカスに援軍は送らないかもしれません。流石に六鉾騎士団といえど現状ではセルディシアの総攻撃を受け止めるのは難しい。恐らく国内の武力構成も今は正常に機能していないのではないですか?」
ソアラの言う通りだった。国が一致団結してセルディシアを迎え撃つことができれば良いが、今の情勢ではそんなことはまず不可能なのだ。勿論ナイトクォリー王国が谷の砂漠を死守し、引き続きウィンドがフィデス王国へと出向けば、更なる理解者を得られる可能性は高い。フィデス国王、グランツ・ガレッドは義の男と噂に聞く。世襲制ではなく国王を選出をするフィデス王国に於いて、そうした義に厚い人物が国王に選ばれるというのは他国にも良い影響を及ぼしている。
「全くもってその通り。国内の統制が取れていれば凌ぐことも可能でしょうが、ソアラ殿の言う通り、他国の助力は得られないのも仕方なきこと。ただそれでも我が国王はナイトクォリーとフィデスに力添えをと」
それ故に、隠密としてウィンドにこの指令が下ったのだろう。
「陛下も焦っておいでなのでしょう。第二次トゥール六王国大戦を起こさせる訳にはいきませんからね。故に陛下のお気持ちはありがたく承りました。私の旨と同時にこの親書をサリア様にお渡しします」
ソアラは親書を封にしまうと少し笑顔になった。
ただのお人好しではない。思慮深く二手も三手も先を読みながら行動しているように思える。
この若さでナイトクォリー王国騎士団の大将を勤めるというのも頷ける。
「それと、グランツ王に使いをやります。我が国とフィデス王国は同盟国。我が国からの使いとマーカス国王の親書があればきっとお話は理解してくださると思います」
「そうですね……。よろしく頼みます、ソアラ殿」
これでウィンドの任務の一つは終了したことになる。
フィデス王国国王は、王国騎士団の中から選出される。今期の王、グランツ・ガレッドはフィデス
『
『
『
フィデス三爪牙はグランツが王に選出された時に解散し、スレイはフィデス王国騎士団長に、カインはフィデス王国を多角的に守るために傭兵となった。立場は違えたが、三爪牙の地位は同位であり、三人は三爪牙の誓いにより、どんな時にでもお互いを尊重し合い、助け合うという絆で結ばれているという。三爪牙の誓いは吟遊詩人の唄の話題にもなっているほど有名な話だ。
国王グランツにしても、騎士団長スレイにしても、傭兵カインにしても、相当に骨のある男だと思わせる。フィデス王国に出向き三人と邂逅するのもまた楽しみではあった。
「もしも余裕があれば、そちらのお力添えもしたいと思いますが、こればかりは私の一存ではなんとも……」
恐らく行方知れずとなったクレン王子の捜索のことを言ってくれているのだろう。今のところ最も有力な次期国王候補者ではあるが、行方不明になってしまったのだ。捜索は別動隊で続けてはいるが、生死も判らず仕舞いのままだ。
「いや、我が国のことは我が国で。この親書ですら陛下が恥を忍んで書かれたものです。これ以上の迷惑はかけられません」
「そうですか。判りました」
国同士の立場の問題もある。内情で国外の者から手を入れられてはそれこそ戦争に発展しかねない。
これはソアラ流の思いやりだ。
あえて自ら愚かな台詞を選択し、それを自らの落ち度とする。それで今回のマーカス側のいっそあつかましい願い出を受け入れ、立場的に優位に立っているナイトクォリー側、というものを打ち崩し、マーカス側と対等であるように取り計らったのだ。
(かなわんな……)
ウィンドは冑の中で微笑すると同時に、この旋風の騎士に尊敬の念を抱いた。
リィズとフィルはナイトクォリー王国の城下町に到着し、隊商からいくばくかの報酬をもらった後に酒場に入った。リィズとフィルが出会った時の襲撃事件で何名か命を落としたが、その割には報酬は高かったように思えた。
「とりあえず無事に着いて良かったね」
「えぇ。そうね」
特に襲撃もなく、狂戦士が現れることもなく、一行は無事にナイトクォリーへと辿り着くことができたのだ。
リィズとフィルの二人は街の中心部から少し離れたところにある再会の祝杯亭という宿をとり、少し遅い昼食を摂っていた。
「フィルはこれからどうするの?」
大き目のパンをちぎりながらリィズは言った。この店の料理は量が多すぎて、リィズが頼んだものも自分一人では食べきれないほどだ。リィズは自分が食べる分だけを別の皿に移し、後はフィルに食べてもらうことにした。
ここまでは行動を共にしていたが、フィルは傭兵隊に志願すると言っていた筈だった。
「そうだね、まだしばらくはリィズの手伝いをしてもいいよ。
フィルはそう言って鶏肉にかぶりついた。
「えぇ……。でも私、報酬なんて出せないわ」
フィルの申し出にリィズは食事の手を止めた。手伝ってくれることは確かにありがたいことだが、危険が伴わない訳ではない。それに情報収集などはことがことだけに無駄足も多くなってしまうことが殆どだ。それに私怨に近いリィズの目的にフィルを付き合わせるのも気が引けた。
「はは、いらないよ報酬なんて。今回の仕事の前に結構稼いでるからね」
「でもそれじゃ悪いわ」
「戦争へ行って人を斬るよりもよっぽどいいさ」
フィルの顔から笑顔が消えた。この時勢だ。傭兵になり戦争へ行く者は珍しくもない。職業傭兵ならば人を殺すことを厭わず、戦うことで自分の強さを証明できるだけの報酬をもらうことを当たり前としているが、依頼を受けて洞窟や遺跡などへ行く、いわゆる冒険者達が傭兵になるのは何某かの事情がある場合が殆どだ。
恐らくフィルも後者なのだろう。
人を殺すことを是とするか非とするか、それが問題なのではない。戦争が起きれば人は死ぬ。ただフィルは人を斬ることに喜びを感じてはいないし、好き好んで戦争に向かう人間でもないということだ。
「そう、ね」
一流の剣士の娘として生まれたリィズもそのことは良く理解できている。父も剣の道を歩んではきたが、騎士団を抜けてからは戦争へは殆ど行かなかった。明確に殺すことを良しとはしなかった人だった。
父の元に訪れ、名を上げようと試みた剣士や戦士たちは皆生きたまま、五体満足のまま破れた。
『また腕を上げていつでも来い』
父に敗れた剣士や戦士に父は良くそう言っていた。そんな父もリィズが物心ついた時からではあるが、初めて負けた時が命の終わる時であった。
「じゃあ決まりだね。でもリィズだって手がかりも何もないんでしょう?」
「……全くない訳じゃないのよ」
「え?」
リィズは少し迷った後にそう言った。行動を共にするのなら黙っておくことではない。
「僅かだけど手がかりはあるの」
「じゃあ次はどこへ向かうの?」
「また戻ることになって悪いんだけど、セリファクルスへ……」
リィズは言って少し俯いた。狂戦士騒ぎのあった村だ。
「な、何で?」
「だって今回の仕事は引き受けた手前ちゃんとやりたかったし。それに……。ううん、何でもないわ。ともかく私自身、一度はナイトクォリーに来ることが目的でもあった訳だもの」
「そっか。でも別に構わないけどね。もしかして狂戦士騒ぎが何か関係あるのかな」
「うん……。そうかもしれないわ」
少し言葉を濁すようにリィズは言った。
一日ゆっくりしてからナイトクォリーを出ようということになり、リィズは一人で買い物に出かけてしまった。
残されたフィルは昨日の晩に興味を引かれたこの再会の祝杯亭の名物である喧嘩賭博を見学しに一階へ降りた。
「おっ兄ちゃん、昨日は随分と熱心に見てたよなぁ。儲かったかい?」
一階のラウンジに出た途端、マスターが声をかけてきた。腕っ節の強そうなマスターだ。元々冒険者だった者がこういった店のマスターをやることはそれほど珍しいことではない。
冒険者にとっては近隣の情報を得られるため、返ってそういう元冒険者がマスターをやる店の方がありがたいものなのだ。
「あぁ、マスター。おかげさまでいい小遣い稼ぎになったよ」
「見る眼があるってことは一流の戦士だってことさ。どうだい、今晩当たり出てみねぇかい?」
ということは喧嘩賭博は白昼堂々とやっている訳ではなさそうだった。ナイトクォリー王国では国が年に一度開催する武闘大会以外での賭け事を禁止している。小なりとはいえ賭け事をやっている事実に変わりはない、ということだろう。屈託なく気さくな性格であろうマスターにフィルは曖昧な笑みを作った。恐らく料理もこのマスターが作っているのだろう。昨晩リィズと食べた食事は豪快でボリュームもあり、実に人柄のにじみ出た料理だった、とフィルは今更ながらに思った。
「いや、遠慮しとくよ。これから多分、大事な用ができると思うからさ……」
そう言ったフィルの口元は笑みに歪んでいた。
第三話 旋風の騎士 終わり
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