第25話 得るモノ無き戦い


「おらっ!」



 迫りくる剣を払い落とし、追撃の火球は全て透明なシールドによって無効化される。

 作り上げた防御プログラムによって、守りは完璧。ヘクターの攻撃は僕にわずかな傷を与えることすら出来ていない。



「はっ! 守ってばかりでどうやって勝つつもりだ!」



 何も答えず、守りに集中する。

 この戦いに負け筋があるとするなら、ヘクターが僕の知らない『未知の技』を使ってきたときだ。彼の性格上、ミネルバとの戦いで出し惜しみをしていたとは思えないけど、警戒を怠ってはさっきの二の舞となってしまう。



(残り三十です)



 ヘルプが小さな声で残りエネルギーを報告してくれた。

 ヘクターの攻撃は彼自身の剣技とスレイアが放つ火炎系の飛び道具のコンビネーションがセットとなっている。

 戦いが始まってからここまでそれが五セットほど繰り返され、消費したエネルギーは約二十。と、いうことは一回の防御に付き四ほど使うという計算になる。



「あと七回か――その前にアレが来れば……」


「くそっ、何だその障壁バリアは! おい、スレイア!」



 もはや隠す気も無いのか、ヘクターは思い切り『炎の魔女』の本名を叫び、そしてこちらの足元を指差した。

 間髪入れず、スレイアだったものの手の平から火球が打ち出される。それも、複数いっぺんに――!



「そうは――」



 あいつはバカだけど、間抜けではない。シールドの性能を見て直撃は難しいと考えたか、今度はこちらへ当てないように敢えて地面へ火球を打ち込み、その爆発に巻き込もうと考えたのだろう。



「させるかぁッ!」


「何っ!?」



 ならばこちらは、と前方へダッシュし、火球が地面へと触れる前に全てをシールドで消していく。

 ここまでずっと守りに徹していたこちらが急に突進してきたことに虚を突かれたか、火球の爆発に乗じて追撃を仕掛けようと前進していたヘクターは慌てて足を止めた。



「もらったッ!」



 怯んだ相手に勢いのまま接近すると、膝を折り、身体を沈み込ませる。体が覚えた『対集団プログラム』での動きのイメージを出来るだけ忠実に再現し、横薙ぎに剣を振りぬく。



「舐めんなあッ!」



 しかし、さすがは元々剣の神具アイテム持ちなだけあって直撃には至らない。ミスリルの剣は、膝に食い込む直前で赤い剣によって止められた――いや、



「掛かったな、アホが」


「剣がっ、挟まって……!」



 あのギザギザは単にヘクターの心象を表していたものでは無かったらしい。

 間近で見ると、あの剣は一つの金属を叩いて伸ばして作ったようなものでは無く、外側を向いた小さなダガーのような刃物が幾重にも折り重なり、積み重なったような構造をしている。

 僕の剣はその刃と刃の間にガッチリと挟まってしまっていたのだ。



「喰らえッ!」



 剣で両手が塞がったヘクターは右脚を浮かせると後ろに引き、そしてこちらの鳩尾へ向けて蹴りを放ってきた。

 あれをまともに食らったら――それ自体は致命傷にはならなくても、呼吸が止まって運動能力を大幅に奪われ、致命的な隙を生んでしまうだろう。

 ……もちろん、それが当たれば、の話ではあるけど。



「――掛かったね、バカが」


「なっ!?」



 この瞬間を待っていた。この攻撃に賭けていた。この『条件』が発動する場面こそが勝機だった――!

 ヘクターなら、どこかで必ず足癖の悪さを発揮するだろうと思っていた。だから、エネルギー消費に目をつぶってでも入れた<蹴り>に対する<武器防御>を入れたんだ!


 <蹴り>を感知した防御プログラムは、僕の力ではどうにもならないくらいギッチリと捕えられていたミスリルの剣を力づくで簡単に抜き取ってしまう。

 そして勢いのついたヘクターの右脚は、もう止まれない。剣という鋭利な重量物が、高速で向かって来る生身の身体の迎撃に向かう。

 さて、それらが衝突したら、どうなるか――?



「う、ぎゃあああああああッ!」



 ヘクターは、崩れ落ちるように倒れ、のたうち回りだした。

 こちらの動きとしてはプログラム通りのただの打ち払いだけど、向こうからしたら人とは思えない速度で繰り出されたカウンターだ。

 膝の下あたりの肉と骨をザックリと斬られてしまったのでは、もはや立つことすら出来ないだろう。下手すれば、一生まともには歩けないかもしれない。



「これで、勝負あったな」



 ヘクターが放り出した剣を拾い上げ、その辺にぶん投げる。


 そして、『炎の魔女』へと視線を向けた。顔の部分もやはり炎で揺らめいているので、表情というものがあるのかはよく分からないけど、一先ずはこちらに攻撃してくる様子は無い。

 元々なのか、そういうふうに調整されているのか、それとも実は本人の意思が残っているのか、理由は分からないけど、スレイアがヘクターのいる方向には攻撃しないことはミネルバとの戦いで分かっていた。

 だからまあ、とりあえずこの場はヘクターから離れなければ大丈夫だろう。



(マスター! お見事でした!)


(ちっとセコい勝ち方だが、まあ許す)



 タブレットを懐から取り出すと、待ちきれなかったといった二人がぽんっ、と飛び出し、勝利を祝福してくれた。



「はは。ありがとう」


(ですがマスター、もうエネルギーが十五を切りますです)


「やば、何もしてなくてもやっぱり結構使うなあ」



 慌てて『中断ブレーク』を掛け、プログラムを停止させた。そしてその途端、凄まじいまでの疲労フィードバックが襲い掛かって来る。



「うわ、何だコレ」


(そんだけアイツの攻撃が強かったってこったな)


「そうか……あ、そうだ! 作戦!」



 ようやくここで『何のためにここに来たのか』を思い出す。流されるがままにヘクターとの決着に興じてしまったけど、そもそもはオーギルを守るためのはずだったのだ。



「……どうなってんだ、これ」



 どうしてこんな異常に気付かなかったのか、いつの間にか周囲は静かになっていた。土煙も上がってないし、魔法やらの爆発音もしない。もしかして……僕たち二人が喧嘩をしている間に、戦いは終わってしまったのだろうか。

 となると、もうとっくに味方は全滅していて、あれだけの魔物が町に雪崩れ込んでしまったのでは――。


 急いでタブレットを操作して『何でもナビ』を表示させてみる。

 すると、あれだけ大量に蠢いていた赤点は……一つ残らず消えていた。町の周辺にも見当たらない。そして、味方を示す青い点は後方部隊の居た辺りへと少しずつ集まりつつある。



「勝った、のか」



 地図の表示を見る限り、そう考えるしかないのだけど――それを素直に信じることができなかった。何しろ、防衛線から勝手に抜け出してからまだ二十分も経っていないのだ。もう崩壊寸前、なんて言っていたのは何だったんだ。


 ……まあ、勝ったのならいいか。もしかしたら、僕らが敵を引きつけたあの動きが功を奏した可能性だってあるし。

 その辺りの話は後でギルド長にでもゆっくり聞けばいい。今はそれよりも、のたうち回るのをやめてそこで寝っ転がっているバカの方を先に片付けておくことにするか。



「……おい。な、何故俺にトドメを刺さない」


「ああ、落ち着いた?」


「こ、答えろ。俺はお前を本気で殺す気だったんだぞ」


「じゃあさ。その前に僕の質問に答えてくれよ」


「おい、何をっ……あがぁっ!」



 僕は自分の着ていた借り物の白シャツをビリビリと破くと、ヘクターの膝上をギッチリと縛り上げ、止血をしてやる。

 そして、上着のポケットから赤い液体の入った小瓶を取り出し、激痛に顔を歪める赤髪のバカ男に差し出してやった。

 それにしてもこれ、よく最後まで割れなかったなあ。



「で、はい。手は使えるだろ」


「て、てめえ。何だそれは」


「ヒールポーションだよ。見れば分かるだろ。いつも自分たちだけ飲んでたじゃないか」


「違え、何で俺を助けるんだって言ってんだ」


「だからそれはこっちの質問に答えてくれたら教えるって」



 どうあっても受け取ろうとはしないようので、とりあえず手元に置いておくことにする。まあ、要らないって言うなら目を覚ました後でミネルバに飲んでもらうだけだけど。



「……言え」


「じゃあ一つ目。あの剣は何?」


「……」


「二つ目。スレイアはどうしてああなったの?」


「……」


「三つ目。この襲撃の『ボス』を見た?」


「……」



 どの質問にもヘクターの答えは無言だった。

 表情を見る限り、言いたくないというよりは『どう言ったら良いのか』分からずに悩んでいる、そんな感じに見える。まともに話しても信じて貰えないような、よほど荒唐無稽な話なのかもしれない。

 まあ、タブレットとその中に住む二人の住人という持ち主さえも『理解するのを諦めた』存在で既にヘンテコな話には慣れているので、気にせず話してほしいと思う。


 とりあえず、頭の整理が終わるまで待つしかないか、と考えたその時――背後から声がした。その声は、とても馴れ馴れしい感じの、最近どこかで聞いたもので――。



「――何だ。あれだけ力を貸してやったのに、結局負けちゃったのか」

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