第26話 リターン・ヴォイド
「トイーア?」
「やあ、ロイド。約束は守ってくれたみたいだね。お見事、お見事」
振り返るとそこにいたのは僕をヘクターの元へと誘った男、トイーアだった。先ほどとは別人のような落ち着きで、馴れ馴れしく話しかけてくる。
そして、そんな旧知の存在を歓迎するはずのヘクターは――上体だけを起こし、彼の顔を睨みつけていた。
「て、めえ、何しにきやがった」
「嫌だなあ、幼馴染で親友のヘクターを会いに来たって言うのに、それはないだろう?」
白々しい態度でヘクターの質問を受け流すトイーア。
いや、こいつは多分、ヘクターとは違って『正真正銘の偽物』だ。そう言い切れるだけの根拠を、僕は持っている。
「……お前、何者だ」
「おいおい、ロイドまで何を言いだすんだよ。俺はトイーア――」
「――下手な芝居はもう止めろ。お前が突然ここに現れたのは分かってるんだ」
そう。さっき見た地図ではこの辺りに『味方』を示す青い点はミネルバと……あまり認めたくはないけどヘクターのものしかなかったのだ。
もし走って来たとしても、あの時の画面にこちらへ向かって来る青い点は一つも無かった。赤点が一つも無くなっていたことに驚いて隅から隅まで見回したんだ、見落としなどあるわけが無い。
ならば、考えられる可能性はただ一つ。この男が『突然この場に現れた』ということだけ。
瞬間移動能力……とでもいうのだろうか、そんな能力や魔法があるだなんて聞いた事が無い。
いや、もしかしたら有るのかもしれないけど、トイーアの
「…………あれ? 何? ヘクター、もしかして俺のこと話しちゃったの?」
「いいや、ヘクターからは何も聞いてない。でも僕には分かるんだ。お前、どうやってここに来た」
「おお、怖」
ニタニタと笑いながら首をすくめたトイーアらしき人物は、「はーあ」とわざとらしいため息をついてから、
「こんなに早くバレちゃうなんてねー。予想外だったな」
と、あっさりと自供を始めたのだった。
「そう。俺がこの騒ぎを引き起こして、復讐に燃えるヘクター君に
「なっ!」
『スピリテム』とかいうよく分からない言葉は置いておいて、この男がオーギル襲撃事件の首謀者だって――?
いや、そんなまさか。ただの人間が、千を超える魔物をどうやって操ったというのか。亜人を隷属させることのできる
けど、僕とヘクターに絡む部分については確かにおかしな点が多かった。何故トイーアだけが別行動をしていたのか。それに、あの時点でヘクターが単独行動していたなんて分かるはずも無いのに何故ヘクターを助けに行ってくれと言い出したのか。そしてそれを頼む相手が何故僕だったのか。
「こいつが……あの二人を……」
「何を言うんだ、ヘクター。話に乗った時点で君だって共犯みたいなものだろう?」
「うるせえ……てめえも……俺が殺すっ」
「二人分の魂を使った特製の
「ふ……二人の魂……?」
「おっといけない。少し喋り過ぎちゃった」
そう言うと、トイーアの姿をした何者かはポケットから何かを取り出した。
黒くて艶々していて平べったい、そう、まるで僕の持っている『*****』にそっくりな――いや、違う。大きさがまるで違う。あれは二回りくらい小さい。だから、別物だ!
……と言い切れたらどんなに楽だったろうか。逆に言えば、大きさが違うだけでその根底にあるもの……用途や目的といった、『思想』は同じものにしか見えない。
この四日間、飽きるほど触り続けたからこそ分かってしまう。あれはきっと、『同類』だ。
「悪いけどさ、ヘクター君。君は少し黙っててよ」
男はそう言うと、黒い板の表面を軽く『タップ』する。直後、ヤツの目の前に白く輝くもやのようなものが現れて――そして、『実体化』した。
それはまるで、三年前に見たあの光景と同じように。
「はい。『
トイーアの姿をした誰かは目の前に現れた杖を掴み、ヘクターへ杖先を向け軽い口調で『スキル名』を発する。
直後、ヘクターは「てめえ」と言い掛けたところで白目を剥き、口を「え」の形で半開きにしたまま、昏倒させられてしまった。
それと同時にスレイアの姿も消え、この場に立っているのはついに奴と僕だけになってしまった。
「いやー、一発で効いちゃうとはねー。よっぽど弱ってたのかな」
「な、なんだあれ。あれじゃまるで……
(……ロイド、あいつはヤバい。ここは無理をすんな。何とか生き延びろ)
アイディが真面目な口調で警告を発してきた。きっと、何らかの心当たりがあるのだろう。あいつはあのアイディが茶化せない程に危険な存在であるということか……。
「――ヘルプ。どうしたの」
もう一人の頼れるアドバイザーであるヘルプもまた、異常な状態に陥っていた。こちらは顔を真っ青にしてガタガタと震えている。
彼女もまた、アレに何か心当たりがあるようだ。だけど、あんな反応を見せている以上、この場に留めておくわけにはいかない。
「ヘルプ、戻って。……ヘルプ?」
(お、とうさま……私、い、いやです)
(ちっ! バカが、アイツを見んじゃねー! おらっ、来い!)
何か別のものに頭を支配されていたのか、僕の声が聞こえていなかった様子のヘルプは腕を引っ掴んだアイディにより、強引にタブレットの中に戻されてしまった。
「おやおや。これで本当にロイドだけになったね。丁度いい、それじゃ最後の仕事をしようかな」
「くっ……」
体は既にボロボロで、タブレットのエネルギーも残りわずか。味方もいない。こんな状況でまさか、未知の敵に遭遇してしまうなんて。
……ダメだ、戦えるわけが無い。だけど、あいつに瞬間移動の能力があるのなら逃げても無駄だろう。せっかく生き残れたというのに、何てひどい運命なのだろう。
それでも、諦めてなんかやるものか。こいつもまた、僕の前に立ち塞がるというのなら――
「――ああ、違う違う。誤解しないでくれって。別にロイドを殺そうとか、そういう話じゃないから」
ミスリルの剣を握った両手が一瞬だけ緩みそうになった。が、すぐにまた握り直す。ついさっきこの男に騙されたばかりだというのに、何を信じそうになっている。どれだけお人よしなんだ、僕は!
「そんな話を、誰が信じるかっ!」
「さっきのは許してよ。ヘクター君が余りにも憐れだったものでさ。つい同情しちゃったんだ」
「同情だって?」
「そうそう。いやあ、凄かったよ。僕の姿を見つけた途端に三人でいきなり突っ込んできてさ。まあ、面倒だから少し大人しくして貰ったんだけど、その時の彼の姿が傑作でね!」
トイーアの姿をした『誰か』は、まるで昨日あった面白い出来事を話すかのような気安い感じで、功を焦って致命的な失敗を犯した男の話をペラペラと喋り出す。
……それは正直、聞くに堪えない内容だった。親友と恋人の命が消えようという時にあんな取引を持ち掛けられて、よくヘクターは正気を保てたものだと思う。
まあ、それだけ自分が憎まれていたんだ、と思うとそれはそれで複雑な気分だったけど。
「それで、何が言いたいんだ。お前は」
「ああ、ごめんごめん、つい楽しくなっちゃってさ。でね、ロイドは知らないだろうけど、僕たちの間で仲間割れは禁止なんだ。だからこの仕事はまあ、本業とは別の、言わばついでみたいなものなんだけど」
「だから、何の用だって聞いているッ!」
「そう怒んないでよ。話は簡単だ。ロイド、君も俺たちの仲間に――」
「――『
奴から紡がれようとしていた身の毛もよだつような邪悪な言葉は、覇王の発する清廉な一喝により打ち砕かれる。
それと同時に降り注ぐのは無数の不可視の矢。
ずどどどどど、と音を立て、トイーアの姿をしたものの居た場所に無数の穴が開いていく。
「あっぶな! 警戒モード切ってたら直撃だったぞ!」
間一髪で回避した男は黒い板を触ってよく分からない――いや、僕にだけはよく分かる独り言を喚いていた。
そしてその向こう側から走って来る二つの影。それはもちろん、あの執事さんと……銀色のフルプレートにガントレットとグリーブの完全武装に、一纏めにした金髪を揺らした例の少女だ――!
「ロイドっ! その者に近づいてはなりませんわ!」
「セルフィナ様! ダメです! こいつは危険です!」
「そんな事、知っていますわ! なぜなら、あの男が――」
「ちっ、邪魔が入ったか。まあいいや、今日は挨拶だけってことで」
男が黒い板を触り始める。何をするかは分からないけど、どうやらこの場から離脱するようだ。
「待て!」
「残念だけど、今日は時間切れだね。返事は次回聞かせてもらうよ」
「返事なら、今聞かせてやる!」
「ああ、今は良いよ。どうせ『断る』、って言うんだろ? だから、次回聞くって言ってんの」
先回りして答えられてしまった。まあ、ここまで敵対心を見せていればそれも当然と言えるだろうけど。
とはいえ、時間を置けば僕の考えが変わるとでも思っているのだろうか。そんなこと、あるはずが無いのに。
それよりも、やはりあの男はここから去るつもりらしい。こちらもこれ以上戦うのは無理だし、よく分からない相手との戦いにセルフィナまで巻き込むわけにはいかないから、正直なところ非常に助かるというのが本音だ。
でも、せめて『敵』の名前くらいは知っておきたい。『名前』という情報は、プログラミングでも凄く重要なものだから。
というわけで散々遠回りをしてしまったけど……結局、最初の質問に戻ってしまうことになる。
「……お前、何者だ」
「……うーん。ま、いっか。次会う時不便だしな。……俺は『神の
トイーアの姿をしたそれは、最後の一瞬だけ偽装の殻を捨てて本当の姿を現した。
灰色のコートで全身を覆い、肌は灰褐色で髪は真っ白、長くもなく短くも無い特徴のない髪型、黒い白目に、紅い瞳。
新種の亜人とは聞いていたけど、人間とは似ているような、そうでもないような。
「神の……
「じゃあまた、近いうちに」
「待ちなさ――」
「……消えた」
最後に黒い板を『タップ』した瞬間、エディミルの姿は煙のように消えてしまった。
まるで、そこには最初から誰も存在していなかったかのように――。
よく分からないまま始まって、流されるままに進んだ『オーギル襲撃事件』。結局、最後までよく分からないままではあったけど、最小限の被害で留めることはできた。
――それは、あくまでも人命に限った話ではあるのだけど。
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