第24話 オーギル防衛戦・6


 なし崩し的に始まったミネルバとヘクター、一対一の――いや、一対の戦いは一方的なものとなりつつあった。

 未だ無傷のヘクターに対してミネルバは既に満身創痍。可愛らしいデザインのメイド服はあちこちが解れ、破れ、裂けていて、全身は打撲と創傷の無い部分は見当たらないほどだ。

 そして何より、ブランクのある彼女の最大の懸念点――スタミナが尽きかけようとしている。



「ほらほら、息が上がってきてんぞー?」



 馬鹿にしたような声とともにヘクターの赤い剣がミネルバの肩口を襲う。何とか柄の部分で受け止め致命傷は避けたものの、ギザギザの飛び出た部分が左肩を掠め、ミネルバはまたしても傷を増やしてしまった。



「くっ、このおっ!」


「おっと! 足元ががら空きだぞっ、と」



 小さな傷に気を取られた隙に、今度は炎の化身がミネルバの足元へ火球を放つ。

 バックステップで直撃だけは回避したものの、地面へ着弾した火球が起こした爆発による熱と石礫いしつぶての散弾は躱せるはずも無く、それらのダメージは容赦なくミネルバへと降りかかった。



「ぐあっ!」



 ついに本物の『敵』になってしまったヘクターと、スレイアに似た炎の化身は気味が悪くなるくらい息の合ったコンビネーションで、じわじわと甚振るようにミネルバを追い詰めていく。

 きっと、ああいう姿を見せつけることでミネルバの後に殺す予定の僕に少しでも絶望を感じさせようという魂胆なのだろう。

 ……だけど、そうはいかない。



(マスター、運動能力回復までもう少しです!)


(あいつが遊んでくれてるお陰で<対象>もガッツリとゲットできたぜえ)



 どんなにあの『炎の魔女』が強力だろうが、この二人がついている限り――僕があんな奴に負けることなんてあり得ない。

 だから今は、ミネルバを信じよう。立ち上がれない振りを続けて、少しでも早くこの身体に力が戻るのを待つんだ。



「はっ。何だよ、あれだけイキっといてもう終わりかあ?」



 大斧を杖のようにして何とか体を支え、肩で息をするミネルバはそれでも僕を庇うように前に立つ。

 致命傷こそはないものの、全身の傷からは血液がとめどなく流れ、両脚を包むハイソックスは元の白い部分の方が少ないんじゃないかと思えるほど赤く染まっている。

 いつ限界が訪れても――いや、もう既に立っていられるのが不思議なくらいの状態だ。

 なのに、それでも尚主人の友人のために自らの身を差し出せるミネルバのセルフィナに対する忠義は一体どこまで深いのだろうか。



「お、お前ごときに、このアタシが負ける訳……」


「そんなフラフラで何ほざいてんだ? ああッ!?」



 そして、そんな姿を見せつけられた憐れな男は苛立ち、勝者の余裕を無くしていく。

 大声での威嚇、そして鈍い衝撃音。鳩尾みぞおちにめり込む爪先。衝撃に耐えきれず、ついに膝を着くミネルバ。

 しかし、それだけでは腹の虫が収まらないのか、ヘクターは再び足を後ろに引くと、衝撃音を響かせ始める。



「おらッ! おらッ! 俺を見下してんじゃねえぞこのアマ! くそッ! どいつも! こいつも! 俺のことをッ! 舐めやがってッ!」



 暴言と共に繰り出される嵐のような蹴りをミネルバは防御することも出来ず、ただただ浴び続けた。



「も……もうやめろヘクターっ!」


「……ああん?」



 死にかけていた男から突然上がった声に虚を突かれたらしいヘクターは、蹴り足を止め、こちらへを視線を向けてきた。

 それと同時に、体力の限界を迎えていたミネルバは前のめりにゆっくりと倒れていく。



(マスター! 運動能力の回復を確認しましたです!)


「――ミネルバっ!」



 ヘルプからの報告を受けたと同時に僕は飛び出し、急いで彼女を抱きとめる。

 血と火傷にまみれた全身、ボロボロになったメイド服から彼女の『強さ』が伝わってきた。僕が最初に感じたものは、やはり間違いではなかったのだ。



(ば、バカ! まだ早えよ!)



 そんなことは分かっている。運動能力は回復したけど、事前準備プログラミングは何もしていない。このままヘクターと戦ってもミネルバと同じ目に遭うだけだろう。

 もし僕がもう少しだけ賢かったなら……もう少しだけ気絶した振りをして、その隙に対ヘクター用プログラムを組んで戦いに挑んでいたはず。


 だけど、誇りある敗者ミネルバをただ傍観しているだけの、そんな自分をあれ以上許すことがどうしてもできなかった。

 だからアイディ、いつもいつも衝動に負けて賢くなりきれない僕をどうか許してほしい。



「『不明クズ』が。死にぞこないの分際で俺に指図しようってのか?」


「……君は、みんなに認めて欲しいんだろ?」


「ああ?」



 衝動に負けてしまった僕だったけど、実はそれが全くの考えなしってわけでも無い。

 何故か。それは、僕はヘクターという人間のことをよく知っているからだ。


 向こうは僕の事なんてよく知らないだろうし、知ろうとも思わなかっただろうけど……こっちは捨てられないように三年間、あいつの事を観察し続けてきた。

 いくら強くなったとしても、急に内面までは変われない。それなら――そこに語り掛ければ良いだけのこと。



「さっき、自分で言ってたじゃないか。見下すな、舐めるな、って」



 僕の言葉に、ヘクターの目つきが一層険しくなる。その目を反射的に逸らしそうになったけど、目に力を籠めることで顔を覗かせそうになった過去の自分を強引にねじ伏せた。

 そして、更に言葉を続ける。



「一体何があったのかは知らないけどさ、確かにヘクターは強くなったよ。……四日前とはまるで別人だ。でも、結局は弱い者いじめしか出来ないんじゃ、君の事なんて誰一人認めてはくれないだろうね」


「言わせておけば……この『不明クズ』がっ!」


「残念だけど僕はもう、『不明』のロイドじゃない。さっきは君の卑怯な不意打ちで不覚を取ったけど――正面からの戦いなら、君なんかに負けないよ」



 挑発めいた言葉を重ね、ヘクターを正面からの戦いへと誘っていく。格下だと思っていた相手にズタズタにされたプライドが、不意打ちでの一方的な勝利なんかで埋まるわけが無い。本当はヘクターだって僕に実力を出させた上で完膚なきまでに叩きのめしたいと思っているはず。

 実際僕だって、あんな勝利じゃ全然すっきりできなかったのだから。



「例えそれが――そこにいるスレイアとの二人がかりだったとしてもね」



 そして僕は『炎の魔女』を指差し、カマを掛けてみた。根拠はないけど僕の直感がそう言っている。あれは間違いなく、スレイアだったものだ。



「……随分とお喋りになったじゃねえか」



 ヘクターは否定も肯定もしなかった。だけど、だからこそ確信できる。もし違うなら失笑か嘲笑か、見下した態度を取るのがヘクターなのだから。

 あれは、スレイアだ。



「元々はこんな感じなんだよ。君たちのお陰で随分と卑屈にされちゃったけどさ」


「ちっ。やっぱりムカつくな、お前」



 たもとを分けてこそ、初めて腹を割って話せることが出来るようになるだなんて、何という皮肉だろうか。

 ヘクターから向けられる敵意は少したりとも変わっていないけど、それでもこちらの考えに同調してくれたという事だけは何となく伝わった。



「五分だけ、時間をくれ。そうしたら、君を思いっきり負かしてやるから」


「本気で来い。俺がお前を殺してやる」



 もうそこからは、二人とも言葉を交わすことは無かった。

 僕はタブレットを取り出してプログラムを組み、ヘクターはスレイアらしき存在に何かを仕込み、お互いに万全の態勢を整えていく。

 今日はこれが最後の戦いとなるだろう。もう、温存なんて考えなくていい。


 後方からは激しい戦闘の様子が聞こえてくる。まだ防衛ラインは機能しているのだろうか。一瞬、『何でもナビ』で戦況を見てみたい衝動に駆られたけど、今の自分に他の情報を入れるのは良くないと思い直し、プログラムの最終チェックを優先することにした。


 ミネルバが体を張って引き出してくれた敵の<行動>は、全てこの中に入れ込んだはず。きっと、大丈夫だ。


 タブレットから顔を上げる。丁度ヘクターの視線とぶつかった。

 無言のまま、頷きあう二人の男。



「『防御モード』へ変更。『対ヘクタープログラム』、実行」



 ランクアップによって使用可能になった『音声でのモード変更とプログラム呼び出し』機能を使い、たった今作ったばかりのプログラムを起動する。



(マスター、ご武運を! です!)


(俺様を使っておいて、もし負けたら承知しねえからな!)



 勝者への賞金も賞品も無く、得られるものはせいぜい精神的な充実感だけというのに、賭け金だけは命を要求される――最高に下らない本気の喧嘩。


 あーあ、こんな非常時に内輪揉めをやっていたって知ったらきっと皆にがっかりされるだろうなあ……。

 やるべきことを全部放り投げ、自分の感情のままに傷つけあうだなんて、どう見ても子供の振る舞いなのだから、そう思われても仕方ないのだけど……まあ大人になり切れない自分達にはこんな終わらせ方しかできないのだ。


 分かってくれとは言えないけどせめて許して欲しいとは思う。だから、皆にはあとでちゃんと謝ろう。そのためにも、生きて帰る。絶対に。

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