第21話 オーギル防衛戦・3


 『ヘクターを助けてほしい』。そんな勝手な願いを口にして、トイーアは前線の支援へと戻って行った。


 今の状況で自由に動けそうなのが僕くらいしかいないように見えた、というのもあるのだろうけど……。あれだけバカにしていた相手に頼みごとをするなんて、余程の恥知らずか相当な覚悟が無いと出来ないはずだ。


 ただ……今は『対集団用プログラム』が機能しているから『覚醒』したように見えているのだろうけど、プログラムはどこで想定外のバグが出るか分からない。

 それに、想定のしやすい攻撃や防御とは違い、救出や護衛の類は状況によって有効な選択肢が異なるため事前にプログラムを組むのが難しい。

 だから正直なところ、あまり買い被られても困る……というのが紛れも無い本音なのだが――。



「ロイド君、ここはもう大丈夫だ。あとは彼らに任せよう」



 余計なことを考えていても僕の体は勝手に動く。気が付けば、前線を突破してきた亜人たちは大半が腹に大穴を開け、大地に四肢を投げ出していた。

 左翼側の綻びは助っ人によって修復されたらしく、新手の魔物が来る気配も無い。

 僕はシモンズの語り掛けに短く返事をした後、『中断ブレーク』でプログラムを中断し、彼の元へと戻る。



「ご苦労だった。素晴らしい働きだったよ」


「ありがとうございます。

 ――それでその、ちょっとギルド長に聞きたいことがあるのですが」


「何だね?」


「……ヘクターはどこに配置されたか分かりますか?」


「ヘクター? 確か……左翼側だな。先ほど突破されてしまった辺りだったと思うが……」


「勝手なことを言ってすみませんが、様子を見に行っても良いでしょうか」


「……分かった、行きなさい。私もミネルバの様子が気になる。彼女は実戦を離れて久しい。体力的に長くは持たないと思うのでね。ついでに見てきてくれないか」


「ありがとうございます、行ってきます!」



 左翼側へ体の向きを変えようとした直前、こちらへ顔を向けたトイーアの口が動く。爆音や轟音で何を言ったのかは全く聞き取れなかったけど。

 聞き返す気も聞きたい気もしないので無視をしてそのまま新しい目的地へ向けて一歩目を踏み出す。それと同時に、懐に入れたままのタブレットから小さな女の子の声が聞こえてきた。



(……マスターは、あのヘクターとかいう男を助けに行くですか?)


(自分を殺そうとした奴なんざほっときゃ良いだろうよ)


(今のマスターは戦闘時の高揚感により、正常な判断が出来なくなっている可能性がありますです。私もIDEの意見に賛成しますです)


「……うん、まあ。二人の言う通りだとは思うんだけど……」


(けっ、甘ちゃんだなあ、お前はよぉ)


「本当にね。自分でも何やってんだ、って思うよ」


(はぁ……。

 マスターがそう決めたのであれば仕方ありませんですねっ)



 ヘルプは自分のアドバイスをちっとも聞き入れてくれないマスターに溜息をつきつつ、その割には少しだけ楽しそうな声で話を続ける。



(マスター、タブレットを取り出してもらえるですか?)


「え、ああ、うん」



 一度足を止め、白いシャツの中に放り込んでいた真っ黒で平べったい板を取り出す。すると、そこにはいつもの黒いアイディの画面の上に、見慣れない小さいウインドウが表示されていた。



「ん、なにこれ。えーと、……所有者『ロイド・アンデール』のタブレットスキルランクが上昇しました……0→1……って、これ! もしかして!?」


(マスターは先ほどの戦いによりタブレットよりランク上昇が認められました。それにより、新しい機能『ツール』と『アプリケーション』が解放されましたです! マスター、おめでとうございますです!)


(プログラムも色々出来るようになったぜ! がっはっは!)



 アイディが言っていた『世界が変わる』というランク1。この非常時ではあるけど、遂に到達することができた。

 ランクアップの条件はアイディやヘルプも分かっておらず、上昇の際に一方的にタブレットから告げられるという、謎の多い仕組み。……でも今はそんなことはどうだっていい。



「プログラムは……新機能を試す時間はちょっと無さそうかな。ツールとアプリケーションってどんなのがあるの?」


(色々なものがありますです。ただ、今の状況で一番役に立ちそうなのは……道案内ナビゲーションアプリになると思うですよ)


「なびげーしょん……」


(何だ白いの、お前アプリの事は転送アップロードしなかったんかよ)


(だって……いくらマスターとはいえ、こんなに早くランクアップするとは思ってなかったですよ。それに、いっぺんに送りすぎると『頭ぽやーん』の可能性が上がっちゃうです)



 前にヘルプの頭突きで貰った知識により、言葉の意味は『なんとなく』程度ではあるが分からないこともない。


 『アプリケーション』はそれぞれの機能に特化したプログラムを、誰でも簡単に実行できるように梱包パッケージングしたもの。

 便利だけど、こちらからの改変などは出来ず、用意された機能を使うしかないという短所もある。


 もう一つの『ツール』はアイディを含む各アプリケーションをより使いやすくするように調整するための『追加工具』のようなもの。


 両方ともとても大事な機能なんだろうけど、今は時間が無い。ひとまず『アプリケーション』に絞って話を聞こう。



「とりあえず、時間が無いからさ。手短に頼むよ。ナビゲーションって何なの?」


(はい、それでは実際にやりながら説明をするです。

 タブレットのIDEを一旦『バックグラウンド』に下げてくださいです)


「えっと、こうかな」


(そうしたら次は『デスクトップ』上の『何でもナビ』というアイコンをタップしてくださいです)



 ヘルプに言われた通りのままに手を動かしていく。断片的な情報を繋ぎ合わせると……『何でもナビ』とは『モノや人の位置』を地図マップに表示させてくれるという、とんでもない機能を持ったアプリケーションらしい。


 ただし、『捜索側がそのモノや人を見たことがあり、その場所に行った事がある』という条件があるため、会ったことの無い人を探そうとすればエラーとなり、対象者が自分の行ったことの無い場所にいる場合はおおよその方角程度しか分からなくなる、という制限もある――とのことだった。


 だけどここは僕が三年も住んでいる場所の近くで、もちろん探し人のことも知っている。エラーになる心配は皆無だ。



(最後に、『探索開始ナビゲート』ボタンを押すですよ)


「……それっ。

 ……おおっ、何か出た!」



 思わず声を漏らしてしまった。

 『探索開始ナビゲート』ボタンをタップすると、『何でもナビ』の画面にまるでこの場所を真上から見たような精緻な地図が表示されたのだ。

 その地図の中心には黄色い点、黄色い点の少し右上には数十個の青い点、更に上の方に青い点が堤を作るように並び、そしてその上には青い堤にせき止められているかのようにおびただしい数の赤い点が固まっている。



「これって、もしかしてこの戦場の見取り図ってこと!?」


(はい。黄色い点はマスター、青い点は味方勢力、赤い点は敵勢力、そして旗の形をしているのが――)


「ヘクター、ってことか」


(その通りですです)



 確かに、自分の見ている状況とほぼ点の位置は一致している。

 ただ唯一、ヘクターを意味する旗だけはかなり不自然な位置に表示されていた。その場所は今から向かおうとしていた左翼側、つまりは西側ではなくここからかなり北西に離れた位置を示していたのだ。



「本当にここに居るの?」


(あの野郎は手柄が欲しいって言ってたんだろ? んじゃ、持ち場を放り出して一人で突っ走ったんじゃねえのか?)



 なるほど。その可能性は大いにあり得る。もし、前線で戦っていたヘクターの目に『この集団を率いるボス』の存在が映ったのだとしたら……。



「全然動かないみたいだけど……突っ込んだけどやられちゃった、ってことなのかな……。ってことは、もしかして、もう……」


(いえ、赤点で表示されているならまだ生きてはいるですよ。もし亡くなっていれば探索物消失ロストと表示されますです)


「じゃあ、急がないと」



 僕はまず、後方部隊の全員にタブレットの画面を見せながら『この辺には攻撃しないで』と知らせて回る。

 みんなは要領を得ない顔をしていたけど、それでも先ほどの戦闘で得た信用と示した場所には元々敵がいなかった事もあってか、ひとまずは了承してくれたようだった。



「問題はどうやってあそこまで行くかだけど……やっぱりここかな」



 堤の左翼側の一点だけ、赤い点が殆ど無くなっている場所がある。

 多分あれがミネルバが救援に入った場所なのだろう。そこを通って、ヘクターを回収し、同じ場所を通ってここまで戻るのが良さそうだ。距離的には少し遠回りとなってしまうけど、最も安全なルートだろう。



「――ロイド、これ使って!」



 そんな感じで、タブレットを見ながら進行ルートを考えていた僕に背後から聞いたことのある女性の声が掛けられた。

 振り向くと、そこにいたのは――



「あ、雷の」


「ひっどい覚え方ねえ。まあいいわ。はい」



 確か名前を聞いたような気はするけど、あの時はクルクルのことで頭がいっぱいだったからなあ。と、申し訳ない気分になりつつも、雷魔法が得意な女性から赤い液体の入った小瓶ヒールポーションを受け取る。



「二本も? 良いんですか?」


「あれだけ動けばアンタも疲れてるでしょ。良いから飲んでおきなさいって」


「はい、ありがとうございます」



 返事をしながら栓を抜き、そして一気に中身を飲み干す。

 残念ながらお世辞にも美味しいと言えるようなものでは無かったけど、効果はすぐに表れた。

 下半身と右腕に纏わりついていた重い感覚がすうっと引いていき、脹脛ふくらはぎの小さな痙攣けいれんも瞬く間に収まってしまったのだ。



「凄いな……これがヒールポーションなんだ」


(マスター、運動能力が八割程度まで回復しましたです)


「うん。かなり楽になったよ。実は足がもうりそうだったんだ」



 『対集団用プログラム』は確かに強力だったし、自分の考えた通りに動いてはくれたけど、下半身の負担が非常に大きいというデメリットがあることも分かった。


 敵が目の前に密集しているなら問題ないのだけど、散らばってしまうと<もっとも近い>という条件が裏目に出て、あの速度であっちに行ったりこっちに行ったりしてしまうのだ。

 そして<脚への攻撃>も、姿勢を沈ませるために膝周りと脹脛ふくらはぎを酷使する。荷物持ちとは使う筋肉が違うので、これも結構な負担となってしまった。

 それらの動きを連続で十分以上も続けたら、その代償に足腰がどうなるかなんて言うまでもないだろう。



(マスター、無理はしないでくださいですよ)


「分かってるって!」



 深く屈伸をして、そして再び駆けだす。

 相変わらず激しい土煙で前線の様子はあまり見えないけど、新機能『何でもナビ』があれば迷うことなく目的地に真っ直ぐ進むことが出来る。それに、戦況を細かく確認できる点も素晴らしい。


 ――もし他の誰かがこのタブレットを引き継ぐとしたら、やっぱり僕もアイディと同じ事を言うと思う。『ランク1になると世界が変わるよ』、って。

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