第22話 オーギル防衛戦・4


「と、言うわけでっ! ヘクターのところにっ! 行きたいんだっ!」



 もうもうと土煙が立ち込める中、『なんでもナビ』のお陰で無事に最初の目的地へと到着した僕は、わらわらと湧いてくる魔物たちをひたすら切り伏せながら、巨大な斧を振るうメイド服姿の女傑へここに来た経緯を説明していた。



「そうかい、ならアタシも行くよッ!」


「ええッ!? 大丈夫なのッ!?」


「大丈夫……じゃあないけどさッ!」



 そこで会話を区切ったミネルバは一際気合いの籠もった一閃とともに魔物たちをまとめて吹っ飛ばした。

 体中がズタズタになりながら断末魔を上げるゴブリンやオークたち。最後には空中で爆散し、赤い血煙となって跡形も無く消えてしまった。

 もしかして、あれがミネルバの神具アイテムの能力なんだろうか。



「ロイド! ちょっと下がるよ! アンタ、ちょっとこっちに入ってくれ!」



 そう言いながらミネルバは防衛ラインの後ろに下がっていく。

 声を掛けられた左隣の女性冒険者は元気よく返事をして、ミネルバの空けたポジションに入っていった。

 その動きに合わせ、左側に並んだメンバーも少しずつ右側にスライドして穴を埋めていく。ぶっつけ本番でよく連携が取れるものだ、と思わず感心してしまう。


 そんな感じで、『オーギル防衛作戦』は今のところ何とか機能しているようには見える。だけど――



「――このままじゃこの防衛線は長くはないね」


「それなのに、一緒に来て大丈夫なの?」


「この作戦の目的は勝つことじゃないからね。住民の避難する時間を稼げれば上出来さ」



 この作戦の概要は、中央を防御に優れる神具アイテム持ちが固めて侵攻を押しとどめ、そこから両翼側に溢れてきた敵を攻撃型の神具アイテム持ちが狩っていく――というもの。


 参加人数はオーギルの冒険者全員と、町から雇われているわずかな衛兵たちを合わせた精々百人程度。

 そんな少人数でも、あれ以来防衛ラインは一度も破られることは無く、少しずつではあるけど確実に敵を減らせている。


 だけど、即興の作戦なだけに穴も多い。

 遠距離攻撃で敵の侵攻ルートを中央に限定させることで何とか成立させてはいるものの、後方の支援部隊に何かアクシデントがあれば途端に両翼へと敵が殺到し、あっという間に破られてしまうだろう。


 もちろん、前線に立つメンバーが作る防衛ラインが崩れてしまえば後方部隊が敵に飲み込まれてしまい、作戦は破綻する。


 それだけに、もはや左翼側の要と言っても過言ではないミネルバが僕のヘクター救出に同行する――つまりはここから抜ける、というのは下手したら全滅に繋がりかねない、相当危うい行為なのだ。



「え……それって、町を捨てる、ってこと?」


「ああ。そりゃあオーギルをメチャメチャにされたらセルフィナ様もさぞ悲しむだろうけどね。でも、建物は壊されてもまた建てりゃいいんだ。生きてさえいりゃあ何とでもなるんだよ」


「なるほど……確かに、そうかも」


「三日もすれば国から軍隊が来るだろうよ。それより、お嬢様がお気に入りのロイドに『もしも』の事があったら――そっちの方が大問題になる」


「お気に入り、って……それはさすがに買い被りすぎじゃないかな」


「買い被りかどうかは生きて帰った後にセルフィナ様へ直接聞くといいさ!」


「あ、ちょっと! ミネルバ! 待ってよ!」



 ミネルバはそんな感じの微妙に気になるようなことを言うと、突然防衛ラインの向こう側へ向かって走り出してしまった。

 だけど、こんなことをすれば当然目立ってしまうわけで――



「ちょっ、ミネルバさん! 何をやってるんですか!」


「中央の奴らもそろそろキツいだろ! アタシがこいつらを引きつける!」



 と、当然のように咎められてしまったミネルバだったけど、良い感じの言い訳をして魔物の密集地帯へと突っ込んで行ってしまった。

 こっちもぼやぼやしていられない。ヘクターの正確な居場所を把握しているのは自分だけなのだから、むしろ先に行くくらいの勢いで行かないと!



「ええええええ! いくらミネルバさんでも無茶ですよ! ……って、もう一人!?」


「横、通るよ!」


「二人してどこいくのよっ」


「ヘクターを連れ帰ってくる!」


「ええっ!?」



 後ろで他のメンバーが「あんなやつ放っとけ」とか「無茶だ」とかワーワー言っているけど、もう後に引く気はない。

 もう一度だけ地図でヘクターのいる方向を確認してからタブレットを懐へ放り込み、剣を抜いて真っ直ぐに目的地へ向かって速度を上げていく。



「ミネルバ! あっちだ!」


「あいよ! ほらこっちだ魔物どもっ! アタシがまとめて相手してやるから、付いてきなっ!」



 僕の向かう方向に合わせて並走状態となったミネルバが吼えるように挑発すると、周囲にいた大量の魔物たちが吸い寄せられるように群がってきた。



「うわ、うわうわうわ! 凄い数が来た!」


「追ってくるのは無視しな! 前に立つ奴だけ切り伏せるんだ!」


「くっそおおお! そこをどけええええっ!」



 ゴブリンやらオークやらが入り乱れる中、もう色々とヤケクソになって剣を振りまくる。ああ、こんな襲撃があるってもっと前に分かっていれば色々と準備が出来たのに!


 と、そんな無用の焦りが良い方に作用するはずも無く……。

 立ち塞がるように目の前に躍り出たオークに対し、僕が反射的に振るった雑な横薙ぎは明らかに間合いが遠く、外した上に大きな隙を晒してしまった。

 勝手に舞い込んできた絶好機に、オークはその剛腕を唸らせた一突きを放つ――!



「やばっ! ……ぐっ!」


「ロイド!」



 何とか体を捩じり避けた――と思いきや、右脇腹に衝撃が走った。

 抉れてしまったのではないかという感覚に、慌てて受傷部を確認する。……大丈夫、腹に穴は開いてない。

 だけど、借り物の黒い一張羅は裂け、下に着ていた白いシャツには真っ赤な血が滲んでいた。

 ――どうやら完全には避けきれなかったようだ。致命傷ではないとはいえ、十分痛い。



「大丈夫、かすっただけっ!」


(マスター! ここは防御プログラムを使ってくださいです!)


「でも防御プログラムはエネルギーの消費が!」


(何のために改良したんだこのドアホが! 良いから使え!)


「……分かった!」



 少しだけ速度を緩め、タブレットを取り出すと大急ぎで『改良版・武器回避パリイプログラム』を呼び出す。



「ロイドっ! 左来てるよっ!」



 目標の速度が緩み、連続して訪れた絶好のチャンスを今度こそ逃すまいと、側面に回ったオークが僕を狙う。

 だが、もう遅い。プログラムは既に実行されているんだ――!


 キィンッ!


 僕の体はスウェイバックしながら左に回転し、伸びてきた槍を右手の剣で叩き落とした。そして体のコントロールが戻ると同時に、今度はしっかりと踏み込んでの突きを放つ。

 直後、ミスリルの剣を通して背骨ごとオークの体を貫いた感触が右手へと伝わってきた。



「何だい、ヒヤヒヤさせんじゃないよ!」


「ごめんごめん。もう大丈夫だから」


「まったく、アタシが一緒だってのにオークなんかにやられたら承知しないよ!」


「うん。さあ、行こう! 目的地まであと少しだよ!」


「ああっ!」



 再び速度を上げ、襲い来る敵の攻撃を打ち払い、薙ぎ倒していく。

 ゴブリンの棍棒での<打撃>も、オークの槍での<突き>や<払い>も、オーガの素手での<殴打>や<蹴り>も、このプログラムでほぼカバーできている。今の僕は実質無敵だ。



「アンタ、スロースターターなんだね! 最初の頃とはまるで別人だよ!」


「そうなんだ、僕は貧乏性でね!」


「……はあ?」



 あくまで比喩として言った『別人』という表現も、僕に限ってはあながち間違いでもない。

 最初の頃は『本来の実力のロイド』だったものが、防御プログラムの起動により『あらゆる攻撃を防御する達人』になってしまったのだから、それはもう『別人』と言って差し支えないレベルでの変貌だろう。

 まあ、貧乏性ゆえの温存策が裏目に出て、余計な一撃を貰ってしまったのは反省すべき点だと思うけど……。


 とまあ、そんなことをしているうちに、敵の密度が減り始めてきた。どうやら、中央の密集地帯からかなり外れてきたようだ。



「そろそろ見えてきても良いと思うんだけど」



 人の感覚というのは結構いい加減で、自分ではまっすぐ進んでいるつもりでも割とどちらかに曲がっていくものらしい。

 だから、若干ズレたり、下手すれば通り過ぎてしまう可能性もある。

 僕はタブレットを取り出し、アイディの陰に隠れていた『何でもナビ』を前面化して現在地を確認することにした。


 表示させた画面に映っていたのは中心の黄色い点現在地、周囲のまばらな赤点、そしてヘクター

 だけど、その中の一つが不思議な動きをしている……何だろう、これは。



「旗が……こっちに来る……?」

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