第20話 オーギル防衛戦・2


 町の北門から出ると、山岳部の手前に広がる平原のあちこちで土煙が舞い上がっている光景が目に入ってきた。

 多方面で激しい戦闘が続いているのだろう、魔法か武器の固有スキルのどちらかのものと見られる爆発や発光、そしてそれらものと思われる轟音が断続的に響いている。



「ロイド様、まずは本陣を目指しましょう。恐らくは戦場の後方に臨時の指令所のようなものが設営されているはずです」


「わかりました、ミネルバさん。

 あ、あと僕のことは呼び捨てで良いですよ。今はそれどころじゃないですし」


「――分かった、ロイド。アタシの事もミネルバで構わない」


「うん、ありがとう」



 そんなやり取りを経て土煙が最も濃い方向へと向かっていると、この町の象徴である鷲が描かれた旗が視界に入ってきた。



「あ、あれじゃない? 本陣って!」


「よし、まずはあそこで状況確認だね」



 更に近づいていくと、鷲の旗の元には十人くらいの人影、そして彼らの足元には布の塊のようなものが見えてくる。

 ……いや、違う。彼らの足元に転がっていたのは――『寝かされた人間』だ。その数はその周りを忙しなく動き回って治療をしている人数を遥かに上回っている。

 本陣と思しき場所は、もはや医務所と区別がつかないような状態になっているらしかった。

 その惨状を突きつけられた僕は、両脚を動かす速度を更に加速させる。



「すみません! 遅くなりました!」


「――何だ、お前たちは! ここは危険だから早く逃げなさい!」



 到着したと同時に、長身痩躯で片眼鏡を掛けた中年の男――本陣で指揮を執っていたギルド長のシモンズに声を掛ける。ところが、一目見ただけでは僕たちが誰なのかすぐには気付けなかったようで、しっしっ、と手で追っ払われてしまった。



「何だい、シモンズ。もうアタシの顔を忘れちまったのかい?」


「お前のような似非メイドなど私は知ら……。

 んんっ!? お前もしかして、ミネルバか!」


「ああ、助太刀に来てやったよ!」


「じゃあ、そっちのは……」


「僕ですよ! ロイドです!」



 そう言いながら自分の後ろに下げた前髪を強引に前へと引っ張り、『いつものロイド』に戻してやる。シモンズは「ん?」と片眼鏡を上下にくいくいとさせ、こちらの顔をジーっと見つめた後、ようやく気付いたようで「ああっ!」と声を上げた。



「んなことはどうだって良いんだよ! 今の戦況はどうなってる!」


「あ、ああ。正直なところかなり厳しいと言わざるを得ない。

 今はまだ、遠距離攻撃のできる後方部隊の支援でなんとか前線を持たせているが、これ以上怪我人が出るようなことがあれば恐らく……」


「――ギルド長っ!」



 シモンズが口に出そうとした絶望的な未来は、戦場の方から駈けてきた女性の必死の呼び掛けによって遮られてしまった。

 息を切らし、足をよろめかせ、そして最後にはギルド長の目前に倒れ込むようにしながら帰陣を果たした彼女は顔だけを上げ、呟くように戦況の報告を行う。



「左翼側が……突破されました……。 後方部隊が襲われるのも時間の問題です」


「そうか、分かった。

 私が後方部隊の護衛に回ろう」


「ぎ、ギルド長は、ごほっ! ……王都から派遣されてきた、方のはず、ごほっ!」


「だからと言ってここで逃げるわけにもいくまいよ」


「ギルド長……ごほっ! ごほっ!」


「報告、ご苦労だった。皆、私が出た後は本陣ここを引き払い、町の中まで下がりなさい。ギルドの地下室ならそうそう見つかることもあるまい。三日も生き延びればきっと救援が来る。いいね」



 シモンズはそう言い切り、戦場の方へと視線を向けると今度は僕たち二人に向けてだけ話し始めた。



「ロイド。君は私と共に後方部隊の救援に回ってくれ。補給品も届ける必要がある。

 それとミネルバ、君は――」


「左翼側を何とかしろってんだろ? 任しときな!」


「――ああ、助かるよ。全く、こんな事ならやっぱり君を手放すんじゃなかった」


「おや。またアタシを口説こうってのかい?」


「そうだな。もしこの戦いで生き残れたら――またアタックさせてもらうよ」


「はっ! そんときゃまたまた振ってやるよ!」



 シモンズは苦笑いをしながら、腰に差した細剣型の神具アイテムを抜く。

 それに合わせたかのようにミネルバも背負っていた大斧を右手で持つと、二人は武器同士を軽く触れ合わせた。



「武運を」


「君もね、ミネルバ」


「ほら、ロイドもやんなよ」


「あ、うん」



 促され、二人の武器が交わった場所に鞘から抜いたミスリルの剣を軽く合わせた。



「みんなで、オーギルを守りましょう」



 僕の一言に、二人だけではなく撤収準備を進めていた救護部隊の人達やまだ意識のある怪我人までもが「応!」と返してくれた。


 ……みんなのその声に、物凄い危機的状況にも関わらず――僕の心は不謹慎にもぞくぞくと震えてしまう。

 そして、いつかアミリーともこういうことが出来る日が来てほしい――なんてことを考えてしまったのだった。



――――



 後方部隊に敵軍勢の先端が取りつこうとしていたのは僕たち二人が彼らの姿を目視で捉えた、まさにその時だった。

 しかし、不幸中の幸いか、魔法使いや弓兵たちに殴りかかろうとしていた魔物は最下級の魔物として知られるゴブリンのみ。攻撃力と耐久力に優れる他の種族は遥かまだ後方を進んでいる。

 小柄で機動力のあるゴブリンと大柄で鈍重なオークやオーガでは進軍速度に差があるとはいえ、各種続間で連携が取れていないようならこちらにもまだチャンスはある。



「僕が先に切り込みます! 足を狙いますのでシモンズさんはトドメを!」


「承知した!」


「アイディ! 行くよ!」


(おう、暴れてやろうぜ!)



 タブレットの『実行』をタップし、身体の自由が失われる前に黒い板を素早く白いシャツの中へと放り込む。


 直後、潜在能力ポテンシャルを強制的に引き出された体は――まるで限界まで引き絞られた弦から一気に解き放たれた矢のように駆け出した。



「ギッ!?」「ギェ!」「グギッ!」



 奔る刃に、ある者は膝を割られ、ある者は腱を斬られ、そしてある者は腿から下を無くしてしまい、全員が大地へと這わされてしまう。



「『噛み砕け、岩牙』!」



 間髪入れずに細剣を地面に突き刺したシモンズが気合を込めると、鋭く尖った岩石の巨大な棘が地面から飛び出し、倒れたゴブリンたちを次々串刺しにしていった。

 恐らくあれがAランク神具『噛砕岩牙ロックバンカー』の固有技なのだろう。



「やった! ギルド長が来てくれたぞ!」


「うっひょー! 助かったぜ! ……って、もう一人のアイツは何者だよ!」


「そんなことを気にしている場合じゃない! 今のうちに態勢を立て直すぞ!」



 現在実行中の<対集団プログラム>の動作は非常に快調。夜中まで掛かって作成した甲斐があったというものだ。

 これは集団相手にエネルギー消費の激しい『防御モード』を使わずに対応することを想定して作成したもので、<脚部のダメージが50%以上>AND《かつ》<最も近い敵>へ、<下段斬り>を<敵の全滅>まで『繰り返す』という、自信作である。

 どんなに大群相手でも機動力さえ奪えば囲まれずに戦うことも出来るし、逃げるのだって容易い。



「みんな! こっちは僕とギルド長が引き受けた! そのリュックに入ってるマジックポーションと矢で前線の支援を続けて!」


「よし、分かった!」


「助かったぜ! もうカツカツだったんだ!」



 背後から一斉に補給に走る様子が伝わってくる。

 よし、これで少しは持ち直すことだろう。あとはミネルバが左翼の穴を塞いでくれれば一気に形勢逆転だ!

 と、意気も高まりかけたそんな時。



「……お前……もしかして、ロイドか……?」



 背後から聞こえてきたのは――信じられないものを見たかのような声。

 この声には聞き覚えがある。Dランク神具アイテム強弓パワーボウを持つ弓兵、トイーア。

 もう二度と声を聞くことは無いと思っていた、例の三人の内の一人。ここ三日ほど姿を見かけていなかったけど、どうやら彼もこのクエストに参戦していたらしい。


 そもそも、この戦いは冒険者の義務ともいえる『強制』クエストとなっているはず。なので、彼がここに居るのは当然なのだけど、彼らの性格からして何だかんだと理由を付けて参加しなくても別段不思議には思わない。それどころかそっちの方が自然に見える。だから、トイーアとこの場で再会したことは僕にとって結構な驚きだった。



「なあ、ロイドっ……くん。今更こんなこと言うなんて本当に虫が良いって分かってるけど――」


「もう良いって、あの時言っただろ! これ以上、僕に構わないでくれ!」


「ち、違うんだ、そういう事じゃなくて……」


「じゃあ、何なんだよ!」


「ヘクターを、止めてほしいんだ!」


「……ヘクターを?」


「あいつ、ロイドくんにやられてからおかしくなっちゃったんだ! 『見返してやる』とかずっと一人でブツブツ言っててさ!」


「知らないよ! 友達なんだろ、自分でどうにかしろよ!」


「無理だよ! あいつ、新種の亜人を倒して手柄を上げてやる、って前線に走って行っちゃったんだ! 俺じゃ止められないよ!」


「トイーア! 何をゴチャゴチャやっている! 早く支援に入れ!」


「お願いだ、何でもいう事を聞く! あ、あんなのでも俺の幼馴染なんだ。ロイドぉ……頼むよぉ……」



 もう吹っ切れたはずなのに、自分のやるべきことも見つかったのに、まだあの三年間は亡霊のようにしがみついてくるのか!

 ……どうやら、あの空虚を埋めきるには『怒り』だけでは不足らしい。やるなら中途半端で終わらせず、徹底的にやらなきゃいけないってことか。



「……約束は、しない。間に合わなかったとしても、恨ないでくれよ」


「あ……ありがとう、ありがとう……」



 別に、ヘクターたちと仲直りしようとか、心から許そうとか、そう言うのじゃない。ただ、一歩間違えたら僕もなっていたのかもしれない――そう考えると、どうしても他人事には思えなかった。

 僕の最終目標である『アミリーを完全に取り戻す』とは、言い換えれば『ランクが全てという狂った世界を変える』ということに等しい。ならば、これが最初の第一歩目になるだろう。決して、あいつらの為なんかじゃない。決して。


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