第17話 力を欲するもの
僕の新たな誓いを聞き届けたセルフィナは儚げな笑顔を浮かべると、両目を閉じ、一つ大きな溜息をついた。
そして、もう叶わないであろう――ささやかなを願いを口にする。
「私も、それほどまでに焦がれる様な恋がしてみたかったですわね」
「……やっぱり、結婚は嫌なんですか?」
「ふふ、随分と真っ直ぐに斬り込みますのね。
ですが、私はエドール家に生まれた人間です。子供が思い描いたような結婚なんて、
「それじゃ、何でダンスホールの妨害なんてやってたんです?」
「あら。貴方、まだ覚えていらしたのね」
平然とそんなことを言うセルフィナ。いやでも昨日の話だし。いくら何でも忘れるわけがない。
まあ、記憶云々は置いておいて、やはり僕には昨夕のセルフィナと今のセルフィナが同一人物だとはどうしても思えない。あの幼稚な行動は一体何だったのか。
「実は、双子だったりしませんよね」
「ふふっ、面白いことを仰いますのね。楽しませてくれたお礼に銀貨十枚……いえ、二十枚を差し上げようかしら」
「……双子ではないみたいですね」
「そうね。強いて言うなら……あの下らない建物と調度品に金貨五百枚も使うことへのささやかな抵抗、といった所かしら」
「き、きんっ! 五百!?」
「ええ。しかもまともに使われるのは私の婚約パーティーでの一回きりですのよ。そんなお金があるのなら、もっとまともな使い道もあるでしょうに」
銅貨十枚で大銅貨一枚。大銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚だから……えーと……タイル塗りに換算すると……ご、ごじゅうまんタイル!?
それだけのお金があれば……えーと、えーと。……駄目だ、ろくにお金なんて持ったことが無いから何が出来るか分からない……。
「い、一体何のためにそんな大金を」
「そんなもの、見栄と打算のために決まっていますわ。
今回のお相手は私どもの侯爵位より格上の伯爵位ですから、家格は劣っても裕福さでは勝っていると見せたかったのでしょう」
「贅沢にお金を使うことが目的、ってことなんですね……」
「ね? 下らないでしょう?」
「それは、まあ……。ですが、こう言ってはなんですけど、結婚したらお相手の家の方も『家族』になるんでしょう? それって大丈夫なんですか?」
例の人質制度がある限り、セルフィナと『家族になる』のはかなりのリスクを伴う行為だと言わざるを得ない。
確かに、財力のある相手と関係を持てるのは大きなメリットかもしれないけど、命の危険と天秤にかけられるような話なのだろうか。
「ええ。私のお相手はテンパレス伯のご長男で、SSランクの剣『
なるほど、既に相手方も人質状態なら問題はない……のか?
いやそれ以前に、国民を全く信用していないこの国がSS持ち同士の結婚をどうして許したんだろうか。
まあ、下手に介入して逆上でもされたら困る、という話なのかもしれないけど。
……と、ここでようやく僕は自分の質問が段々と野次馬めいた内容になってきたことに気付いた。
「……はあ。何だか、凄い話になってるんですね」
これ以上はお互いに益も無いだろうと判断した僕は、当たり障りのない乾いた感想でこの話題を締めることにする。
「私の知らないところで勝手に決まった話ですけれどね」
セルフィナはふふ、と上品に笑い、僕もそれにつられて笑う。そして訪れる穏やかな沈黙。
――さて、これでお互いに聞きたいことは大体聞けたかな。まあ、こっちは最初に話したタブレットの事だけで、それ以降はほとんど情報を貰っていただけな気もするけど。
「今日はここまでに致しましょうか。
あまり姿を見せないでいるとお父様が不審に思われるでしょうし」
「はい、とても貴重な話を聞かせてもらって、ありがとうございました」
「こちらこそ、大変有意義な時間を過ごさせて頂きましたわ。
……ああ、そう言えば森の件についての報酬がまだでしたわね」
「いえいえ、報酬だなんて。僕はアミリーの話を聞けただけでも十分です」
そもそも、今日の僕は何かやったっけ? と改めて思い返してみると、セルフィナと老執事の後にくっついて口を動かしていた記憶しかない。
あれが『仕事』になるなら、誰も苦労しないと思う。
――そんな感情から報酬を拒もうとする僕に、セルフィナは少し呆れたような視線を向け、軽く溜息をついた。
「貴方、冒険者なのでしょう?
それならもう少し報酬に貪欲になりなさいな」
「森でも僕は大したことをしてませんし――」
「――失礼いたしますわね」
こちらの言葉を遮ってそう言うと、セルフィナは突然ランタンのバルブを絞り始めた。
限界ギリギリまで絞られた火はもう消える直前になっていて、一歩半先にいるセルフィナの顔すらよく見えなくなってしまっている。
「セルフィナ様? 一体何を」
「後ろを向いてくださらない?」
――ああ、これはあれだ。
抵抗は無駄だと判断し、言われた通り後ろを向くと――背後から微かな衣擦れのような音と、カチャカチャと金具同士が擦れる音が聞こえてきた。
まま、まさか、報酬って……。アレの事じゃあ……。
「こちらを向いてもよろしいですわよ」
声がして、そしてランタンの明かりが強まった。
ダメだ。とても振り向けない。だって、僕にはアミリーという心に決めた人が――
「どうかされましたか?」
変わらず平然とした声の様子が逆に不気味だった。
しかし、このままでは埒が明かないのも事実。ならば……ええい、ままよ! と、覚悟を決めて振り返った僕の目の前にあったもの、それは――
「……剣?」
ランタンの光を受けてキラキラと輝く、乳白色の細長い金属。それは、どこからどう見ても、鞘に納められた剣だった。
それをセルフィナが両の手の平に乗せている。まるで、こちらへ捧げるかのように。
「ええ。先ほど、貴方の剣が刃こぼれしてしまったでしょう?
ですから、これを代わりにと思いまして」
「こ、こんな高そうなもの、貰えませんよ!
あんな安物の代わりになんて、とんでもないです!」
「どうせ私には必要のないモノですから。ロイドに使ってもらった方がその剣もきっと喜びますわ」
そう言うと、「はい、どうぞ」とこちらに『報酬』を押し付けてきた。
駄目だ、全く話を聞いてくれない。別に遠慮をしているというわけではなく、見合わない対価を得るということに対して漠然とした恐怖のようなものを感じているだけなのだけど、そんな程度の理由では蹴散らされてしまうだけだろう。
貰う立場での表現としてはだいぶ不適格だとは思うけど、諦めて受け取るしか無さそうだ……。
「……分かりました。ありがたく、頂戴します」
「ええ。是非」
と、セルフィナが言い終わったと同時に書庫のドアが三回鳴らされた。
この合図は……時間切れだったか。
「さて、と。どうやら本当にここまでのようですわね。
貴方はこのままここにお残りなさい。帰りはミネルバに案内させますわ」
「はい。色々と本当にありがとうございました」
「それでは、ロイド様。またお会いしましょう」
最後にそう言い残し、エドール家の御令嬢は書庫を静かに後にした。
――――
「それでは、ロイド様。お気をつけてお帰り下さいませ」
「ありがとう、ミネルバさん」
「くれぐれも、あちらの品を処分などなさらないように」
「う……分かりましたよ。セルフィナ様のご命令なんでしょ」
「ご理解いただき、恐縮です。では私はこれで」
ミネルバの案内で再び例の小屋へと戻った僕は化粧を落とし、服も自分の物へと着替え、ようやく一息つくことができた。
足元には大きな布で包まれた『土産の品』が転がり、そしてテーブルの上では『報酬の品』が乳白色に輝きを放っている。
……そして、ここにいるのは自分一人。
ワクワクする感情を抑えきれず、テーブルの上の剣に手を伸ばす。そして柄に手を掛け、軽く引っ張ると――
「うわ、なにこれ」
しゅらり、という音を鳴らし――滑らかに鞘から刀身が抜き放たれた。
油をいくら差してもガタガタと引っ掛かっていたあの安物とは全く違う。
適度な長さ、重すぎず軽すぎない扱いやすい重量、指に吸い付いているのかと錯覚するぐらい柄の感触も良い。
しかも、この刀身の乳白色……もしかしたら、あの最高級と言われる
もちろん実際に見たことは無いし噂で『白っぽいらしい』と聞いただけだから違うかもしれないけど。
何にしても、お店で買ったとしたら一体いくらになるのか想像もつかないような名剣であることは間違いないだろう。これは大事に使わないとな。
「……こんなもの、本当に貰っちゃっていいのかなあ。後で返せとか言われたりして」
(――かっかっか。そんな貧乏くせーこと、あの嬢ちゃんが言うわけねーだろ)
僕の庶民丸出しな独り言に、懐の中から反応が返る。
セルフィナとの会話の途中からやけに静かになっていたから、てっきり
「ああ、アイディ。さっきはいきなりタブレットに引っ込んじゃったけど、どうかしたの?」
(あー。あれな。ヘルプの奴がベソかいて空気を悪くしそうだったからよお、無理矢理引っ張り込んで巣に放り込んでやってたのよ)
「放り込むって……。で、そのヘルプは?」
(ますたあーますたあー言ってまだ泣いてんぞ。今は呼んでも聞こえねーかもなあ。
ったくよお、役に立たねーサポートもいたもんだぜ)
「そっか……。じゃあ今はいいや。
聞きたいことがあったわけでも無いし」
(ああ、ほっとけほっとけ。
それよりよお、早く戻って
「え? もうそんなに無くなってるの? 家を出たときは満タンあるって聞いてたのに」
(さっきのザコ戦でディフェンスモードを使いすぎたな。
あれはあんまり対象を増やしすぎるとエネルギーを馬鹿食いしちまうからなあ)
アイディの画面から、防御モードを選択し、ギルドからエドール卿の屋敷に向かうまでの間に作成したプログラムを見てみる。
「……さすがに今持ってる
(多すぎだな。
しかもサンダーブレスとか、明らかに要らなかっただろ。
それに、稲妻を
「無効化シールドはエネルギー消費が激しいみたいだし、あんまり入れないほうがいいかなー、って思って」
(はあ……前途多難だぜ、こりゃ)
タブレットとアイディは確かに万能で、凄い能力ではあるんだけど……動いた分は普通に疲れるし筋肉痛にもなるし、エネルギー管理にプログラム作成で物凄く頭を使うのが本当にキツい。
「……こうして見ると、意外と弱点も多いよね、タブレットって」
(そらお前がこいつの力をぜんっぜん引き出せてねえからそう見えるだけだっつの。ま、とりあえずはランク1に上げてみろよ。見える世界が変わるぜ)
「うん。頑張るよ」
この世界を変えたいなら、タブレットの性能を完全に引き出すことは必須条件となるだろう。少なくとも、国の中枢にいる様な人間たちと同等かそれ以上の力を持たなければ『誓いを果たす』など絵空事にしかならないのだから。
武力、知力、資金力、組織力……何でもいいからまずは僕と僕の周りの人だけでも守れる『力』を身に着ける。全てはそれからだ。
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