第18話 パーティーへの招待


 セルフィナより新しい剣を貰って二日後、つまりタブレットが起動して四日目の朝―― 

 昨夜、遅くまで攻撃プログラムの調整をしていたせいで寝不足の僕は、ドアが外れるんじゃないかと思う程けたたましく鳴り響くノック音によって叩き起こされたのだった。



「だれだよお……こんな朝っぱらから……」


「御免! 御免! ロイド・アンデール様は在宅か!」


「あいあーい……今行きますう」



 気休め程度のつっかえ棒を外し、ドアを開くと――



「お休みのところ、大変申し訳ございません」



 そこにいたのはセルフィナに付いていた、柔和な表情をしたあの執事さんだった。

 小脇に白い布に包まれた荷物を抱えた老執事は、さっきまでの勢いとはまるで別人のような丁重な物腰で語り掛けてくる。



「ロイド様、本日は何かご予定がお有りですか?」


「ええっと……いえ、特にはありませんけど」


「それでは、こちらを。お嬢様からのお手紙にございます」


「セルフィナ様の? ……何だろう」



 まさか、今日の記念と称して無理やり持ち帰らされたあのメイド服をもう一度着てこい、とかそういう無茶振りでは……。

 恐る恐る封筒を受け取った僕は、三つ折りに畳まれた便箋を開いて中を読み始める。


――――――

 親愛なるロイド・アンデール様。


 先日はありがとうございました。

 久しぶりに心から楽しく思える、私の人生の中でもとてもとても貴重な時間となりました。本当に感謝しております。


 ですが、私には一つ大きな心残りがございます。

 それはロイド様をお食事にお誘いもせず、お別れしてしまったこと。

 そこで、大変急な話ではございますが、明日開かれる私の婚約記念パーティーにロイド様をご招待させて頂こうと思い、筆を執った次第でございます。

 是非アミリー様の分まで私の晴れ姿をご覧頂きたく、ロイド様のご参加を心よりお待ち致しております。


 アミリーの友人、セルフィナ・オル・デ・エドールより。



 追伸:拒否権はございません。

――――――


 ………………。

 ……封筒の中にもう一枚入ってるな。ああ、こっちは招待状か。



「……。執事さん、パーティーって今日じゃなかったですか?

 手紙には明日、って書いてありますけど」


「ええ、ロイド様は昨日はこちらにいらっしゃらないご様子でしたので」


「え、昨日から来てたんですか?」


「はい」


「すみません、昨日は沼地の方で遅くまで攻撃プロ……いえ、攻撃のプロになるための訓練をしていたものですから」


「それは結構なことでございますね」


「でも、僕はパーティーに着ていけるような服なんて――」


「こちらを」



 待ってましたとばかりに突き出される白い布。そしてそれをはらりと開くと、中から何だか艶々とした生地の黒い服が出てきた。



「お前たち。ご準備のお手伝いを」


「はいっ!」



 元気の良い返事とともに入口の横からひょっこりと現れたのは先日の小屋にいたメイドさんたちだった。

 彼女らはこちらの了承も取らずにぬるりと室内に侵入すると、あの時と同じように僕の着ているものをてきぱきと脱がせ始める。

 もうこっちも一度経験済みなので「きゃー」とか「わー」とか喚いたりすることもない。パンツ一枚にされるくらい、アレを着せられるのに比べたら何倍もマシだ。



「では、私はお屋敷に戻ります。

 パーティーは三つ鐘から始まりますが、どうか余裕をもってお越しくださいませ」


「はい。セルフィナ様に、ご招待頂きありがとうございましたとお伝えください」


「それはご自分からお伝えされた方がお嬢様もお喜びになるでしょう。

 私からはロイド様がパーティーへの参加をご快諾くださった、とだけ」


「そうですね。それでお願いします」


「それでは」



 執事さんはそう言うと、年齢を全く感じさせない足取りで屋敷の方へと去って行った。

 年齢がいくつなのかは知らないけども。

 まあそれはどうでもいいとして、今日のメイドさんたちには昨日と大きな違う点がある。大斧を背負ったあのレディが見当たらないのだ。



「そういえば……今日はミネルバさん、いないんですか?」


「はい。彼女は旦那様の言いつけで今日は前日よりお泊り頂いているご来賓の方の近辺警護に当たっているはずですよ」


「ああ……なるほど」



 セルフィナお付きとは言え、やはり侯爵の意向が最優先なのか。

 昨日ギルドに行ったときに古株の冒険者に聞いてみたら、やっぱり彼女は有名な『元』冒険者だったことが分かった。

 その辺りの腕も見込まれての配置転換ということなのだろう。


 ……と、そんな事を考えている間に、僕の恰好はあっという間にフォーマルな装いへと変わっていた。

 真っ白なシャツ、黒地に白の複雑な模様の刺繍が入ったジャケット、黒のスラックス。どれもこれもやたらと手触りがするするしている。



「次は御髪おぐしの方を失礼いたしますね。私の『型固定の櫛モールド・ホールド』なら、どんな癖っ毛でも今日一日はセットしたままになりますよ」



 そう言ってメイドさんはかごの中から琥珀色に輝く小さなくしを取り出した。

 どうやら、このメイドさんの神具アイテムはあの櫛のようだ。

 

 ――子供の頃は冒険者に憧れて武器や魔術書の神具アイテムばかりを欲しがっていたけど、今となってはああいうのも悪くないよなあ、なんてことを思ってしまう。

 冒険者の現実を知ったから、というのもあるけど……戦いに特化した物と違って一生使えるし、何より争いごととは無縁なのが良い。


 髪のセットが終わった後は、同じように化粧の神具アイテムを持つメイドさんに軽くメイクをしてもらって――『余所行きロイド』は完成した。


 時間は二つ鐘が鳴って少し経った頃。

 少し早いけど、この格好じゃギルドにも訓練にも行けないし、もうお屋敷に行ってしまおうか。

 それにしても、セルフィナの相手は一体どんな人なんだろうか。いい人だったら良いんだけどなあ――。



――――



「ご婚約おめでとうございます、セルフィナ様」


「ロイド様!」



 公式にはパーティーはまだ始まってはいないものの、会場となるダンスホールには既に大勢の来賓が到着していた。

 僕は早速、一際目立っていた青いドレスの女性の元へと参じると、招待してくれたことへの礼を述べることにする。



「本日はご招待いただき、ありがとうございました」


「こちらこそ、ロイド様に来て頂けてとても嬉しいですわ」


「今日の一段とお綺麗なセルフィナ様を見られないとは、アミリーも大変悔しい思いをすることでしょう」



 言い慣れない言葉を、事前に考えた台本通りに喋っていく。監督監修は例のメイドさん二人にお願いした。

 こういうのは最初が肝心らしく、挨拶ここさえまともであれば後で少しボロが出ても『あえて崩しているんだな』と思ってもらえるそうだ。

 だから、個人的には変なアドリブが来たら一気に危機に陥る可能性がある、会話内容とは真逆の割とスリリングな状況だったりする。



「ロイド様こそ、随分と凛々しいお姿になられましたわね。

 その髪型も大変お似合いですわよ」


「いえ、セルフィナ様の方こそ――」


「――おや、フィーナ。そちらの方は?」


「お父様」



 声の方に視線を向けると……そこにいたのは口ひげを蓄えた初老の男性だった。『お父様』ということは、この人がエドール侯爵なのだろう。

 セルフィナは父親の姿を確認すると「お耳を」と小声で囁き、彼の耳元を近づけさせた。



「こちらは私の友人であるアミリー様の婚約者、ロイド様ですわ。

 アミリー様がご多忙のため、代わりに来て頂きましたの」



 何故か声を潜ませて僕の素性を紹介するセルフィナ。

 まあ確かに、肩書とかが重要なのは分かるけど。婚約者は少々盛りすぎではないだろうか。



「おお、あの『不明』の!」


「お父様、お控えになられて。彼の話を知られるわけには参りませんの」


「……そうだな。どこで国王派イヌどもが聞いているか分からんからな」



 エドール卿は一瞬だけ顔をしかめた後、すぐにこちらへと向き直り、口を開く。



「ロイドさん。貴方もこれから大変だと思うが、何か困った事があれば是非娘を頼りなさい。若輩者だが、少しは力となってくれるだろう」


「はい。お気遣い頂き、ありがとうございます」


「さて、ここには娘の所に長居をすると無用の疑いを掛ける無粋な輩どもも紛れ込んでいるのでね。私はこれで失礼するよ」



 そう言って、壮年の紳士はごった返す人々の中へと消えていった。

 正直、こちらが勝手に思い描いていたエドール卿の人物像とは違っていた。もっと傲慢で、強欲で、いかにも『貴族』みたいな人を想像していたのだけど。



「聞いていた話とだいぶ違う印象の方でしたけど」


「あれはこれから同じ境遇に落ちる人間への同情――いえ、仲間意識と言った方が正しいかしらね。それも混じっているのでしょう」


「ああ、そういうことですか」



 『不明』のアミリーと家族になるということは自由を奪われること。セルフィナが十五になった年からそれを押し付けられてきた侯爵家としてもそれの重さは十分に分かっているのだろう。

 もしかしたら、冒険者を毛嫌いするのもその辺りにあるのかもしれない。僕らは基本的に何をするのも自由だし、自分よりずっと金の無い人間がそれを謳歌しているのは良い気分のするものではないだろう。

 


「とにかく、今日は楽しんでいって下さいな。

 美味しいお料理も沢山ご用意しましたから、好きなだけ召し上がっていってくださいね」


「はい。とても楽しみにしています」


「ふふ。素直で宜しいですわ。

 では、私は準備もありますのでそろそろ控え室へ戻らせてもらいますわね」


「ええ。それでは、また」

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