第16話 偽る者たち


 から二時間ほど経ち、無事に……と言っていいのかどうか微妙ではあるけど、僕は何とか屋敷内に潜り込み、セルフィナと合流することができた。


 合流後に案内されたのは、雨戸が締め切られ、まだ昼間だというのに真っ暗な『書庫』と呼ばれる小部屋だった。

 ランタンが必要になるのは少々面倒だったが、何より外から見られる心配が無いという点は素晴らしく、更には僕のも大量の紙束に吸収されることで外へ漏れ出る事も無いという、まさにこの状況にうってつけと言える場所だった。



「見ての通り、この『漆黒の板』にはこの二人が住んでいまして。僕がまともに戦えるようになったのも、彼らが色々とサポートしてくれたお陰なんですよ」



 気兼ねなく声を出せるようになった僕は、早速タブレットの住人の紹介と、適当にぼかした能力を説明していくことにした。



「まあ。とても可愛らしい使い魔ミニオンですのね」


「ええ……まあ……あの、すみません、いつもはこんなんじゃないんですが」



 やはり『不明』だった『漆黒の板』の話を分かって貰うには、見てもらうのが一番早い。

 セルフィナの理解力ならこれだけでも後は勝手に想像で補ってくれるだろうし、それこそが細かな説明をしたくないというこちら側の狙いでもある。



「さすがは『不明』と言われた神具アイテムですわ。他の使い魔ミニオンとは比べ物にならないほど……その……とても個性的ですものね」



 そして狙い通り、彼女も『この二つの使い魔ミニオンが漆黒の板の持つ能力である』という方向に向かってくれた。


 まあ、それは良い事なのだけど……。

 残念ながら、想定と違う事態も同時に起きてしまっていた。

 懐から取り出したタブレットから二人は出てくるなり、黒い方は呼吸ができないほどに笑い転げ、白い方は呼吸を忘れるくらい心を奪われ……と言った感じで、実に豊かな感情表現で所有者マスターの変化に反応してくれたのだ。


 まあ、自分としても……相手が侯爵令嬢ということで控えていたけど、その『変化』への我慢がついに限界に達したことだし……そろそろ愚痴らせてもらうとしよう。




「……それで、そのー。

 やっぱり、いくら何でも、これはやりすぎなんじゃないかって思うんですよ」


「あら。よく似合っていてよ?」


(ひーっ、ひーっ! お、お前は俺様を笑い死にさせる、気か! ぷふーっ!)


「アイディの反応を見る限りはそうは思えないんですけど」


(真に受けてはいけませんですよ! コレの目は腐っているのです! 私はおねえさ……こほん、マスターはとっても美しいと思いますです!)


「ほら。ヘルプさんはそういっていますわよ」


(ど・こ・が・だ・よっ! ほれ、よく見てみろ!)



 アイディがそう言うと、タブレットの画面いっぱいに『ハウスメイドの着るような可愛らしい服を着て化粧を施された』の姿が映し出された。


 おえっ! 誰だコレ! ……はい、僕です。


 ――そう、『交流を禁止されている冒険者を屋敷に招待する方法を考えよ』という無理難題を押し付けられた執事が思いついた策は……


 『ロイドとミネルバの服を交換し、新入りメイドとして潜入させればいいじゃない!』


 ……という、世にも恐ろしい『悪魔の閃き』だったのだ。


 更に、今はセルフィナの婚約パーティーのために沢山のメイドが臨時で雇われているらしく、新顔が居たって誰も気にしないという外的要因も追い風になった。


 つまり、これは良い作戦だったということだ。うん、それは重々に理解している。

 けれど……。

 だからと言って。

 いくらなんでも女装これは無いんじゃないですかね……。

 下半身には黒いタイツを履かされて、上半身は色々隠せるブカブカの長袖を着せられて、徹底的に『男らしさ』を排除するような小技を交えるほどの本気ぶりですよ。

 途中からはセルフィナだけじゃなくてメイドの三人までノリノリだったし。

 終いには下着まで女物を履かされそうになったからね。あの時は本気でアイディ起動しようかと迷ったよ。

 ねえ神様、一体僕が何をしたというの。悪い事でもしましたか?



(はわわわわー。やっぱり、お綺麗ですー。マスターでは無くて、お姉さまと呼ばせてほしいです……)


「いや、やめてよヘルプ。どう見ても男だよこれ」


(うーむ。言われてみれば……確かにさっきのオッサンみたいなネーチャンよりは……ぷーーーっ! やっぱ駄目だこっち見んなっ!)


「あらあら」



 僕がこんな恥辱を受けているというのに、セルフィナは平然、アイディは爆笑、ヘルプは恍惚――と、誰一人として同情や労いの言葉を掛けてはくれなかった。


 残念だけどこれ以上やっても余計に状況を悪くするだけだ、という結論に至った僕は「……話を戻しましょう」と一時的な撤退宣言をして、強引に神具アイテムの話題に引き戻す。



「というわけで、『漆黒の板』はまあ、こんな感じの神具アイテムだったわけです」


「随分と賑やかな神具アイテムですのね。

 ――私のと交換してほしいくらいですわ」


「な、何を言うんですか! セルフィナ様のはSSですよ!? S・S!」


「あ、誤解なさらないで。別に、妖精王の居城あの子が嫌って訳ではありませんのよ」


「それじゃ、どうしてなんですか? SSランクって、世界でも五十人くらいしか持ってないのに」



 僕の投げかけた何でもないような質問に、何故かセルフィナは目を伏せ、口を閉ざしてしまった。

 そしてたっぷり十秒ほど熟考した末に、再び口を開く。



「……ロイドは、ランクについて考えた事があるかしら」


「ランク、ですか……」



 神具アイテムのランク――。

 SSからFまでの八段階と『不明』に区分けされているのは今更言う必要も無いくらいの常識ではあるけど、大多数の人は『神授の儀式』でそのランクなんだ、程度の認識だと思う。

 実際僕もその一人で、はっきりとした根拠は全然分かっていない。

 同じAランクの金床と大剣がどうして同じなのかなんて、誰が説明できるというのだろう。そんなこと、考えるだけ無駄だし、分からなくて困ることも無いのだ。



「……いえ、正直あまり考えたことは無いです。高いほど強い、くらいしか。セルフィナ様には何か考えがあるのですか?」


「いいえ、私だって似たようなものですわ。

 妖精王の居城この子がSSの位階ランクに相応しい力を持っているのも確かなのだと思います」



 そう言いながらセルフィナはスカートの上から右腿の横辺りを軽くノックする。

 すると、コン、コンと何か固いものが叩かれた音が聞こえてきた。



「あの……セルフィナ様が何を言いたいのか、正直よく分かりません。

 僕は頭が良くないので、はっきりと言って頂けた方が……助かります」



 ランクについての考え方には両者に大きな違いはなく、その上で自分の神具アイテムは最高評価に間違いないという。

 字面だけを見れば完全に自慢にしか見えないのだが、彼女の物憂げな表情を見る限り、そうは見えない。一体セルフィナは何を伝えたいのだろうか。



「どうか、お気を悪くなさらないで。

 ……そうね、ロイドはこの屋敷にはあちこちに衛兵がいることに気付いたかしら」


「ええ、門の所とかにいますよね。朝も夜も交代で見張ってるって聞きましたよ」


「では、彼らはエドール家が雇った人間ではないとは知っていて?」


「あ、そうなんですか。……え?」



 てっきり賊の侵入を防ぐための私兵かと思っていたけど、実は違うらしい。では、誰が、何のために?

 交代要員のことも考えれば、少なくとも十人以上はいるだろう。

 人一人を雇えばそれだけお金もかかるのに、そんなに大金を使ってまで



「それじゃ、一体あの人たちは」


「彼らは、王国軍から出向してきた――反乱分子を取り締まるための兵士たちですわ」



 考えてみれば、確かにあの衛兵たちはおかしなところばかりだった。

 今は大事な婚約パーティを目前に控えた、エドール家にとって大事な時のはず。そんな時期に身元の怪しい冒険者を簡単に敷地内に入れるなんて、衛兵の仕事として不適当と言わざるを得ない。

 そもそもセルフィナが交流を禁じられるほどなのだから、エドール卿には冒険者自体良く思われていない可能性が高い。なのに、昨日も今日も正門の衛兵はこちらの挨拶に対してちらりと目をくれるくらいでほとんど素通しだった。

 昨夜預けた鍵だって、雇用主の娘に渡せと言われれば普通は渡してしまうはず。


 こうしてもろもろを考えれば考えるほど、セルフィナの言っていることが真実である可能性が高まっていく。



「反乱分子? この町にそんな危険な人がいるようには見えませんけど……」


「国が恐れているのは私――いいえ、正確にはこの、妖精王の居城オベロンズ・キャッスルですわ」


「ええっ!? どうして!」


(……おいおい、腐ってやがんなあ、おめーの国はよ)


「この力は、人間一人が持つには強すぎるのです。それこそ、数人のSSランク持ちが結託して反乱を起こせば――この国は深刻な被害を被ることとなるでしょう」


「だから……セルフィナ様を監視してる、ってことですか?」


「いいえ、違いますわ。彼らの役割は監視などではなく――

 人質に突き付けた刃、ですのよ」


「ひと……じち……。

 ……まさか!」


「ええ。私が国家に反逆、または逃亡を図った瞬間に私の家族は一人残らず皆殺しとなるでしょう。

 これは、全てのSSランクと、一部のSランクを持つ人も同様ですわ。

 人質を取られているのは私だけの話ではありませんのよ」



 つまり、国に害する可能性のある高ランクの神具アイテムを持っている人はみんな家族を人質に取られるってことだ。

 ということはもしかして……アミリーの家族も……?



「それは……良い方の『不明』ランクも同じなんでしょうか」



 神具アイテムの話から始まった流れで知ってしまった『SSランク』の闇。

 ただ、厳密に言えば『不明』ランクに関しては『よく分からない』だけであって、『SS』ではない。

 だからアミリーの両親、まだ小さかった妹は暗い影から逃れられているのではないか。

 ――そんな希望に縋ってしまうような甘い考えだから、僕は今のような下らない質問をしてしまうのだろう。



「私の知っている『不明』の方はお一人だけですが……その方の周りの方々は……残念ながら私よりもずっと厳しい環境にあると言わざるを得ません」


「……ずっと厳しい環境……って」


「……家族に留まらず親戚一族、果ては親しい友人までもが王都の施設に軟禁され、常に監視が付いているそうですわ。

 そしてその方本人も、捕えられた人々に一目すら会わせて貰えないと。そう仰っておりました」



 視界に火花が散った。


 ――は、ははは。

 暗い影から逃れるだって? はは、何をバカなことを考えているんだ、僕は。

 家族を人質扱いして『逆らえば殺す』ような国に、何を期待していた?

 神具アイテムのランクだけで人間を判断する風潮が蔓延っているこの世界に、何を求めていたんだ?

 この世界はとっくに闇に落ちているんだから、影から逃げるも何もあったものじゃないだろ。

 ははは、ははははは。


 腕と奥歯の震えが止まらない。胸の奥から、どろりと赤く熱いモノがこみあげてくる。



(マスター! 歯茎と手の平から出血を感知しましたです! どうか落ち着いてくださいです!)


(うるせえ止めんな、チビ女!)


(なっ! 何を言うです――)


(――こいつにはな! これくらいの『怒り』が必要なんだよっ!

 三年サボった分、今からでもここに滾るものを入れなきゃならねえんだ!

 サポートなら、目を逸らすんじゃねえっ!)


(……うう。でもぉ)



 ――顔を上げる。 

 アイディが、珍しく真剣な顔でこちらを見ていた。

 ヘルプが、泣きそうな顔で僕の目を見つめていた。

 セルフィナが申し訳なさそうに眉を下げていた。

 口には出していなかったはずだけど、感情だけは伝わってしまったのか。


 あの三人と対峙した時とは全く異なる、生まれて初めて知った赤熱の感情。そのあまりの熱さに、一瞬でも気を抜くと狂ってしまいそうだ。

 だけどそれは、決して消してはならない。捨ててはならない。飲み込んではいけない。アミリーをどうしても手に入れたいなら、この身を焦がす程の感情は――吐き出すべきが来るその日まで、心の奥の奥に溜め込んで、常に燃やし続けるんだ。


 拳を握る指の力を弱め、口内に溜まった液体を無理やり喉の奥に押し込み、そして大きく息を吐く。



「……アイディ、ヘルプ。ありがとう。もう大丈夫だから。

 セルフィナ様、取り乱してすみませんでした。

 それで、その『不明』の人なんですが――もしかして、銀色の髪をした女の子だったりしませんか?」


「……貴方、アミリーさんとお知り合いなのかしら」


「し、知っているんですか!?」


「ええ。それはもう。私たちは同期でしたから」


「あ……あ、アミリーは元気でしたか」


「ええ。……と言いたいところなのですが――」


「――何か!?」


「ロイド。ちょっと落ち着きなさいな。

 私が彼女と最後にお会いしたのは一年前。ですので、最近のアミリーさんについては分からない、というだけですわ」


「……す、すみませんでした。でも、一年前までは元気だったってことが分かっただけでも良かったです」



 大丈夫。アミリーは有名人だ。情報の集まる大きな町まで出ればきっと今の消息だって知ることができるはず。

 場合によってはとんでもないものを相手にする羽目になるかもしれないけど、立ち塞がるものは全員ぶん殴るって決めたし、関係ないな。



「もう、アミリーさんが絡んだだけで完全に別人ですわね。

 それほど親しい間柄だったのかしら」


「どうなんでしょう。僕はそうだと思ってましたけど……向こうはどうだったのか」


「あらあら。ということは、貴方が『神授の儀』のすぐ後に村を出て、そのまま行方知れずになったという幼馴染の男の子なのかしら?」


「僕の事、聞いてるんですか?」


「ええ。あのときは最後までお名前は教えてくれなかったけれど。貴方のことだけはみんなで協力して王国軍には内緒にした、って仰っていたわ」



 さっきの話で、アミリーの『親しい友人』も軟禁対象となると言っていたのに、何故自分が対象から外れたのか……という当然の疑問。

 怒りの余り放念してしまっていたけど、疑問の答えは実に簡単だった。村の皆が、『不明』の僕を庇って、守ってくれていただけの事。

 思い返してみれば、『不明』だと馬鹿にしていたのは良く知らない人たちだけで、アミリーも、その周りの人もそんな仕打ちはしていなかったはずだ。


 僕が勝手に思い詰めて、村を飛び出したからこそ生まれたこの奇妙な状況。これを活かさなければ、庇ってくれた皆に申し訳が立たなくなる。



「……参ったな。もう一つ、誓いが増えちゃいました」


「誓い……?」


「ええ。村の皆も助けないといけなくなりました。そうしないと、アミリーはきっと笑ってくれません」

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