第15話 人は見た目じゃ分からない
「あ、貴方が、あの……?」
セルフィナは目を見張り、口を開けたまま絶句してしまった。
まあ、Bランクモンスターのフォレストビーストを一撃で倒した人間が『不明』のロイドだとは夢にも思っていなかっただろうから、彼女の驚きも不自然なものではない。
数呼吸の後、半開きだったセルフィナの口が閉じ、喉がごくりと動いた。
そして目を輝かせ、興奮を抑えきれない様子で「じ、爺っ!」と執事を呼びつけたかと思うと、彼が返事をする前に用件を話し始める。
「彼に是非とも詳しいお話を伺いたいわ。まだ時間はあるのかしら」
執事は上着の胸ポケットから懐中時計を取り出し、針が示す時刻を確認すると、「ふーむ」と眉をひそませた。
「あいにく、時間切れのようです。セルフィナ様、この辺りでお屋敷へお戻りになられた方が宜しいかと」
「そう。では、彼も一緒にお連れしますわ。話の続きは、屋敷に戻ってからにしましょう」
「いえ、お言葉ですがお嬢様。ロイド様のその恰好ですと……」
「その程度のこと、エドール家に仕える執事なのであれば何とかなさい」
「は。承知致しました」
冒険者との交流を禁じられている彼女が、僕のような人間を屋敷に招き、あまつさえ歓談などしようものなら大問題になることは目に見えている。
セルフィナは両親からお叱りを受ける程度で済むかもしれないけど、僕はどうなってしまうか分かったものではない。だから決して『その程度』の事ではないような気がするのだけど……。
そんな心配など『どこ吹く風』な彼女の中では僕を屋敷に招くのは決定事項らしく、多少の障害があったとしてもそこで『話を聞くのをやめる』とか、『ロイドの意志を聞く』とか、そういった選択肢を選ぶことにはならないようだ。
この立ち振る舞いは悪く言えば『ただのワガママ』となるのだろうけど、彼女が言うとそういう風には聞こえないのが不思議だった。
昨日も、下手に買収工作などせずに正面からぶつかってこられたら……僕は圧力に負け、尻尾を巻いて逃げだしていたかもしれない。
彼女の言葉には、そういう不思議な、カリスマを感じさせる何かが宿っているような気がするのだ。
例えるなら……立ち塞がるものは問答無用で打ち倒す猛将というか、目的に向かって一直線に突き進む覇王というか。
「ロイド様。この後の予定などはございませんか?」
セルフィナの難題を承った執事だったが、それでも先程までと僅かな変化も見せず、穏やかな顔と声で語りかけてくる。
きっと、彼からしたらこの程度の無理は慣れっこなのだろう。昨日もかなり振り回されていたもんなあ、この執事さん。
「いえ、特にはありませんけど……」
「結構。それでは申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いくださいませ」
「はあ。別に構いませんが……一体何を?」
これ以上ここに留まる時間は無く、このままでは彼女の
「それではセルフィナ様、早速参りましょう。お着換えもありますし、急ぎませんと」
「そうですわね。行きとは少し違う道になりますから、私たちについていらっしゃいな」
「分かりました」
言葉通り、二人が歩き出したのは最短距離になるはずの西ではなく、南西へと伸びる林道だった。
この森に来たのは数えるくらいしかなく、余り道に詳しくない僕はとりあえず後についていく。
「それで、どうするのかしら」
「ミネルバが来ております」
「……ああ、そういうこと!」
「ただ、お直し物が……」
「構いませんわ、私のをお使いなさい」
「それは……。いえ、仰せのままにいたします」
前を歩く二人は長い時間を共にした人間同士だからこそ出来る、主語と述語が抜け落ちた会話を始めてしまい、僕は完全に置いて行かれてしまう。
だけど、無理に口を挟もうとは思わなかった。
SS
だから、口を閉じてひたすら歩くことだけに集中する。
「……」
「……」
そうやって足を動かしているうちに、いつの間にか会話はぱったりと無くなってしまっていた。
前を行く二人は主従関係なだけに不必要な会話を控える、というのもあるのだろうけど、どうやらセルフィナの息がだいぶ上がっていることも影響しているようだ。
普通のペースで歩いているつもりの自分が追いつきそうになってしまったところで、いい加減心配になってしまい――つい声を掛けてしまう。
「セルフィナ様、大丈夫ですか?」
「え、ええ。だいぶ体が、なまって、いるよう、ですわね」
セルフィナはぜえぜえと息をしながらも上品な仕草で汗を拭くあたり、さすがはお嬢様である。
この持久力の無さから見て、恐らく普段からあのような戦闘行為をしているわけではないのだろう。
今日はダンスホールの準備に周囲の目が引きつけられたことを利用しての『お忍び』だったのかもしれない。
「セルフィナ様、もう少しの辛抱にございます」
「重いものがあったら僕に預けてもらっても大丈夫ですよ。自慢じゃありませんが、荷物持ちには慣れてますから」
「ふふ、お気持ちだけ、頂いておきますわ」
「え、でも……」
「平気……ではありませんが、ほら、御覧なさいな。第一の目的地はもうそこに見えておりますのよ」
そう言ってセルフィナは前の方を指差した。
「あの小屋ですか。この町の周りにあちこちありますよね」
「ええ。あの小屋は、セルフィナ様のご指示によって建てられたものなのですよ」
「ええっ! そうなんですか!?
僕、知らずに使っちゃってました!」
ここ三年の間に、気付いたらあちこちに建っていたらしいその小屋は――住人もいなければ誰かが権利を主張をすることもなく、今から討伐に挑む冒険者のために地面から生えてきたのでは、と思えるほど僕たちにとって都合のいい建物だった。
最初は罠かと警戒していた冒険者たちも、結局は便利さに負けていつの間にか我が物顔で使うようになっていたのだけど……。
「あら、そうだったの。
では、貴方には使用料を払って頂くことになりますわね」
「し、使用料……ちなみに、おいくらほどで」
「うふふっ、冗談ですわ。
お金を頂くつもりなんて元からありませんのよ」
「じょ、冗談?
……はあ、驚かせないでくださいよ……」
「確かに元は私の拠点として使うつもりでしたけど――建物としても貴方がたに有効利用してもらった方が喜ぶでしょう?
ですから、これからもお役に立てて貰えると……私としても嬉しい限りですわ」
「……ええ。みんな、感謝していると思います」
これから結婚する彼女に、どんな人生が待ち受けているかなんて僕には想像もできない。けれど、それでも一つだけはっきりと言えることがある。
それは、あの小屋を建てさせた本人が使う機会はもう二度と無い、ということ。
セルフィナの言葉から滲み出ていたのは寂しさか、それとも諦めか。
残念ながら、人と交わる事を避けてきた自分にはその真意を読み取ることは出来そうになかった。
「さあ、着きましたわよ!」
未熟な自分にはどうやっても解けるわけがない問題をぐるぐると考えているうちに、気が付けば僕たち三人は目的地へと到着していた。
洗練された動作で令嬢の前に進み出た老執事がドアを開ける。すると――
「お帰りなさいませ、セルフィナ様」
と、メイドさんの格好をした三人が奇麗なカーテシーをして出迎えてくれたのだった。
人生の中でメイドさんに出迎えてもらって(自分ではないにしろ)『お帰りなさいませ』と言ってもらえる機会が一体何回あるだろうか。
そう考えれば、これも非常に貴重な体験となる、はずだったのだが……僕の視線はその中の一人に釘付けとなり、それどころでは無くなってしまっていた。
「お嬢様。こちらの方は?」
初対面の男からいきなり不躾に見つめられた女性(?)は、野太い声で不信感を露わにする――。
何だろう。多分僕の偏見なのだろうけど……メイドさんってもっとこう、華奢と言うか、家庭的というか、しなやかというか、繊細そうというか。そんなイメージを勝手に持っていたのだけど……あの人は、明らかに違う。
一言で言うと、『強そう』。
傷だらけで彫りの深い顔、機能性を重視するあまり若干肌の露出が多いメイド服からはみ出ているのは……筋肉。腕も、足も、首まで異常なくらいに太い。
あと、何か背中にデカい斧とか背負ってるし。え、何、もしかしてメイドに化けた暗殺者とか? いやでも流石にアレはバレバレなのでは。
「あら。ロイドったら一体どうしたのかしら」
「お嬢様。ミネルバと初めてお会いした方なら至って正常な反応かと」
「み、ミネルバ、さん?」
何かギルドでそんな名前を聞いたことがあるような、無いような。
「そう、この子はミネルバといいますの。とても優秀なメイドですのよ」
「ミネルバです。お嬢様のお客様とは知らず、失礼を致しました」
「あ、いえいえ。こちらこそ、すみませんでした」
深々と礼をするミネルバに釣られ、こちらも深々と体を折り曲げ、謝罪する。
胸元辺りをよく見ればやはり女性で間違いないようだ。それなのに、初対面であんな態度を取ってしまうなんて。自分の狭量さが恥ずかしい。
「二人とも、挨拶は後にしましょう!
今は時間がありませんわ。みんな、すぐに支度を初めてくださる?」
と、そんな変な気分を吹き飛ばすようにセルフィナが声を上げる。ただし、あくまでも上品に留まるレベルで。
その声に「はい、お嬢様」と反応した三人は一斉に動き出した。
「ああ、それから、ミネルバ。少し耳を貸してくださらない?」
セルフィナはそう言って、彼女のガントレットを外そうとしていたミネルバの耳に顔を近づけ、そして何事かを伝え始めたのだが――それを聞いたミネルバはあからさまに顔を曇らせていく。
けれど、「ね、お願いしますわ」というセルフィナの最後の一押しが効いたのか、結局は「承知しました、セルフィナ様」と答えさせられていた。
……この時の僕は完全に他人事のように考えていたんだ。
何が嫌なのかは分からないけど、あの人もああやっていつも振り回されているんだろうなあ。なんてことを暢気に思っていた。
だけど、あの内緒話の内容は……僕にも物凄く関わりのあることで、そしてそれはこのわずか十分後に僕の悲鳴とともに明らかになるのだが――その時の事はもう、思い出したくない。
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