第13話 汚名返上


 遠くから、鐘の音が聞こえる。

 これは聖神教の教会が鳴らしている時刻を知らせる鐘の音だな。

 と、いうことはもう朝か……。


 あれから食事を済ませて家に戻り、針金を巻いた例の鉄棒をタブレットの傍に置いたところで力尽きてしまい、ベッドへ倒れ込んだ以降の記憶が無い。


 プログラム実行後には疲労という形で僕の体に帰還フィードバックがあるのは知っていたけど、その疲労感は予想以上のものだった。

 ただ、疲れの原因はそれだけでは無く、どちらかと言えば精神的なものの方が大きい。


 考えてみれば昨日はタブレットの初起動に始まって、アイディとの出会い、サンダーリザードとの戦闘、あの三人との決着、そして初めてのプログラム作成――と非常に『濃い』一日だったのだ。

 いくら『嬉しい』や『楽しい』という感情が強力なモチベーションになっていたとはいえ、自分でもよく持ったものだと思う。


 ――そんなことを思い出して感傷に浸る僕を置いて、遠くの鐘の音はまだ鳴っていた。二つ、そして三つと……



「三つ!? まずい、もう昼じゃないか!」



 慌てて飛び起き、大急ぎで身支度を整える。

 一瞬、『今日くらいはのんびりしたって良いじゃないか』という甘えた考えが脳裏を掠めたけど、今までの無為な三年間のせいで自分は他の人より何周も出遅れてしまったのだから、せめて追いつくまでは頑張らないといけない。



「おはよう、ヘルプ!」


(おはようございますです、マスター。今日はどうされますか?)


「まずはギルドに行って何か依頼がないか見てくるよ。

 もし何も無ければモンスターが多い東の森に行ってプログラムの練習をしようと思う」


(さすがマスター、頑張り屋さんなのです。

 コンディションは……本当はもう少し休息を取った方がいいですが、活動に支障はないと思うです)


「わかった、ありがとう」



 タブレットを懐にしまい、昨夜の酒場で買っておいた朝食用のパンを齧りながら家を出る。



「……ってわけで、『三段突き』って音声条件にして三連続で『突き』を入れておけばさ」


(かっかっか、そんなもん一回見せたら終わりだろうが!

 呼吸を掴まれたら打ち終わりにズバッとやられちまうぞ)

 

「あー。そうかあ。そうなると途中で『条件』で分岐させた方がいいのかなあ」


(つってもあんまりダラダラ書くと動きが鈍るからな、ほどほどにしとけよ)


「うーん。短くまとめるのって難しいんだよなあ」


(そこがプログラマーの腕の見せ所ってやつよ。ま、精々精進するんだな!)



 アイディとそんな感じの戦闘プログラム談義を交わしながら、いつものようにギルドへと入る。

 まあ、独り言をブツブツと呟いている不気味なやつと見られるかもしれないが、僕はこのギルド内においては幽霊のような存在。きっと誰も気に留めないはず――と思っていたのだが、その思い込みは見事に外れることになる。



「――おっ! 来た来た!

 今日は随分と遅かったじゃねえか!」



 何と、入っていきなり声を掛けられてしまったのだ。もしかして後ろに誰かいるんじゃないかと思わず見回したけど、自分の他には誰もいなかった。


 声の主は――誰だっけ、あの人……。

 顔くらいは覚えているけど、名前も神具アイテムも分からない、一言で言えば『よく知らない人』。

 その話したこともないスキンヘッドの冒険者はカウンターに寄りかかりながら更に言葉を続ける。



「聞いたぜえ? お前、あの三人をぶん殴ってやったんだってな!」


「え、どうしてそれを」


「昨日の君、妙な気配だったからさ。気になって戻ってみたの。

 で、まさかあんなことになるなんてねー」


「あ……雷魔法の」



 昨日、銀貨一枚で雷魔法をお願いした魔術師の女性は『私が全部見てたよ』と手をひらひらさせていた。

 あの時は周りに誰もいないと思っていたけど、そうでもなかったらしい。クルクルに集中していたからなあ……。



「あのイキり坊主どもが鼻血垂らしながら受付にすっ飛んできてよ、『ろ、ロイドをメンバーからはずしてくださあい』とか言い出したから何事かと思ってたんだ」


「僕は前々から思っていたよ。あれだけ屈辱的な扱いを受けているのにどうして何もしないのか、ってね。ようやく、やり返したんだな」



 ……どうやら、昨日僕がギルドから出た後か、あるいは今朝方か――。一部始終を見ていたあの魔術師があの一件の話をギルド内に広めたらしい。

 元とはいえパーティーメンバーを殴ったなんて話を自慢げに話す訳にもいかないし、出来るだけ黙っていようと思っていたけど……簡単にバレてしまった。



「……皆、知ってたんだ。僕があいつらに良いように使われてたってこと」


「パーティー内の揉め事には口出し無用がアタシたちのルールだからねえ」


「それと、やられてやり返さねえような腰抜けに掛ける情けは無いってのが俺たちの流儀だ」


「ま、何にせよこれでロイドも一端いっぱしの冒険者、ってわけだ!」


「いやそんな、僕はただヘクターたちを殴っただけだよ?」


「またまたー。急に凄い武闘家みたいな動きになったって聞いたぜえ? いつの間にそんなスキル覚えたんだよ?」


「え、えーと、それは……」


「ヘクターを十メートルもぶっ飛ばしたんだろ? なあなあ、教えろよ」



 ――冒険者ギルドは魔物や盗賊など、人々を困らせる相手に武力を以って対応する人々の集まりだ。

 ある程度の強弱はあるものの、基本的に彼らの価値観は『強いものが偉い』。逆に言い換えると『弱い者には興味が無い』というもの。だから、この反応は実に冒険者らしいと言えるものだった。


 ただ、タブレットの能力を公開するかどうかを未だに迷っている自分としては騒ぎになっている今の状況はあまり歓迎できない。



「アイディ、ヘルプ、どうしようか」


(ま、いーんじゃねーの? どうせ隠しきれるもんでもないだろ)


(私は出来ればもう少し経験を積むまで伏せておいた方が良いと思うですが……マスターの思いのままにするのが良いと思うです)



 予定外の事態だが、ここである程度の方針は決めなければならないだろう。『漆黒の板』が『不明』ではなくなったことを明らかにするのか、それとも隠し通すのか。

 二人の言う事はどちらも正しいと思う。

 これから本格的に冒険者としてやっていくなら誰かとパーティーを組むことになるだろうし、仲間に神具アイテムの力を隠し通すのは現実的ではない。

 一方で、強い力というものは余計な敵を作ってしまうことがある。見境なく能力を見せてしまえばそんな相手に手札を晒すことになりかねないだろう。


 二人の意見を元によく考えた末――



「二人とも、外に出て」



 ――僕は懐からタブレットを取り出し、そして中に住む二人へと呼びかけた。

 直後、「じゃじゃーん」といつものようにヘルプは元気よく、「仕方ねえなあ」とかったるそうにしてアイディが、それぞれ外に飛び出してきた。



「……なんだ、そのちっこいの。使い魔ミニオンみてーだが……」


(け、樽みてーな体形してるオッサンにちっこいとか言われたくねーんだよなー)


「たっ、樽ぅ? ず、随分と口のわりい使い魔ミニオンだなあ」


(申し訳ございませんです。これは見た目の通り口も汚く、私たちも大変苦労しておりますですよ)


「うっわ。何この可愛い子。超天使なんですけど。え、何、この二人? 『漆黒の板』と関係あんの? なんかそれから出てきたみたいだけど」


「うん。『漆黒の板』に住んでいるんだって」


「ついに使い方分かったんか! それ!」


「動かすには魔力とは別のパワーが必要だったみたい。昨日、たまたま色々な偶然が重なって……急に動くようになってさ。

 それからはこの二人が僕に戦うための力を貸してくれるようになったんだよ」



 僕は嘘ではないギリギリのラインで会話を進めていく。

 これなら、『漆黒の板』の能力は使用者に対する強化バフと誤解して『プログラム作成と実行』という本当の能力には気付くことは出来ないはずだ。

 まあ、少なくとも自分が知る限りは前代未聞の能力だし、仮にここにいる冒険者とパーティーを組んでも能力がバレることは無いだろうとは思うけど。



「力を貸してくれる、ね。能力強化とか戦闘のサポートをしてくれるってことかあ」


「うん。まあ、そんな感じ」


「そうか! 何にせよ、良かったじゃないか! これで『不明』から卒業だな!」


「いやいや、ランクの再検査って王都の教会総本山じゃないと出来ないって話じゃなかったか?」

 

「だったら、一度王都に行ってみると良い。ギルド長に言えば紹介状を書いてもらえると思うよ」


「じゃあ、その前にここで路銀を稼ぎまくらないとな!」



 周りの皆が、僕を置いて勝手に盛り上がっている。依頼を覗きに来ただけなのに、まさかこんな騒ぎになるなんて。

 やっと一人前として認めて貰えたことは嬉しいけど、ちょっと戦えるようになった程度で浮ついている場合ではない、と思うのだけど……。



「あの、先に依頼の確認だけしたいんだけど……」


「お、おお! すまんすまん! さあさあ、行ってくれ!」



 周りの視線を浴びたまま、僕は依頼紹介カウンターの受付へと足を運ぶ。



「随分と騒ぎになってしまいましたね」


「すみません……」


「いえいえ。それだけロイドさんのやったことが衝撃的だったのでしょう」


「そうですかねえ。それで、何かあります? 一人で受けられそうな依頼とか」


「……それがですね……」


「あ、やっぱり無いですか?」



 急に顔を曇らせた受付嬢の態度で色々と察してしまう。

 まあ、昨日聞いた時も単独ソロ向けの依頼なんて無かったし、ある程度予測はついていたけど……。

 仕方ない。それなら、今日はこれから森に行ってさっき思いついた戦闘プログラムのテストを――



「――いえ……あります。あるにはあるんですが……」


「あるんですか?」


「はい。……その、『指名依頼』でして」


「『指名依頼』って、あの?」


「そうです。ロイドさんを指名する依頼が今朝方入りました」



 指名依頼なんて、普通は依頼内容に特化したパーティーとか、依頼元との信頼関係が築かれたベテランにしか縁のないもののはずだけど……。

 一体、誰がフリーになったばかりのこんな駆け出し冒険者に依頼をしてきたというのだろうか。



「依頼主は誰なんでしょう」


「……セルフィナ様、です」



 その名前が出た途端、背後のギャラリーが一斉にざわついた。

 「おいあいつ何かやらかしたのかよ」「そう言えば昨日、エドール卿の屋敷に彼が入っていくのを見たぞ」「もしかして目を付けられたんじゃねえのか、あのお嬢様に」

 等々、明らかに穏やかではないことを口々に言っている。



「それで、依頼内容は」


「それが……報酬も含め詳細は屋敷で直接伝えるとのことです。

 ……それと、伝言もありまして」


「伝言?」


「ええ。『貴方に拒否権はございませんわ』とのことです……」



 予想通りな依頼内容に、さっきまで僕のことを話題にしていた人たちの熱がさーっと引いていくのが背中越しに伝わってくる。

 きっと、依頼と称してとんでもない無理難題を吹っ掛けてくるに違いない……とでも思われているのだろう。でも――



「分かりました。受けます」


「ええっ!? 大丈夫ですか!?」


「だって、拒否権は無いんでしょう?」


「そ、そうですか。それではこちらで手続きを進めておきますので……。

 ……あの、途中降参ギブアップも出来ますからね」


「――大丈夫ですよ。別に命まで取られるってわけじゃないんですし」



 よく考えてみれば、可能性がある。目標までの手掛かりに乏しい自分にとって、セルフィナと信頼関係を築いておいて損はないはずだ。


 それと、昨夜のセルフィナの様子は明らかにおかしかった。多分、彼女には言いたくても言い出せない何かが胸につかえている。

 この依頼がそれに関係しているかは分からないけど、まずは彼女に話を聞いてみることにしよう。


 まあ、夜に会ったセルフィナを期待して行ってみたら夕方のセルフィナが出てきて、妨害工作を邪魔したことの仕返しを受ける可能性も捨てきれないけど……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る