第9話 自作プログラムに挑戦・ショートカット


(……あの。続きを話しても宜しいです?)


(いや、よろしくねーです)



 なかなか終わる様子を見せない男(?)同士の熱い必殺技談義を見かねたのか、話を何とか元に戻そうと割り込んできたヘルプの発言をアイディはあっさりと却下してしまう。



(アンタには言ってないです。少し黙るですよ)


(だーってさあ。俺様、もー飽きたんだもーん)



 足をぶらんぶらんとさせながら耳をほじり、突然身も蓋もないようなことを言い出すアイディ。

 確かに、もう全てを分かっている彼からしたら初歩の初歩であろう今の話は退屈で仕方がないとは思うけど……。



(と、突然何を言うですか、アンタは)


(だってお前の話なげーしよー。

 もうさあ、いいんじゃねーの? アレやっても)


「アレ、って?」


(だ、ダメです!

 アンタはマスターにズルをしろと言うのですか!)


(はー。相変わらず頭がかってーなー。

 別にそんくらい良いだろー? どーせコーディング自体は自力なんだしよお)


「ズル? こーでぃんぐ?」



 二人の間でしか通じない訳の分からない話をしている。そして見事に置いていかれるマスター

 この図式はもはや恒例になりつつあるなあ。



(大体、マスター様は時間も金も無いんだろ?

 あんまりモタモタしてっと飢え死にしちまうかもしんねーぞ。良いのかよ)


(う……。で、でも)


「ちょっと待って、アイディ。時間があまりないのは確かだけど、こんな中途半端な状態でヘルプの説明を切り上げられても困るよ」



 今回紹介された仕事はタイル一枚を塗るごとに大銅貨一枚が貰えるという完全出来高制のもの。当然タイルの数は有限であり、ここでこうしている間にどんどん分け前は減り続けていく。

 でも、ただでさえ出遅れている僕が今からでもしっかり稼ぐにはアイディの力をうまく使うしかない。それには、しっかりと説明を聞いておかないと――



(――その説明とやらを全部すっ飛ばした上に、完璧に覚えられる方法があったとしたら、お前はどーする?)



 何だって。そんな胡散臭い方法、本当にあるのか?

 僕を『マスター』と慕ってくれる可愛らしい女の子との会話は決して悪いものではないけれど、やはり内容は小難しく、実はそろそろ頭の方が限界に近付いているのも確かだったりする。

 ヘルプは嫌がっているみたいだけど、アイディの話はまさに『悪魔の囁き』のように、今の僕にとってはとても魅力的に聞こえてしまった。



「……どういうこと?」


(ほれ見ろ。マスター様も食いついたみたいだぜー?)


「い、いや、話だけでも聞けたらと思って……ズルをしようとなんて、まさかそんなこと」


(マスター……)



 ヘルプと目が合った。

 ――が、小心者の僕は嘘をついた後ろ暗さで思わず目を逸らしてしまう。



(やっぱり、そうなのですね……。

 マスターは、私の説明なんて聞きたくないですか)


「ご、ゴメン。

 実はもう、一気に色々なことが有りすぎて頭がパンパンで……」


(ううう……でも、アレを使ったら私の存在意義が……なくなっちゃう、です)



 そう言って、ヘルプは頭を抱えてしまった。

 『アレ』を使用することにどうしても気が進まないみたいだ。自分の存在意義が――なんてことまで言っているのだから余程の事なんだろう。


 結局アレが何の事かは分からなかったけど……ヘルプに嫌な思いをさせてまでやるようなことじゃないはずだ。

 だから、やっぱりアイディの提案は断ろう――と方針を固めた、その時。



(――でも、今回は仕方がありません。ヘルプがマスターにひもじい思いをさせるわけには……いかないのですっ)



 こっちが口を開く前にヘルプの方があっさりと折れてしまったのだった。

 天使のような小さい女の子が『よっ』と可愛い掛け声とともにタブレットから飛び出すと、頭を前にして体を伸ばしたまま『すいーっ』とこちらの方へと飛んでくる。

 そして、僕の目の前、頭半分くらい上の高さで停止し――顔を赤らめ、指をもじもじと合わせながらこんなことを言ってきたのだ。



(――マスター……。

 その、目をつぶって……歯を食いしばってくださいです)



 と。

 歯あ!? 歯を、食いしばって!?



「と、突然どうしたの! アイディ、ヘルプは一体――」


(――行くですっ!)



 混乱する主人マスターをよそに、ヘルプは迷いを断ち切るように気合いを入れると――背中を極限までのけ反らせ、「せーの」という小さな独り言を呟き……

 「えいっ!」と、可愛い掛け声とともに猛烈な頭突きをかましてきたのだった――!


 ごちーん! と激しい衝突音。そして同時に僕の視界に星が散る。

 


「ぐぁっ!」



 頭蓋骨から体全体に走った衝撃に、僕は思わずたたらを踏んで下がってしまった。

 い、一体何が――!?



(マスター。『作動条件』の『動作実行』とはどういったものです?)


「え?

 ……そんなの、僕の身体の設定した部位に対して特定のジェスチャーをすることでプログラムが動く条件設定に決まってるじゃないか。

 …………って、あれ!?」


(がっはっは! 完璧じゃねえか!)



 ヘルプの質問に、僕の口はペラペラと『まだ聞いてもいない』内容を話し始めた。


 ――知っている。確かにまだ聞いてはいないけど、知っている。

 すらすらと説明できるほどに言葉の意味が理解できてしまっている。


 プログラムの新規作成方法、呼び出し、保存、どんな命令があるのか、どう記述したらいいのか、対象のこと、スキルレベルのこと、スキルランクのこと。

 それぞれは色々な方向に繋がりあっていて、一つ一つがどう関係しているのか、どうしてそれを設定しなければならないのか……


 僕の頭は、ほんの一秒足らずの時間で、まるでヘルプの知っている内容を写し取ったかのように――プログラム作成に必要なもろもろの知識や概念、理屈までが理解できるようになっていたのだ。



「こ、これは……。もしかして、今の頭突きで?」


(はい、マスター。

 乱暴なやり方をして申し訳ございませんです。

 本来であれば一つずつゆっくりと理解すべきところなのですが……)


(たまーにオーバーフローして頭が爆発しちゃう奴とかもいるしなー、アレ)


「えええっ!? そんな危険なやつだったの!?」


(そ、それは大げさな例えです!

 も、もし失敗しても少しの間頭が『ぽやーん』とする程度で……済むですよ)


「少しの間、ぽやーんと?」


(おう。大体半年ぐれーかな。ちょっとばかし廃人っぽくなるだけだぜ。

 でもよ、本来三年はかかるところが一瞬で終わるんだ、悪くねー話だろ)


「いやいやいや! そんなの、やる前に言ってよ!」


(そんなことを先に話してたらお前はビビってやんなかっただろー?)


「う……。ま、まあそうかも知れないけど!」


(けっけっけ。成功したんだから良いじゃねーかよ! 結果オーライってやつだぜ!)


「そ……そうかなあ」



 いまいち納得しきれない点もあるけど……今から誰も成し得たことのないことに挑戦するのなら、このくらいの無理は通せて当たり前と思っておいた方が良いのかもしれない。

 まあ、それでもやっぱり事前に教えて欲しかったけど。


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