第7話 自作プログラムに挑戦・始まり


「残念ながらそちらの品はお引き取りできません」


「そ、そんなあ」



 冒険者ギルドの受付で、持ち帰った『サンダーリザードの卵』の受け取りをあっさりと断られた僕は昨日までのような情けない声をあげてしまった。

 何でも、横取りなどを防ぐため受諾したパーティー以外からの達成報告は受けられない、というルールがあったそうで……。

 正直、この報酬を当面の資金にしようと考えていた僕からするとこれは相当痛い誤算だった。

 同時に、三年も冒険者をやっていながらこんなルールすら分からなかったという自分の無知さにも愕然としてしまう。



「どうしよう……さっきの銀貨が全財産だったのに……」



 何という事だろう。

 希望に満ちたスタートは、お金という超現実的な障害によって一歩目から躓いてしまったのだ。

 人生とはかくも思い通りにはいかないものなのか。


 とりあえず、掲示板も一応チェックしたけど、フリーの単独冒険者が受けられそうな依頼は一つも無い。

 パーティーメンバーの募集も一件だけ。あの三人組のものだった。

 それを見て思わず、生き抜いていくにはこれぐらい図太くないといけないのだな、と感心してしまう。

 縁が切れてから色々と教わる事になるとは、何という皮肉だろうか。


 結局、ギルドでは今の状況を変える方法は見つからず、今日のところは諦めるほかなさそうだった。

 肩を落としてギルドから出た僕は家路を歩きつつ大きなため息をついてしまう。


 その後も悶々と考えを巡らせたのだが、一向にまとまることは無く、ついに下宿している町はずれの小さな小屋の前まで戻ってきてしまったのだった。



「おお、ロイド。お帰り。

 今日はどうだった?」



 そして、僕の顔を見るなり大家のドミニムが声を掛けてくる。

 どうやら、家の前で待っていたらしい。

 彼が僕に用事があるとしたら十中八九、家賃の催促だろう……。



「ドミニムさん、すみません。

 ちょっと今日は持ち合わせが無くって――」


「ああ、いや、今日はそれじゃないんだ」



 雷魔法を使ってもらった魔術師に支払った銀貨で財布の中はほとんど空っぽ。

 銀貨二枚の支払いなんて出来るはずがない。

 だから、今回の支払いは伸ばしてもらおうとしたのだが――意外にも今回は違う用件らしい。



「家賃の件じゃないんですか?」


「そりゃあ、払ってもらえるなら大歓迎だけど。

 相変わらず、上手くいってないんだろう? 仕事」


「ええ――あ、いや、明日からはガンガン稼ぎますので!」


「ほー。そりゃあ景気が良さそうだなあ。

 じゃあ、俺の話は余計なお世話になりそうかねえ」



 そう言ってドミニムは生え際がだいぶ後退した額をぺちんと叩く。

 この、ドミニムという恰幅の良い中年男性は基本的には善人である。もちろん家賃はきちんと取り立てるものの、たまにこうして簡単な手伝いレベルの仕事を紹介してくれることがあり、どうやら今回はそちらの用件だったようだ。



「い、いえ、お話を伺わせてください!」


「お、おお。実はな――」



 ガンガン稼ぐと言っていた男が前のめりに食いついてきたことで若干引き気味ではあったが、ドミニムは仕事内容について話し始めてくれた。



「――というわけでな。

 俺は『金槌』持ちだからああいう細かい作業が苦手だしよ、とにかく人手が足りなくて困ってんだ」


「なるほど……つまり、僕に床のタイルを塗る手伝いをしてほしい、ということですか」


「そうそう!

 こいつはエドール卿からの仕事だし、もし納期までに仕上げられないとなったら一大事なんだよ。

 もしやってくれるんならタイル一枚につき大銅貨一枚出そう」


「だ、大一枚も?

 ちなみに何枚くらいあるんですか?」


「十掛ける十で、百枚だ」


「ということは、えーと……全部やれば銀貨十枚!」



 何という事だ。

 銀貨十枚もあれば家賃も払える上に一か月分以上の生活費になるじゃないか。



「はっはっは、他の奴もいるから独り占めは難しいと思うぞ?」


「あ、僕一人じゃないんですね……」


「今のところロイドを入れて全部で四人だよ」



 それもそうだ。よく考えれば素人の僕に全部任せるわけがない。

 でも、頑張って二十、いや三十も出来れば結構いい収入になるぞ……って、いやいや、ちょっと待て。

 なんといっても今の僕にはタブレットとプログラミングがある。それを戦い以外にもうまく活用するような方法はないのだろうか。



「……それでも構いません。是非やらせてください!」


「おおっ、ありがたい。

 お前さんは素人なりに仕事が丁寧だからな、期待してるよ!」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「じゃあ、俺は先に現場に戻ってるよ。

 ロイドも準備ができ次第エドール卿の屋敷へ来てくれ。細かい指示はその時にするから」


「分かりました!」



 ドミニムと一旦別れ、下宿先の小屋に入るとすぐにタブレットの『睡眠』を解除した。

 すると、すぐに起動自体はしたのだが――何故かアイディの姿が見えない。

 プログラムが表示されていた場所も真っ青な背景に小さなシンボルのようなものが点在する殺風景なものに変わってしまっている。



「な、なんだこれ。

 ヘルプ、ちょっといい?」


(はい、マスター。何か御用です?)



 タブレットに向けて呼びかけると、ヘルプは黒い板の右下からひょこっと頭だけを出してきた。

 相変わらず『何でもあり』なタブレットと住人達ではあるが、もういちいち驚いてなんていられない。



「何か青くなってるけど。アイディは?」


(今は休んでおりますです。

 アレに御用がお有りでしたら『画面』の『IDE』と書かれた『アイコン』をタップするです)


「がめん……あいこん……。……こうかな」



 『画面』と呼ぶらしいタブレットの表面にある、『IDE』と小さな文字で記されたシンボルを叩いてみる。

 ――が、特に反応が無い。



「何も起こらないみたいだけど」


(この大飯喰らいは寝起きも悪いのです。

 何度も押したりすると逆に嫌がらせしてくることもありますので、そのまま少しだけお待ちくださいませ、です)


「そうなんだ……

 それにしても、食べたり寝たりするなんて、ヘルプたちは本当に生きてるんだねえ。

 おまけに僕と握手も出来るし、精霊みたいなものなのかな」

 

(うぅー……私たちがどういう存在かと聞かれると答えるのが難しいのです……)


「ヘルプにも分からないことあるんだ」


(い、いえ、その、余りにも荒唐無稽な内容となりますので、いきなり説明してもきっとマスターを混乱させてしまうです)



 確かに、今まで聞いてきた話も半分も理解できているか怪しいからなあ。

 あんまり難しいことを聞かされると頭がパンクするかもしれないし、ここはヘルプの気遣いを受け取っておくことにしよう。

 そんな事より、今は仕事の助けになるプログラミングについて聞かないと。



「あ、今のはただの雑談だからそんなに気にしないで。

 それより、プログラムの事を教えて欲しいんだけど」


(はい、何なりとお聞きくださいです)


「あれってさ、戦い以外にも使う事って出来るの?」


(ええ、勿論ですわ。

 ……あ、マスター。あの寝坊助がやっと起きたみたいです)



 ヘルプの言う通り、『画面』いっぱいにさっきまでと同じアイディの黒っぽい背景が表示された。

 そして、ヘルプとは真逆側、左上あたりの側面から寝そべったままのアイディが姿を現す。



(ふあぁぁ。何だよ、せっかくいい気持ちで寝てたってのによお)


(ああ、もう! なんて態度してるですか!)



 片手で頭を支えた姿勢のまま大あくびをするアイディの方を見てぷんすかと怒るヘルプ。

 このまま放っておくとまたケンカになりかねないので、早めに本題に入ってしまった方が良さそうだ。



「ヘルプ、僕は気にしてないから。

 それで早速なんだけど、今からタイル塗りの仕事に行くことになってさ」


(かーっ! タブレット持ちがタイル塗りだとぉ!? そんなつまんねーことのために俺様を使うんじゃねーよ! 金が欲しいんなら怪物どもを狩りゃあいいじゃねーか!

 何だったんだ、さっきの熱い感じのイベントは!)



 アイディは乱暴な言葉遣いでそう言うと、寝っ転がったまま向こうを向いてしまった。


 まあ、彼の言う事にも一理ある。

 冒険者たるものクエストでのみ生計を立てるべきだ――というのはごもっともな話で、正直なところ耳が痛い。

 しかも、『大賢者の魔術所』を持つ世界有数の冒険者を自分のものにするという、大それたことを始めようとする人間の記念すべき第一歩が『日雇い仕事』というのは……アイディからすれば肩透かしも良いところだろう。


 だけど、ギルドの仕事は準備や移動などで少なくとも数日かかるものが大半の為、明日どころか今日のパンが欲しい今の僕には現実的ではない。

 高い場所に手を掛けたいならまずは足場から。

 目標に向かって真っ直ぐ歩くにもフラフラしないだけの体力も必要なのだ。



「そう言わずに、頼むよアイディ。

 実は例のクルクルのためにお金を全部使っちゃったんだ。

 これじゃ今日の夕飯すら食べられないよ」


(ま、マスターが私たちのために自分の食事を……

 アンタ、今の言葉をちゃんと聞いたですか!?)


(……ちっ、わーったよ。

 ま、お前がやりたいってんならどうせ俺様には止めらんねえし)


「ありがとう、アイディ」


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