第6話 充実の予感


 さて……、最優先でやらなければいけないこと、それは――



「そう言えば、あのクルクルってどのくらいやれば良いの?」



 そう、タブレットの管理方法を聞くことである。

 大事な時にエネルギー切れを起こされでもしたら泣くに泣けない。



(一日一回、八時間――)


「ええっ!?」


(――というのは冗談だぜ! がっはっは!)


(マスター、こんなアホのいう事は聞く必要はありませんよ)


「ああ、うん」


(わたくしたちの住まうタブレットには定期的な『充電チャージ』が必要なのは間違いありません。

 ですが、きちんと使用方法だけを守って頂ければそこまでお手を患させるような事にはなりませんです。

 例えば――)



 そこからしばらくは主にメンテナンス方法についての話を聞くことになった。

 ヘルプによると、棒を回すのは急いで充電チャージするときのみで、普段はこの棒を近くに置いておくだけでゆっくりと回復していくらしい。

 更に、使用しないときは『睡眠スリープ』にもできるとのことで、その機能を使うことで更に活動時間を延ばせるとのことだった。


 そして、そんな感じで大体の使い方を覚えた頃――ようやくあの三人が目を覚ました。



「ひ、ひいいいい、ご、ごべんばざいいいい」


「命だけは、どうかあ」


「もし見逃してくれるなら、アタシの身体を好きにしていいから、ねえっ?」



 僕の顔を見るなり、全力の謝罪をしてきたのだが……正直なところ、彼らにはもう興味が無くなっていた。

 まあ、荷物持ちで体も鍛えられたし、自分の弱い部分を認識できたという事からすれば、考えようによっては彼らのお陰と言える部分もあると言えなくもない。

 

 それでも、『けじめ』は必要だと思う。



「僕、君たちのパーティー抜けたいんだけど。

 ちょっと手続きしてきてくれない?

 今回はそれでいいや」


「は、はいい! 喜んでえ!」



 三人はギルドに向かって逃げるように走り去って行く。

 あの無様さからして復讐に来るほどの気概は無さそうだ。

 だから、この提案は僕から逃げたい彼らからすれば願ったり叶ったりだろう。



「さて、と。

 それじゃ僕もギルドに帰るかな」


(あのよう。

 さっきからギルド、ギルドって何なんだ、そりゃあ)


「……ギルドが何か、って?

 えーと、そうだなあ、なんて言ったらいいかな……」



 ギルドなんてこの世界における常識であって、わざわざ説明をするようなものではないはずだ。

 だけど、いざ自分が言葉で説明しようとすると上手い言葉が出てこなかった。



(――ギルドというのは、この世界における職業組合を指す言葉、ですわ)



 そんな僕を見かねたのか、ヘルプが回答を引き継いでくれた。

 助け舟を出してくれた少女に目をやると、こちらへウインクをして話を続ける。



(色々なギルドがありますが、マスターの言うギルドとは、冒険者たちが集う『冒険者ギルド』の事ですわね。

 そこでは様々なところから困りごとの依頼が集まりますです。

 そして冒険者はそれを受け、解決することで報酬を得られるのですよ。

 なのでまあ、一種の互助会だとか職業斡旋所のようなものと思ってもらえればいいのです)


(それじゃ冒険者、っていうより日雇い労働者じゃねえか。

 冒険要素はどこ行った)


(……まったく、相変わらず野暮な悪魔なのです。

 魔物があちこちに出没するようなこの世界では町の治安と人々の命を守るという、とても高潔な職業なのですわよ)


(高潔、ねえ。さっきのアレがかあ?)


(ど、どこにでも例外というのはあるものです!

 ですよね、マスター?)


「うん。……まあ、なりたくてなったわけじゃない人も多いからね。

 特に『神授の儀』で武器や魔法関係のアイテムを授かった人は国や領地の兵士になる以外は大体冒険者になるしかないみたいだし」


(ああ、あの訳の分からん『儀式』ってやつな。

 突然呼び出されたと思ったらそっから何十年も拘束されて、こっちもいい迷惑なんだがなあ)


(仕方ありませんです。

 こうでもしないと人間たちが生き残れないって、おとう――むぐっ!)


「おとう?」


(あーーっと! 今聞いたことは忘れろ! な?

 今のお前には全っ然関係ねえから!

 それよりほら、ギルドに行くんだろ、急ごうぜ!)



 ヘルプの口を塞いだアイディが急かすように言ってくる。

 ヘルプはと言うと、顔を真っ赤にしてジタバタと暴れていた。



「え、あ、ああ、うん。

 じゃ、行こうか」


(ぷはーっ!

 な、何をしやがるですか、このゲジ眉悪魔!)



 ようやく脱出したヘルプがアイディへと食って掛かる。

 それにしても、あの二人ってやっぱり生物なんだろうか。

 呼吸とかもするみたいだし。ぷはーって。



(おめーが余計な事を言おうとするからだろ!

 このちんちくりん!)


(な、なんですってえ……!)


(お、やるか?

 俺様の『領域暴食メモリ・リーク』でその澄ましたツラぶっ飛ばしてやんぞ?)



 と、このまま放置しても一向に収まりそうな気配が無い。

 それどころか取っ組み合いにまで発展してしまいそうな険悪さだ。

 少し怖いけど、ここは仲裁に入った方が良いだろう。



「二人とも、そこまでにしてよ。ケンカは良くないって」


(あ……。

 も、申し訳ございませんです、マスター……)


(けっ! ケンカは良くありません、だあ?

 あいつらをぶっ飛ばしたお前がそれを言うかねえ?)


「……それを言われるとちょっと言い返しにくいけど。

 それでも、僕は二人に仲良くして欲しいな。

 たぶん、長い付き合いになるんだし」


(はい、仰る通りですです……)


(……まったく、甘ちゃんがよう)



 僕の言葉に納得してくれたのか、二人のケンカはすぐに収まった。

 だけど、この調子だと今後のことが思いやられるな……。

 出来ることなら彼らは一緒に呼び出さないほうが良いのかもしれない。



(では、私どもはタブレットの中に戻りますです。

 何か御用があれば呼んでください。すぐに参りますです)



 短い別れの言葉を交わした後、さっき習った通りにタブレットを操作し、『睡眠』状態にした。

 

 さあ、これから忙しくなるぞ。

 ギルドに行ったら色々と手続きをしないといけないし、早く家に帰ってタブレットを触ってみて早いところ操作に慣れていかなきゃならないし。

 アイディ達にもまだまだ聞きたいことがいっぱいある。


 光を発しなくなったタブレットを懐へ丁寧にしまった僕は、そんなことを考えながらギルドへと向けて歩き出した。

 足取りは軽く、見慣れた町の景色も昨日までとは違って明るく彩られているように見える。

 昨日までの僕なら、やる事が多ければ多いほどうんざりしていたのに。

 まさか、『やらなきゃいけないこと』と『やりたいこと』でこんなにも気持ちが変わるものだとは思いもしなかった――

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