第5話 蘇った夢


「ちょっと、こいつにチクられたらウチらやばいって」


「メンバーを見捨てたのがバレたら資格はく奪って聞くぜ」


「ああ。だが、幸いここには誰もいねえ」


「なーる。死人に口なし、ってワケね」



 三年もの間、僕の尊厳を奪い続けたおぞましい声がする。

 鉄棒を回すのをやめ、後ろを振り返った僕の視線の先には――見捨てたことを悪びれもせず、それどころかこちらを亡き者にしようと話している『元』パーティーメンバーだった三人がいた。


 確かに、こちらにも非はあったかもしれない。

 だけど、彼らの姿を見た途端に湧き上がった敵愾心てきがいしんを、僕は抑えることが出来そうになかった。



(なんだ、あの頭の弱そうなガキどもは)


(マスターのお知合いですの?

 聞き間違いでなければ、マスターを亡き者にしようとしているみたいですが?)


「うん。僕をあのモンスターの餌にしようとしていた、『元』パーティーメンバーだよ」


(ほーん。で、どうすんだあ?)


「ちょっと、痛い目に遭ってもらう」


(まあ! 勇ましいマスターも素敵ですわ!)



 僕はタブレットを持つと、さっき聞いた話を元に『命令』を書き換える。


『モード:<オフェンシブプログラム>』

『プログラム名:急所狙い』

『命令:<分岐>』

『分岐1:<敵対者>の<性別>が<男の場合>』

『真のとき:<顔面>を<殴る>』

『偽のとき:<分岐2へ>』

『分岐2:<敵対者>の<性別>が<女の場合>』

『真のとき:<腹部>を<殴る>』

『偽のとき:<なにもしない>』


 思った以上に<対象>が少なかったが、あり合わせのものでもそこそこ良い感じの『プログラム』になったと思う。



「これで、よし」


「おい『不明』、そんなガラクタ持って何してやがる」


「はは、きっと恐怖でいかれちまっ――」



 またまた不快な声でガタガタ言い出したので、ついうっかり、最後まで言い終わらないうちに『実行』を押してしまっていた。

 すると、僕の体は棒立ちの弓使いへと疾風の如き速度で迫り、そして次の瞬間には――



「――ぐべぇっ!」



 どごぉっ! という凄まじい音。

 同時に『人を殴った感触』が拳に伝わる。

 無防備を晒しているところに右ストレートをまともに貰ってしまった、トイーアとかいう間抜けな弓使いは――大股を広げた情けない恰好で後ろ回りにゴロゴロと転がっていき、最後は逆さまのポーズで白目を剥いてしまったのだった。



「こ、このキモ野郎っ!

 世界に漂う火の精霊よ!」


「おっと」


「我が言葉に――ごぶあっ!」



 次に拳へと伝わったのは柔らかい、脂肪と筋肉と、そして内臓の感触。

 この近距離での魔法詠唱は無茶を通り越して無謀だろう。

 スレイアとかいう状況判断さえまともにできない女は、膝から崩れ落ち、そのまま前のめりに顔面から倒れ込んでしまった。


 せっかく女性だからと顔は勘弁してやったのに、気遣いを無駄にする人だなあ。



「トイーア! スレイア!」



 リーダーのヘクターがあっという間に泡を吹いて倒れた二人の名前を呼ぶ。

 何だ、外道だとばかり思っていたけど、ちゃんと人を気遣う心も持っていたんじゃないか。

 だったら――



「――それをほんの少しでも、僕にも向けて欲しかったよ」


「なっ――!」



 そう言った僕は、恐ろしいほど冷徹に――『実行』を叩いていた。

 直後、ぼぐぁっ、という気味の悪い打撃音が辺り一帯に響き渡る。

 どうやら彼が下手に反応したせいか、カウンター気味に入ってしまったようだ。

 派手な破壊音を残し、『元』リーダーのヘクターは奇麗な放物線を描いてすっ飛んで行く。


 いくら何でもこれはやりすぎじゃないか、と本人すらも若干引いてしまうほどではあったが、考えてみればあっちは殺す気で来ていたのだ。

 これでもまだ優しい方な気がする。



(おおっ! やるじゃねーか、お前!)


(マスター! 理想的な『プログラミング』ですわ!)



 こうして僕を殺しに来た三人はタブレットの力を得た僕自身によって、あっさりと返り討ちにされてしまった。

 人を殴るというのはあんまり良い気分がするものではないけど、それでも僕が前に進むためには避けては通れない、きっかけの様なものにはなったと思う。ただ――



「――これって、僕の本当の力では無いんだよね」



 そう、これはあくまでも『タブレット』と『アイディ』の力によって得た勝利であり、自分は指を三回叩いただけ。

 とても自身の力で勝ちとったものだとは……思えない。



(は? 何言ってんだオメー。

 あのパンチ力はな、お前の本来の力だぞ?)


(この悪魔に同意するのは不本意ですが、その通りですわ、マスター。

 マスターがここまでどういう修行をなさったのかは分かりませんですが、その下半身の力、背筋、握力。

 どれもこれも一級品と呼んで差し支えないものですです)



 下半身、背筋、握力……。

 もしかして、荷物持ちの三年で体だけは鍛えられていた、ってことなんだろうか。


 と、いうことは、だ。

 とっくに体は出来上がっていたのに僕は自分の力を試そうとせず、あの三人から離れようともしないで無為な時間を過ごし続けたってことになるわけで。

 ……本当に、僕は一体何をやってたんだろう。


 手の平をじっと見つめる。三年もの時間を使って、この手で掴めたものはごく僅か。それと引き換えに多くのものを掴み損ねてしまった――。



(で、ムカつく奴らはめでたく全員ぶっ飛ばしたわけだが)


(これからマスターはどうされるのです?)



 過去に囚われ、視線を落したままの僕にタブレットの住人達が声を掛けてくる。

 顔を上げると、吊り上がった三白眼ときらきらした碧眼が揃って見つめ、僕の言葉を待っていた。


 これからどうするか……か。そういえば、具体的には何も考えてなかった。

 でも、『どうしたいか』なら分かる。くすぶり続けた、あの思い。

 そしてその思いが、口をついて出てしまう。



「――実はさ。僕には幼馴染の女の子がいるんだ」


(……ほー。可愛いのかあ?)


「うん。とっても。

 彼女はいつも元気で、頼りない僕の手を引っ張ってくれて」



 脳裏に浮かぶのはあの幼馴染の楽しいときの顔、嬉しいときの顔、怒った顔、困った顔。

 ……そしてあの時の――悲しそうな、顔。



(まあ! もしかしてその方は、マスターの恋人なのです!?)


「はは。まさか。

 だって、彼女は……僕ではいくら手を伸ばしても届かない、はるか遠くの存在になったんだから」


(何だよ、そりゃ)



 三年と言っても、十五から十八になる三年は特に重い。

 『神授の儀』によってそれぞれが別々の道を歩み始め、『自分』というものを形成していく三年だからだ。

 この町に来て少し経った頃、風の噂で彼女はこの国最強の冒険者パーティーである『獅子の誇り』に加入したと聞いた。

 足踏みを続けた自分なんかとは違って、最高の環境に置かれた銀髪の少女はきっとあの時とは別人のようになっていることだろう。

 


「だからさ、もう諦めてたんだ。

 忘れたと思いこんでたんだ。

 でも、タブレットとアイディとヘルプに出会ったせいで、全然そんなことは無かったんだって――やっと、気が付いたよ」


(じゃあ、次やることなんてもう決まったようなもんじゃねえか)


「うん。過去を振り返ってウジウジするのはもうお終いだ。

 僕は、僕の夢を叶えるために、ただ前に、真っ直ぐ前に進む。

 もし立ち塞がるやつがいたら――全員ぶん殴ってでも進むよ」


(けっ! 惚れた女を取り返すだなんて……

 メチャクチャ燃えること言ってくれるじゃねーかよ!

 こりゃあ久々の娑婆は随分と楽しいことになりそうだぞ、ヘルプ!)


(そうですわね。

 わたくしたちもしっかりとサポートしないと、ですわよ!)


「ありがとう、二人とも。

 これからもよろしくね」



 彼らと握手を交わしながら、心の中で二つの誓いを立てる。


 一、今度こそ、アミリーを諦めない。

 一、世界中を巡って人々を苦しめるモンスターたちを倒し、そして世界一の冒険者と呼ばれるようになる。


 よし。今日は僕が生まれ変わった第二の誕生日だ。

 誓いを果たすために、よちよち歩きの赤ちゃんらしく出来る事から確実にやっていこう。



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