第4話 ヘルプ
(おい、ヘルプ!
無視してんじゃねえ、いい加減出てこい!)
(ったく、いつまでへそ曲げてやがんだあの正義面は!
おい! 聞いてんだろ! いつぶりか分かんねーけど、仕事だぞ!)
(……チッ)
何だか小さく舌打ちの音が聞こえたような気がする。
(おら、早くしろよこの頑固女!
おめーはこのくらいしか役に立たねーんだからたまには役にたてや!)
(あー、そうか、そうやって無視するんだなあ!?
じゃあ、こっちにだって考えがあらあ!
皆さーん、聞いてくださーい! このヘルプはー、実はー、分かってないことを適当に――)
(ああーっ、もう!
何なんです! いい加減にするです!)
アイディの執拗な挑発――というか最後の方は脅迫じみていたような気がするが、とにかくまた別の『誰か』の声がタブレットから響いた。
(やーっと反応したか。
いやー、こいつは昔から反応が悪くてよー)
(だ、誰のせいだと思ってるですか!
アンタみたいな大喰らいが無理やりここに入ってきたからですよ!)
(あー、はいはい、俺様が悪うございました。
んな事よりよ、仕事)
(はあ? 何を言ってるです? ヘルプたちの仕事なんてもう――
え!? えええ!? そ、外が見えるです!?)
(今頃気付いたのかよ。
ほれ、あいつが新しい『所有者』だとさ)
(ま、
女の子……といっても、十歳くらいの子供の驚く声とともに、タブレットから新たに何かが飛び出してきた。
「ま、またっ!」
(じゃじゃーん、です!)
と言って飛び出してきたのは可愛らしい、小さな女の子だった。
背中まで伸ばしたふわふわの金髪に、大きな碧眼、白いひらひらのワンピース、そして白鳥のような羽。
アイディとは正反対な見た目の、天使のような姿をしている。
「き、君は」
(わたくし、ヘルプ、と申しますですの。
主にわたくしどもの機能についての疑問や質問にこたえる役目を担っておりますです)
「ヘルプ、ちゃん」
(やだもー、マスターったら! ちゃん付けだなんて、わたくし照れてしまいますです!)
(こいつ、こんな見た目だけど生まれてから千ね――あだーっ!)
アイディが何かを言いかけた途中で、がん、という音が響いた。
同時に、小悪魔姿の被害者は脛を押さえてぴょんぴょんと飛び上がる。
(だまらっしゃい、です!)
「うわー。痛そう」
(……あ、あら、わたくしとしたことが! 少し足を滑らせてしまいましたです! あは、あははははー)
いや、あれは完全にガッツリ削りに行っていたと思うけど。
まあそんなことはいいとして、疑問や質問に答える、か。
聞きたいことは山ほどあるけど――
「ヘルプ。早速だけど、教えてもらえるかな」
(はいっ! マスター、喜んで! です!)
「アイディの、あの能力って……何なの?」
(お答えしますです、マスター。
あれは、『プログラミング』と呼ばれる機能ですです)
満面の笑顔だったヘルプは急に真顔になると、左手を腰に当て、目を閉じ、右手の人差し指を立てたポーズで解説を始めた。
きっと、あれが彼女なりの『仕事』のルーティーンなのだろう。
「ぷろぐら……」
(プログラミング、ですわ。
IDEの能力を知っているという事は、もう実戦で試したという事です?)
ヘルプは片目だけを開き、逆に質問をしてきた。
「うん。僕の力じゃどうやっても勝てないような相手だったんだけど、アイディのあの力で勝てたんだ。あれは……凄かった」
(とんでもない! 勝てたのはマスターの力あってこそ、です!
あんなゲス悪魔の力なんてろくなものじゃありませんのです!)
今度は両目を見開き、眉を吊り上げ、がーっとまくしたててくる。
最初から思っていたけど、随分と感情表現が豊かな子だ。
(……こほん、失礼しました。
プログラミング、というのは『あらかじめ決めていたことを実行する』仕組みのことなのです)
取り乱したかと思えばまた急に冷静になり、元のポーズに戻って説明を続けるヘルプ。
「そうか、それで命令、とか条件、とか書いてあったんだね」
(その通り、ですわ!
さすがマスター、飲み込みが早いです)
「もう少し詳しく聞いても良いかな?」
(ええ、もちろん。
まずは『モード』についてお話しましょう
モードというのは――)
少し長くなったのでヘルプの話を要約すると、『モード』というのは攻撃か防御かを選ぶためのものらしい。
敵にダメージを与える『攻撃』モードと敵の攻撃から身を護る『防御』モードのどちらかから選択することができるそうだ。
そして、それぞれ使用できる命令や記述方法は異なり、これから戦う相手に合わせてあらかじめ記述しておくことが大事なのだという。
更に、この二つの『モード』には決定的に違うところがあって、『攻撃』モードは『自分で実行する』必要があるのに対し、『防御』モードは『自動的に対応する』とのことだ。
そう言われてみれば確かに、あの時もそうだった。
(素晴らしい理解度ですわ!
こんな優秀なマスターに出会えて、わたくしとても嬉しく思いますです!)
「そんな、大したものじゃ」
(お次は、プログラム名……ですが、これはまだ覚える必要はありませんのでその次に参りましょう)
「うん」
(それでは、いよいよ最重要の『命令』についての説明です。
でも、少し難しいかもしれませんので追々でも構わないです)
難しい、と聞いて思わず身構えてしまった。
果たして、その内容とは――
(マスターは何かをするとき、頭で考えてから体を動かす。ですね?)
いきなり聞いたことの無い単語を並べられて……といったことではなく、始まったのは至って当たり前の事を再確認するような話だった。
これがどう『命令』に繋がっていくのかは分からないけど、ヘルプには何か考えがあるのだろう。なので、質問にはとりあえず素直に答えておくことにする。
「え……それは、そうだよ」
(では、ご自分の家に帰るとき、いつも『次は右に曲がろう』『もう少し真っ直ぐだ』と、考えながら帰るですか?)
回答を聞いたヘルプは軽く頷くと、今度は日常のたとえ話へと飛躍させてきた。
これも別にどうってことの無い質問だ。
帰り道、ということは歩き慣れた道。ここに来たばかりの頃ならともかく、今は道順を確かめながら歩くことはほとんど無い。
「いやあ……どうかなあ。そう言うのはあんまり考えていない気がする。
いつも通る道だし」
(普通はそうなるです。
それで、どうしてそうなるか……といいますと、それはそういう『命令』がすでに頭の中に出来上がっているから、なのです。
それらしい言葉で言うなら『体が覚えた』という状態です)
なるほど。『体が覚えた』、か。
最初は手探りだったことが、何度も繰り返すうちにいつの間にか考えずに動けるようになっていることってあるもんなあ。
身近なところだと食器の使い方とか。
(これは道を歩くという行為だけに限りませんです。
例えば、達人と呼ばれるような方々は無意識の中でも体が勝手に動くことがあるそうですが、それはつまり厳しい修練を積み重ねたことによって戦い方を『体が覚えた』から出来るようになった、技の極致と言えるものなのです)
「そうか、つまり、普通はそうなるまで繰り返さないといけないようなことでも――」
(ええ、『命令』でその状況になったらどうすれば良いのか、あらかじめ書いておけば良いのです)
聞いただけだと地味だけど、これは凄い能力ではないだろうか。
チャンスで前に出られない、ピンチで体が強張ってガードが遅れる、練習では上手くできるのにいざ実戦になると全く別人のような動きになってしまう……アイテムのランクは高いのにイマイチ出世できない冒険者は大体この辺が原因だ。
でも、実戦、しかも命の掛かった状況で平然と動ける人間が世界にどれだけいるというのか。
いくら技や力を鍛えても、精神の綻び一つで命を落とすようなことが当たり前のようなこの世界において、『命令』を使いこなせば
そして、サンダーリザードを倒したときのように、プログラム起動中は本人の持つ
そう考えると、使用者を強引に超人まで引き上げてしまうこの『タブレット』は――あらゆるアイテムを凌駕する可能性を秘めているのでは……そんな気さえしてくるのだ。
「改めて聞くと……凄いね。プログラムって」
(ああん? 勘違いしてんじゃねーぞ、凄いのは俺様だっつーの。
プログラムなんてもんはただの『情報』に過ぎねーんだからよー。)
「あ、ごめんごめん。アイディって凄いんだね」
(け、分かりゃあいーんだよ、分かりゃあ)
またまた脱線しそうになったので、今回は早めに軌道修正。
アイディが落ち着いたところを見計らってヘルプに続きを促す。
(命令は、主に『判断』や『繰り返し』といったものがありますです。
しかもそれぞれが『分岐』や『回数による繰り返し』など、様々な派生形を持っていますです)
「覚えるのが大変そうだね……」
(最初のうちは、使える種類も限られますです。
なので、出来るものをじっくりと覚えていくのが良いかと)
「え? 最初から全部は使えないの!?」
(……ええ、残念ながら、です。
マスターはまだ、経験が不足しておりますです)
(まーだまだヒヨッコのお前に俺様が使いこなせるわけがないだろ!)
(アンタは黙ってるです!
でも、しっかりと経験を積めばいずれはスキルレベルの上昇とともに様々な能力が解放されていきますです)
「焦らずやるしかないってことかあ」
(ま、そういうこった。
どっちみち、今の<対象>じゃお話になんねーんだからよ)
「対象?」
(えーと、対象というのは……簡単に言えば『何を』だとか『どうする』といった目標や行動を名称化したものになりますです)
「ああ、<噛みつき攻撃>とか、<無効化シールドを展開>とか、そういうやつ?」
(もー、マスターったら、本当に素晴らしいですです!)
「いやあ、それほどでも……」
(ただ、こればかりはマスター本人がある程度経験をして、自分のものとして身につけなければ増えていかないものなのです。
敵の攻撃ならある程度見るか、一度受けてみる、です。
自分の行動なら練習を重ねて自分の動きとして身につける、です。
あと一部はスキルランクの上昇とともに増えていくものもありますです)
「ということは、いきなりSSランクのドラゴンを倒す、とかは無理そうなんだね……」
(SSランク、というものがどの程度かは分かりませんが……。
少なくとも相手の攻撃方法をそれぞれ一度は受けられるだけの体力と、防御を貫ける最低限の力と技は必要になるですよ)
「大体分かったよ。ありがとう、ヘルプ。
いきなりは無理だけど、諦めずに続けていればいつかは強くなれる、ってことなんだね」
(ま、そーゆーこった!
ってわけで最強目指して明日からはガンガン戦っていくからな!
そのつもりでいろよ!)
「うん、二人とも、よろしく!」
まだまだ色々聞きたいことはあるけど、そろそろ鉄棒を回し続ける僕の腕が限界になってきた。
名残惜しいが、一旦ここまでにしておこうかと考えたところで――
「――お、おい! テメー、どうして生きてやがる!」
背後から、三年近く聞かされ続けた声が聞こえてきた。
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