第3話 IDE
「えーと、こんなもんかな……」
拠点にしている町、オーギルに戻った僕は早速『漆黒の板』の指示を実行に移すための準備を始めた。
鉄の棒に針金、それを吊るすための縄、そして――
「それじゃ、魔術師さん。お願いします」
「はーい。その鉄の棒にやればいいのね?」
「ええ。確か、そう言ってました」
「はあ。よく分かんないけど。こんなので銀貨一枚ならいくらでもやってあげるわよ」
駆け込んだ冒険者ギルドにたまたま『雷魔法』が得意な魔術師がいたのは幸運だった。
今まで人の目を気にして他の冒険者と交流を持つことを避けていた僕だったけど、この時ばかりはそんなことも言っていられない。
大分不審な目で見られたけど、その分は破格ともいえるような報酬でカバーして、何とか協力を取り付けることに成功したのだった。
そして周りの迷惑にならないよう町外れの空き地まで来てもらったところで、いざ検証開始である。
「天に住まう雷の精霊よ――我が声、聞き届けたならばあの物へと雷光を落とせ!
『サンダーボルト』っ!」
呪文の詠唱が終わると同時に、遥か頭上より落ちた稲光が針金でぐるぐる巻きにした鉄の棒へと直撃した。
「やった!
あとはこれをこうして……」
僕はそうっと『漆黒の板』を地面へ置くと、すぐにしゅううと湯気を立てる鉄棒の元へと駆け寄り、中央に括り付けた太い縄を握る。
「で、これを上でぐるぐる回す……」
「じゃ、私はこれで帰っていいのね?」
「ええ、はい。多分大丈夫だと思います」
「ちなみに君は、さっきから何やってんの?」
「え、あ、えーと、ちょっとした実験でして。ははは」
魔術師の女性は「ふーん」と興味なさげに言うと、『漆黒の板』の上で縄を使って風車のように鉄棒を回す僕を横目に見ながらこの場を去って行った。
「言われた通りにやってみたけど……」
指示された内容をまとめると、
・鉄の棒と針金を用意する。
・棒の端から端までに針金をしっかりと巻き付ける。
・棒の真ん中あたりに出来るだけしっかりした紐か縄を結び付ける
・サンダーリザードがやったみたいな稲妻をそれに当てる。
・紐を持って、『漆黒の板』のすぐ真上でくるくる回す。出来るだけ早く。
こんな感じだった。
漏れはない。ここまでは完璧のはずだ。
あの直後に再び光を失い、黙ったままになってしまった僕のアイテム。
絶対に蘇らせてみせる。
「……あっ!」
鉄棒を回すこと数分――ついに『漆黒の板』に変化が現れた!
表面には『起動中……』という文字が表示されている!
そして――
(……よう。ちゃんと言われた通り、出来たみたいだな)
「や、やった……」
(あ、おい、手を止めんな! まだまだ足りねえんだ、もっと回せ!)
「あ、うん!」
あの偉そうで横柄な喋り声が、安堵の余り手を休めそうになった僕を叱咤する。
傍から見たら僕の気がおかしくなったと思われそうな光景だけど、そんなことはもうどうだっていいんだ。言いたい奴には言わせておけばいい。
なんたって僕は――これからこの『不明』を明らかにしていくのでとても忙しくなるのだ。そんなものに構っている暇なんてない。
(いやーそれにしても、
……無視かよ。相変わらず可愛くねえ奴だな)
「ねえ、君の名前は……『漆黒の板』で良いのかな?」
復帰するなり妙な独り言を言い出した『板』の声に、ダンジョンの中で聞き逃した質問をぶつけてみる。
(はあ? なんだそのダセー名前は)
「え、違うの? 神官の人はそう呼んでたけど」
(あー。そうか。なんて説明すっかな。
えーと、その何たらの板、ってのは人間が勝手につけた名前だ。
この板自体は『タブレット』っていう)
「あ、そうなんだ。それじゃ、これから君のことはタブレットって――」
(いや、そうじゃねえ。
タブレットはあくまでもこの板の名前だ)
「……どういうこと?」
(口で言っても難しいか。じゃあ――
ん、まあ、行けるだろ)
タブレットではない誰かは質問には答えず何やら独り言を呟くと――
(よっと!)
と言って、タブレットから飛び出してきた。
「わわっ! 何か出てきたっ!」
それは、子犬くらいの大きさの、黒っぽい色をした人間……いや、悪魔のような見た目をしていた。
つり上がった三白眼、ギザギザに生えた歯、背中にはコウモリの羽、先が錨状になった尻尾。
でも、本来は怖いはずのそれぞれのパーツは、どれもこれも微妙に可愛らしい形状をしていた。
敢えて言うなら、掲示板の依頼書に描いてあったアークデーモンを小さくして、全然怖くないように作り変えたような、そんな感じ。
(これが俺様の姿だ!
タブレットは……まあ、お前らの言うところの『家』、みたいなもんだな)
「あの中に住んでるの!?」
(まあそこはそんなに深く考えんな。
そういうもんだと思っとけ)
「わ、分かったよ。全然分かんないけど。
――それで、君はなんて言うの?」
(俺様はとうご――いや、分かんねえか。通称はIDEって呼ばれてる。
どうだ、イかした名前だろお?)
そう言って『あいでぃーいー』は、えっへんと胸を反らした。
板と彼の名前は別とか、何が何だかよく分からないけど、その辺に関しては追々でも問題ないだろう。
それよりもタブレットが僕のアイテムである以上、彼とは長い付き合いになるはずだ。
今はあの不思議な力のことも含めて、彼のことをもっとよく知っておくことを優先したい。
「あいでぃーいー。何か、呼びづらいね」
(いや、呼びやすくしたのがこれなんだが)
「そうだ、少し短くしてアイディ、って呼んでも良い?」
(……聞いちゃいねえ。
うーん。イー、が抜けただけでも別もんになっちまうんだが……
まあいいや、好きにしな)
「うん、ありがとう。
それで、僕は――」
(ロイド・アンデール。
十八歳。身長百六十八、体重五十七。
職業は冒険者。……だろ?)
思わず、僕は絶句する。
アイディは、僕がまだ何も言っていないのに、自分ですらうろ覚えの身長や体重までズバズバと言い当ててきたのだ。
(がっはっは!
どーだ! 驚いたか!)
「そ、それは驚くよ!
あ、でも魔導書の中には相手のことを見抜ける『鑑定』の能力を持つものもあるって……。
もしかして、アイディは魔導書なの!?」
(おいおい、あんなカビの生えた骨董品と俺様を一緒にされちゃあ困るぜえ)
「魔導書が骨董品、って……」
(タブレット所有者の生体情報なんざ、リアルタイムに更新されんだからよ。
これくらいは朝飯前だっつの!
あ、でもクルクルはやめるなよ! 今のは例えだからな!)
相変わらず何を言っているのかさっぱり分からないけど、とにかく凄い事だけは分かった。
だって、冒険者としても最低ランクだった僕をAランクモンスターに勝たせるほどなんだから、凄くないわけがない。
と、ここであの時の事を思い出した僕は棒を回しつつ、いよいよ彼の能力について質問をする。
「それで、さっきのあの能力の事なんだけど……」
(あー。あれな。
いやー……俺様は説明とかが苦手でよー。
なんつーの? 現場主義っていうか。ぶっつけ本番というか。体で慣れろっていうか)
「そ、そうなんだ。でも、できれば早いうちに聞いておきたいな」
(……だよなあ。
分かった、ちっと待ってろ)
「……? うん」
アイディは何かを決心したようにタブレットの方に振り返る。
そして、大声で「おーい」と誰かに向かって呼びかけ始めたのだった。
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