第2話 ハローワールド
「がああああああっ!」
鉄製の剣は雷を引き寄せるが消すわけではない。結局、感電により直撃を食らったのと大して変わらないダメージを受けてしまった僕は、膝から崩れ落ちる。
片膝をつき、首を垂れた――まるで目の前の敵に許しを請うような姿勢。
だがもちろん、敵は許しなどはしてくれない。
サンダーリザードの大きな口が更に開かれる。
どうやら
あのびっしりと生えた小型ナイフのような牙で、僕を頭から丸かじりするつもりか――すごく、痛そうだな。
僕の脳裏に浮かんだのは、そんなシンプルな言葉だった。
もうどうせ助かる可能性はない。
だったら、少しでも安らかに死にたい。これ以上、苦痛はいらない。
すると、そんな切実な思いが僕の右腕に宿ったのか――何とか動かせるようになっていたのだ。
だったら……やることはただ一つ。
「アミリー。ごめん、先に逝くよ。お父さん、お母さん。今、僕もそっちに……」
右手に握った剣を心臓へと向ける。
こんな安物でも、僕の心臓くらいは問題なく壊せるだろう。
あの口が閉じるより、どう見ても僕の方が早い。
生きたまま食えなくて、残念だったな。
ざまあみ――
かつん!
剣が――何かに弾かれた。
これは何だ。
……と今更惚けるのはよそう。
破れた服の下から覗くアレは、間違いない。防具代わりに入れていた『漆黒の板』。
はは。そうかそうか、最後の最後まで僕を苦しめるのか、こいつは――!
死ぬことすら満足にできないゴミのような男に、遂に訪れる最後の時。
ガキンッ!
ほら。聞いたことの無いひどい音を立てながら、鋭く尖った牙が僕を――
――え? ガキン?
「グオオオオアアアァッ!」
何か硬い者同士がぶつかったような音の直後、すぐそばから聞こえてきたのは苦痛に満ちた叫び声。
僕は恐る恐る目を開ける。
「……い、一体これは何が……?」
何と、あの恐ろしい怪物が口から大量の血を流し、大慌てで後ずさりしている。
僕の頭を齧ったはずのナイフのような牙は破片となり、ガシャガシャという音を立てて床に落ちていく。
一体何が起きたのか……? 状況がさっぱり分からず、唖然としている僕に――
(おい! 何をボーっとしてやがる!)
と、誰かが声を掛けてきた。
――もしかして、みんなが助けに戻って来てくれたのか!?
そんなことはあり得ないとは分かっているけど、それでもそれくらいしか可能性は考えられない。
でも、慌てて振り返った僕の目に映ったのは誰もいない真っ直ぐに伸びた通路だった。
(馬鹿野郎、どこ見てんだ! こっちだよ、こっち!)
よく耳を澄ませてみると、声は僕の下の方から聞こえていた。
いや、正しくは首の下あたりから。
音の方向……、さっき剣で切ってしまった服の穴からぼんやりとした光が漏れている。これは、一体――?
目の前には怪物がいるというのに、とにかく今はその光が気になってしょうがない。
だって、その光は『漆黒の板』から出ていたのだから――。
「嘘だろ、何で」
訳の分からないことが重なりすぎて、僕の頭はどうにかなりそうだった。
(そうそう、こっちこっち。
お前、やったじゃねえか!
見事『起・動・成・功』だ! おめでとう!)
いや、既にどうにかなっていたのかもしれない。
あの、何をしても何の反応もしなかった『ゴミ』から、あんな変な声が聞こえてくるように見えるのだから。
声は、空耳や妄想では無い事を強調するかのように更に言葉を続ける。
(つっても、いきなりピンチだったからよ、つい手を出しちまった!
まあ、そこは初回サービスってことで、ありがたく見て見ぬ振りをしてやがれ。
ついでに、チュートリアルも兼ねて今回は色々と俺様が教えてやる!
しっかり覚えろよ!)
「え、え、何だ、これ――」
「グウオオオオオッ!」
まくしたてるような声にただ圧倒されていると、サンダーリザードの怒りに満ちた咆哮がフロア全体に響き渡った。
我に返った僕がそちらの方向を向くと、口から血を流したヤツがこちらを睨んでいる。牙は失ったが俺にはまだ武器はあるぞ、とでも言っているかのように――
(おい! 細かいことは後だ!
今回だけは俺様の言う通りに動け!)
「う、うん、分かった!」
何が何だか分からないけど、さっきの噛みつきから助かったのもきっと『漆黒の板』が何かをしてくれたに違いない。
ならここは、言う通りにしておこう。
(よーし、じゃあタブ……いや、黒い板を持て!)
「分かった!」
(違う、そっちは裏だ! ひっくり返せ! ああ、それは上下が反対!)
「え、あ、ああ、こう!?」
(オッケーだ!)
これって裏表とか上下があったんだ……。
やっと正しい向きにした黒い板の表面には――
『モード:<ディフェンシブプログラム>』
『プログラム名:噛みつき防御』
『命令:<条件>』
『条件式:<所有者>が<噛みつき攻撃>を<受けたとき>』
『真のとき:<無効化シールドを展開>』
『偽のとき:<なにもしない>』
と、見慣れない文字が羅列されていた。
「それで、どうすれば!?」
「グゥアアアアアッ!」
次の指示内容を聞いたと同時に、サンダーリザードの鳴き声がした。
そしてヤツは大口を開け、喉の奥を青白く光らせると――
「まずい、稲妻が来るっ!」
(よし、『条件式』の<噛みつき攻撃>を指で叩け!」
「わ、分かった! こう!?」
言われた通りに指で叩くと、<噛みつき攻撃>と書かれた場所のすぐそばに小さな四角形が現れる。そこには――
『対応スキル』
『<噛みつき攻撃>』
『NEW!<サンダーブレス>』
――と書かれていた。
(<サンダーブレス>をタップしろ!)
「た、タップ!?」
(さっきみたいに叩け、ってことだよ!)
「分かった!」
巨大トカゲから稲妻が放たれたのは、僕が返事するのと同時だった。
超高速で迫る青白い電撃。こんなのどっちみち、『不明』の僕には避けられない。
だったらこいつに賭けるしかない。三年も待たせた、僕のアイテムに――
覚悟を決めた僕の指が、<サンダーブレス>を叩く。
――バシィッ!
稲妻が何かに達した音がした。
でも、僕には掠りすらしていない。いや、そもそもここまで届いていなかった。
何故なら、敵が放った稲妻のブレスは――僕の前に壁のように展開された白い半透明の膜によって遮断され、完全に無効化されてしまったのだから。
「グアッ!?」
「こ、これはっ!」
(へっへっへ。
どーだ、驚いたか)
「一体、何が、どうなって」
(よし、ヤツは完全にひるんだな。
今度はこっちから行く番だ!
さっきの要領で『モード』を<オフェンシブプログラム>に変えろ!)
「うん!」
言われた通りにすると、さっきまで書かれていた内容が全く違うものに切り替わった。
『モード:<オフェンシブプログラム>』
『プログラム名:急所狙い』
『命令:<分岐>』
『分岐1:<敵対者>の<急所>が<首の場合>』
『真のとき:<斬りつけ>』
『偽のとき:<分岐2へ>』
『分岐2:<敵対者>の<急所>が<心臓の場合>』
『真のとき:<突き攻撃>』
『偽のとき:<なにもしない>』
(上出来だ!
それじゃ、上の方にある『実行』をタップしてみな!)
「『実行』……これか!」
言われた通りの場所を叩く。
すると、僕の体は勝手に動き始め――
「わ、わわ、体が勝手に――」
(抵抗するな! あんまりジタバタすると『
自分の体が意志に反して動くという気味の悪さに、思わず力が入ってしまう。
だが、もう、ここまで来たら毒を食らわば皿まで、だ!
そう考え、体の力を抜いた途端、僕の体は自分でも信じられないくらいスムーズに、そして俊敏に動き出した。
まるで、あの頃夢に見た、一流の冒険者のように――
「――うあああああっ!」
「グガッ!?」
サンダーリザードからしたら、完全に予想外だっただろう。
先ほどまで竦み上がり、自殺寸前にまで追い込まれていた人間が、突如として別人のような動きで自分へと迫ってきたのだから。
立場は完全に逆転し、僕の体はサンダーブレス後の
直後――心臓へと突き立てた剣を通し、『何かの命を奪った感触』が手に伝わってきた。
「ギィエエエエアアアアアァッ!」
断末魔の叫びがフロアへと響き渡る。
そして、それと同時に僕の体は自分の意思どおりに動かせるようになった。
「た、倒した……? Aランクの、サンダーリザードを……僕が……?」
床に崩れ落ち、微動だにしなくなった巨大な怪物から剣を抜き、鞘へと納め、まだ感触の残る右手を見る。
(おお、思ったよりお前やるじゃねーか!
……って何お前震えてんだ)
「は、はは、ははは。僕が。ゴブリンとすらまともに戦えなかった僕が。こんなことって」
手の平に、透明な熱い雫が落ちる。
絶対絶命の状況から助かった安堵と、初めて味わった勝利の喜び。
三年前の絶望と、三年間の辛苦の日々。
色々なものが交じり合い、僕は自分の目からこみ上げる物を止めることが出来ない。
(……まあ、良かったじゃねーか。
色々あったんだろうけどよ、もう安心しな!
これからは俺様がビシバシとしごいて、そんでもって世界最高にしてやっからよ!)
「う、うん……!
ありがとう。それで、その、君は一体……何なの?」
(何なの、と来たか。
うーん。まあ、それを話すと長くなるんだが……
残念ながらもう時間がねえ)
「ええっ!?」
まさか、これで終わり!?
ようやく掴んだ初勝利の余韻はその一言で一瞬で消え失せ、血の気が引いていく。
三年も待ってたったこれだけじゃ、何も変えられないじゃないか――
(あー、違う違う)
「え?」
(たったのあれっぽっちじゃエネルギーが足りねえの。
だから、今から聞くことをよーく聞け。
そして、一言一句忘れないよう頭に叩き込んどけよ)
「う、うんっ!」
(いいか、まずはな――)
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