一章 三年越しの覚醒、広がる世界
第1話 捨て石
「おい! なにグズグズしてやがるんだ、この不明野郎!」
「ご、ごめん。でも、ちょっと重くって……」
あれから三年。
何者にもなれなかった僕は結局、冒険者となっていた。
ただ、冒険者とは言っても現実は夢に描いたものとは程遠く、Cランクパーティーの雑用係としてメンバーにいびられ、小突かれる毎日。
「ったく、使えねえ野郎だなあ」
「本当よね。こんなクズがどうして冒険者やってんの?」
「そりゃあお前、ランク不明の超レアアイテムをお持ちだからだろ!」
ダンジョンに三人の笑い声が響く。
僕もそれに合わせて笑い顔を作る。
「まあ、お前みたいなクズを拾ってやった恩に報いるためにも精々俺達に尽くすんだな」
「は、ははは」
「うわ、何笑ってんの不明のくせに。キモ」
『不明』。
この言葉、何度聞いただろう。聞いた回数はもう分からないけど、僕が初めてそう呼ばれた日だけははっきり覚えている。
そう、あの日だ。
ランク不明が――それも二連続で出た、あの日。
ただでさえあの時期は『神授の儀』のことで話題は持ち切りになるというのに、史上初と言われるこの珍事によりアミリーは一躍有名人となった。
すぐに各地の高ランク冒険者パーティーが勧誘合戦を始め、彼女に会いに来た人たちが村の端から端まで順番待ちになるほどの大盛り上がり。
そしてもちろん、僕も有名人になった。言うまでもなく、悪い意味で。
あの板は……神官が言っていた通り、本当に役に立たず使い道も全く無い、ゴミのようなアイテムだった。
そんなものを神様より授けられた僕も、同じくゴミのような扱いを受けることになるのは当然な流れ。
しかも自分だけではなく、周囲の人――特に両親を早くに亡くした僕を実の息子のように育ててくれた養父母もたくさん苦しめてしまった。
そして、ついにそれに居たたまれなくなった僕は――
あの日から一か月後ほど経った日、ついに養父母の家を飛び出してしまったのだ。
今はその後に流れ着いたこの町で、冒険者とは名ばかりの荷物持ちや雑用係として何とか生きながらえている。
「おい! おせえって言ってんだろ!」
「ご、ごめん」
「ったく、その程度の荷物でよ!」
「アイテムもゴミで本人もゴミって、生きてる意味あんの? あんた」
三人分の荷物に野営道具、食料や水を詰め込んだリュックを背負い直し、先を歩く三人に続く。
僕だって何もしなかったわけじゃない。
実は何か隠された力があるんじゃないかって、三年の間、考え付く限りの試行錯誤を繰り返した。でも、ダメだった。
押しても引いても叩いても、水に漬けても暖炉に入れても土に埋めても変化どころか、傷一つ付くことすら無い。
仕方ないので懐に入れて防具代わりにして使ってはいるが、小さい上に重量もないため、戦いの役に立ったことは一度もない。
そんな無為な三年を過ごした僕は、最近になってようやく諦めがついてきた。
やはり、あれは僕にお似合いのゴミだった、ということなんだろう。だから、ゴミはゴミらしく、何を言われても生きる為にしがみついて行くしかない――と。
「それにしても、随分奥まで来たけど大丈夫なのか?」
「ああ。この辺に依頼の『サンダーリザードの卵』があるはずなんだ」
「でも、あれはランクAのモンスターでしょう? 本当に平気なの?」
「別に戦う必要なんてないからな。貰うもん貰ったらこんな場所、さっさとおさらばよ」
確かに、万年CランクのウチのパーティーじゃランクAのモンスターなんて勝てるわけがない。
……ただ、この荷物を背負ったまま上手く逃げられるだろうか。それが少し不安だ。
そんなことを考えているうちに通路を抜けた僕は、天井が三フロア分くらいの吹き抜けになっている広い場所に出た。
「お、あれじゃないか?」
「殻が青白く光る卵、間違いないな」
Cランク剣士でパーティーリーダーのヘクターが、いち早く卵を見つけたDランク弓使いのトイーアの言葉を肯定する。
「で、どうするの? アタシ、こんなとこ歩きたくないんだけど」
一方で同じくDランク魔術師のスレイアは冒険者にも関わらず、冒険を否定するようなことを言っていた。
まあ、確かに魔物の粘液やら分泌物やらでぬらぬらと深緑色に光っているこの場所に良い印象は持ちづらいだろうけど。
「おい、ロイド」
「え、なに?」
「お前が行って取ってこい」
「で、でも」
「――おい、お前は俺達に返しきれない恩があるはずだよなあ?
誰にも相手されず、ギルドで涙目になっていたお前を拾ってやったのは誰だか忘れたのか?」
「……わ、わかったよ……」
「ちっ、最初から素直に言うことを聞けっつーんだよ、このクズが」
リュックを床に置き、緑色の床へと足を踏み入れる。
ぐちゅり。足の裏に嫌な感触が伝わった。
「なにノロノロやってんの? 早く行けよこのクズ!」
「あ、あの、あまり大声を出すとモンスターが……」
「ああ? アタシに指図する気?」
「いえ、何でもありません」
「……チッ! 相変わらずムカつくなあ、お前。
お前、あとで新魔法の練習台決定な」
いつものように罵倒を浴びながら、ぬめぬめした緑の床を慎重に歩く。
卵まではあと半分。今のペースなら到達までに数分程度かかるだろうけど、急ぎすぎて滑って転んだら大惨事確定だ。ここは安全を優先しよう。
「ん? 何だ、あれ」
「どうした」
「何か、天井に変なのが――」
弓使いが天井の異変に気付いた。
僕も上を見上げる。すると、それと目が合った――
「さ、サンダーリザードだっ!」
弓使いが声を上げると同時に、天井に張り付いていた水色と黄色の斑模様をした巨大なトカゲが落ちて――いや、降りてきた。
どずん、と重そうな音を立て着地したサンダーリザードは、踏みつけた分泌液をそこいらじゅうに撒き散らしながら、僕のすぐ目の前に立ち塞がる。
「やべえ、逃げろ!」
「うわあああああっ!」
「ちょ、アタシを置いてかないでよ!」
背後から三人の気配が消えていく。
いつかはこんな日が来るんじゃないかと思ってたけど……散々利用してきたくせに、いざとなったら僕を見捨てる気だったんだな――
あまりの惨めさに一瞬、諦めたら楽になるかなあ、なんて考えが頭をよぎったりもしたけど、でもやっぱりまだ死にたくない。
勇気を振り絞り、腰に差した剣に手を伸ばす。
なけなしの金で買った安物で遥か格上相手に一体何をしようというのだろうか。
自分の諦めの悪さにうんざりしてしまう。
一方の巨大トカゲの方はというと、分不相応にも卵を狙いに来た愚か者に対して怒り心頭の様子だった。
低く唸って僕を一睨みすると、口を大きく開き、喉の奥から青白い稲妻を発射する。
「うわっ!」
稲妻は咄嗟に抜いた鉄製の剣へと吸い込まれ、ギリギリで直撃を避ける。
しかし、その直後――僕の体を激しい熱とショックが駆け抜けた。
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