第8話 風呂場で死んだ男
「男の全裸なんか見てもなぁ」
「そう言わないでくださいよ、山崎先輩。多分みんな思っているし何より被害者に失礼です」
「そうなんだがなぁ」
今回の事件は被害者宅の浴室で起きた。
男性の刺殺体が発見されたのは、階下から浴室の雨漏りを指摘されたマンションの管理人が被害者宅へ何度チャイムを鳴らしても反応がなく、仕方なく合鍵で入り遺体を発見したのだ。
「こんなに血塗れなら犯人も相当な返り血を浴びた筈なんだが、防犯カメラにそんなやつ映ってなかったし、そもそも返り血を浴びた服装で出歩くなんてそんなリスキーなことするやついないだろう」
「被害者宅で着替えたんでしょうか?」
「そうかもな。ちょうど犯行現場は浴室だし、刺し殺したついでに体の血を落として着替えたかもしれないが、防犯カメラに行きと帰りで服装が違う人物なんて居なかったしなぁ」
そこで手帳に走り書きをしていた川口が顔を上げる。
「もう一つの可能性があります!」
川口が閃いたと声高に言う。
「犯人はずばり全裸だったんじゃないでしょうか?そうしたら返り血の心配もせずにこの浴室で洗い流してしまえばいいんですから」
川口が名案だと言わんばかりに答えた言葉に山崎はそれもあり得るかもしれないと考えた。
被害者はプレイボーイ。
一緒に風呂に入る女には事欠かないだろう。
「よくそんこと思い付いたな、川口」
「この間、二時間サスペンスでやってました!」
山崎は手で目を覆った。
「刑事がテレビのサスペンスを捜査の参考にするなよ…」
帳場が立ち、容疑者リストの束が複数の班に配られた。
「多いですねぇ。そんなに恨まれる人物だったんでしょうか?」
「多いなぁ。彼女を寝取られたとかで男の容疑者もいるからな。ま、地道にやるしかないさ」
二人はリストの厚さにげんなりしつつも頷いた。
「とりあえず、このリストからアリバイのない人物を探すぞ」
「はぁい」
「伸ばすな」
容疑者リストを虱潰しに探したが、中々に難航した。
被害者が亡くなって悲しむ者も居れば喜ぶ者、名前を出しただけで怒り出す者もいた。
千差万別の容疑者達の中からアリバイを尋ねていきリストに印を付けていく。
それが何日も行われて被害者のことで理不尽に怒鳴られた時は山崎の飲むおしるこの本数が増えていった。
「山崎先輩。また医師に言われますよ」
「うるせぇ!大体聞き込みをすればするほど被害者が最低な人物だと分かって殺されて納得いくのが一番だめだ!どんなに悪人でも殺しをやる奴が一番悪いのに肩入れしちまいそうになっちまう!」
「ですよねぇ。関係のあった女性との情事の写真を撮って脅すなんて、ろくでなしですよねぇ」
容疑者リストは二人の中でもはや被害者リストになりつつあった。
泣きながら被害者にされたことを口に出すのも嫌だろうに告発してくれた女性が現れてから二人は慎重に聞き込みでその件も尋ねるようになったが、その数はなかなかに多かった。
二人が憤慨している時に川口のスマホが鳴った。
「鑑識からです」
川口が山崎に断りを入れて電話に出ると、それは新たな事実を知らせるものだった。
「今、鑑識から報告があって被害者が流していたと思われていた血に混じって赤い塗料があったそうです」
「赤い塗料……」
それを聞いて山崎の頭に一人の女性が思い浮かんだ。
「居ましたよね、容疑者リストの中に。画塾の講師が」
「ああ。話をもう一度聞きに行くぞ」
「はぁい」
「だから伸ばすな」
そんな言い合いをしながら二人の足取りは容疑者宅へ向かって行った。
二人が再度女性の元を訪ねると、女性は震えながら応対した。
女性は一番最初に脅されていることを告発してくれた女性だった。
山崎が塗料のことを切り出すと、女性は泣き崩れた。
「署に同行していただけますね?」
山崎が同意を求めると女性は泣きながら小さく頷いた。
取調室にて、どうやって返り血を処理したか尋ねると、一緒に風呂に入って全裸で刺し殺したと答えた。
「二時間サスペンスで見たトリックを真似したんです」
山崎は思わず川口を見た。
川口はどこか誇らしげだ。
「そうですか……。被害者の悪行は散々聞き及んでいます。情状酌量もあるかもしれません」
「おい、あまり期待させるようなことを言うな」
山崎が嗜めると川口は反論した。
「でも、確かに被害者は悪人です。それを殺してしまったこの方も罰は受けるべきですが、それを差し引いても減罰されてほしいと願ってしまいます」
「気持ちは分かるがよぉ。むやみやたらとそういうことを言うもんじゃねぇ。俺たちの仕事は逮捕までだ。それ以上はその仕事をする奴に任せとけ」
「でも……」
なおも言い募る川口に女性から声が掛けられた。
「ありがとうございます。そこまで親身になってくださる刑事さんに逮捕されただけでまだ救われます」
ぎこちない微笑みだった。
その顔を見ると山崎も川口も何も言えなくなり、以降の取り調べは淡々と進んでいった。
「しかし、二時間サスペンスも馬鹿に出来ねぇな」
「そうですよ。たまには山崎先輩も見ればいいじゃないですか」
「テレビまで事件に関わる気はねぇよ」
そう言うと、山崎は本日何本目かのおしるこの缶を捨て、川口と今回の報告書作成に取り掛かった。
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