第9話 焼死体の履いたヒール
使われなくなった倉庫から焼死体が発見されたのは単なる偶然だった。
「身元は分かってんのか?」
「いいえ。財布もスマホも身元を証明するものもなく、全身黒焦げで顔の判別もつきませんからね。唯一、死後に履かされた赤いハイヒールが証拠品です」
川口の言葉に山崎は顔を顰める。
「ったく、身元の洗い出しからかよ。これだから焼死体は嫌なんだよ」
「いい死体なんてあるんですか?」
「そんなもん、あるわけねぇだろ」
そんなやりとりをしながら捜査本部の立ち上げに向かった。
現時点で分かっているのは被害者は女性であるということと、死後、焼かれた後にに真っ赤なハイヒールを履かされているということだった。
「この赤いハイヒールに犯人からのメッセージが込められていると思う」
上からの指針に誰も逆らうことはなかった。
配られた資料を見ながら捜査本部で山崎と川口は並んで今後の捜査方針を聞き入った。
「でも、良かったですね。証拠品の一つもあって」
「ああ。だが、このハイヒールに何の意味があるのか」
山崎は自販機でおしるこを買うと飲み始めた。
「まったく。健康診断が終わるとすぐこれなんだから」
「いいだろ。人の嗜好品に口出しすんな」
「はぁい」
「伸ばすな」
いつものやりとりをしつつ山崎と川口は行方不明者の洗い出しから捜査を始めた。
被害者と思われる行方不明者は一向に見付からず、行方不明者からの捜査は縮小され、唯一の証拠品である赤いハイヒールの捜査に人員が割かれた。
山崎と川口は再び捜査資料に向き合った。
「でも、この被害者が履かされているハイヒール派手ですねぇ」
「そうだなぁ。焼死体に履かされているだけに余計に目立つぜ」
「真由美ちゃんの履いているハイヒールもこれくらい派手ですよ」
「真由美ちゃんもこんな派手なのかよ」
やいのやいのと話しながらどこのメーカーの品番か探した。
赤いハイヒールがどこのメーカーか分かるとほぼ同時刻に被害者が判明した。
「被害者が判明したぞ」
捜査員は捜査本部長の一声で光明が差した気分だった。
ようやく身内に連絡することが出来、再会した娘の姿に両親は泣き崩れるばかりであった。
「なんで捜索願いを出されなかったんですか?」
山崎の問いに父親が俯いた。
「お恥ずかしながら、奔放な娘でまたどこかしら出歩いているのかと」
「そうですか…」
それ以上掛けられる言葉もなく、山崎と川口は被害者を両親と三人きりにして会わせるためにそっと外へ出た。
被害者の両親を若い婦警に任せて捜査本部へ戻ると、役割が振り分けられていた。
「僕達は被害者の元婚約者ですね。……別れて半年でもう新しい婚約者がいらっしゃるんですね。奔放な性格というのも少し頷けますね」
山崎と川口が新しい資料を捲りながら神妙に読む。
「被害者の元婚約者から話を聞きましょう」
「ああ、手酷く振られたらしいから恨みもあるはずだ。行くぞ、川口」
「はい、山崎先輩」
被害者の元婚約者は快く話をしてくれた。
職場近くの喫茶店に三人で行き、各々飲み物を注文して届くまでに事件のあらましを説明し、飲み物が届いてからは一口飲むと元婚約者が口を開いた。
「彼女は奔放というより強がっているだけなんです。プライドが高く見えてしまうというか。その赤いハイヒールもいつも履いていて自分を鼓舞して高く見せるように履いているって言っていました。彼女のプライド自身なんですよ」
「彼女のこと、よく分かっていらっしゃるようですね。何故別れたんですか?」
山崎が問うと元婚約者は苦笑した。
「分かりすぎてしまって嫌がられたんでしょうね。自分の弱みを人に知られたくない人でしたから」
そう言うと、少し涙した。
「すみません。思ったより悲しいみたいで」
川口はハンカチを差し出しながら頷いた。
「それはそうですよ。一度は愛した人ですもの。亡くなったら悲しいものです」
元婚約者がハンカチを丁重に断り自分のハンカチで少し出てきていた涙を拭きながら溜息を吐いた。
その様子をじっと見ながら川口が口を開いた。
「あの、もしかしてこれは自殺で死後にハイヒールを履かせたのは貴方なんじゃないでしょうか」
唐突な川口の推理に山崎は隣で聞いていてギョッとした。
「お前、何言っているんだよ!?」
元婚約者も目が点になっているが、掛けていたソファにずるりと下がって閉じていた足を少し開いた。
緊張の糸が切れたかのようにも見えた。
「どうなんでしょうか?」
川口の言葉に元婚約者は自身のコーヒーを一口飲むと両手で顔を覆った。
「彼女のプライドなんですよ、あの赤いハイヒールは。いつも言っていました。自分を奮い立たせるために派手なハイヒールを履いて誰にも負けないように背筋を伸ばすんだって。彼女の象徴のようなものなんです。だから、自殺してもその心は持たせてあげたくて履かせました」
山崎はあまりの急展開にぽかんとしながらも「被害者は自殺したんですか?」と事実確認は怠らなかった。
「はい。僕がメールを見て駆け付けた時にはもう彼女は燃え尽きた後でした。メールには、いつものヒールを新品で買ってきたから履かせておいて欲しいと書いてありました。これがそうです」
スマホの画面を操作してその文言が書かれている被害者からのメールを見せられた。
「今の婚約者と何があったかは詳細は知りません。ですが、彼女のプライドを生きていけなくなるほど傷付けられたのでしょう。僕はそれが悔しい。僕なら彼女を傷付けることなんてなかったのに。こんなことなら別れなければよかった」
そう言うと堰を切ったかのように泣き出した。
男が大泣きするのは注目を集めたが、山崎も川口も泣き終わるまで黙って見守った。
泣き終わると署に連行して行った。
本部は突然の展開に蜂の巣をつついたような騒ぎになったが、犯行を自供した男を連れて取調室へ山崎と川口は連れて入った。
言ったことは喫茶店で話したことと変わらなかったが、男の顔はどこか晴れやかだった。
愛した人が最後に頼ったのが自分だという自信が男を前へ向かせたのか。
それは山崎にも川口にも分からなかった。
「なぁ。なんでお前、あいつが犯人だなんて分かったんだ?あの時はまだ証拠もなにもなかっただろう?」
山崎がおしるこを飲みながら川口に尋ねる。
川口も首を傾げた。
「うーん。僕にも分からないんですよねぇ。でも、あの人のことを見ていたら、あんなに愛していた人にならなんでもするんじゃないのかなぁと思いまして」
「それがハイヒールを履かせることか?」
「はい。普通嫌でしょう。焼死体にハイヒールを履かせるなんて。触りたくないというのも真理の一つです。でもあの人は赤いハイヒールを彼女のプライド自身だと仰っていました。そんな方なら彼女の気持ちを汲んで死後履かせることも可能かと」
山崎は目を瞬かせた。
「自殺だと思ったのは?」
「被害者の人となりを聞いて、人に殺されるような人とは思えませんでした。なら、自殺しかない」
「勘か?」
「勘ですね」
山崎はケッと不貞腐れた。
「勘に頼るようになったら刑事失格だぞ」
「はい!」
「そこは伸ばさないんだな」
「そうした方が格好いいと思って」
頭を掻いて照れたようにする川口に山崎は呆れた。
「そういうところだぞ、川口」
「はぁい」
山崎は笑った。
「伸ばすな!」
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