第7話 遺体写真だらけの部屋

「なんだぁ?この部屋は」

山崎がそうぼやくのも仕方のない事だった。

その部屋は遺体写真を壁が見えない程に貼り尽くし死体がどこをみてもこちらを向いていた。


話は一時間前に遡る。


連続殺人犯を偶然居合わせた非番の刑事がギリギリのところで被害者を守り逮捕したのはいいが、自供した殺害数と被害者の数が合わなかったのである。

当初は誤魔化しているのではと疑われたが、元より自供した殺害数だけで死刑が確定しているもので、今更被害者の数で嘘をつく理由も特になかった。

それに、連続殺人犯が殺した遺体と複数名の遺体は殺害方法が違っていたのだ。

連続殺人犯はまだいる。

捜査本部はそう方針を決めて再度捜査に乗り出した。

とりあえず、捕まえた連続殺人犯だけでも送検しようと家宅捜索から始めて冒頭の山崎のセリフに戻る。

犯人の室内は、部屋中殺した被害者の写真が飾られ埋め尽くされており、数が多く後日押収することとして鑑識がそのまま置いていった物である。

常軌を逸した犯人と、死後も辱められていた被害者に哀れみの心が生まれる。

「可哀想になぁ」

「そうですねぇ」

部屋をぐるりと見渡してあまりの猟奇的な室内に長年刑事をしてきた山崎も気分が悪くなってきた。

「お前は平気なんだな、川崎」

「ええ、スプラッタ映画とかよく見ますし」

「フィクションと現実を一緒にしてるんじゃねぇよ」

小さく小突いて山崎は鑑識が押収品として粗方持って行かれて整然とした室内で溜息を吐いた。

「この事件、模倣犯がいるかもな」

「そうですね。真似されていたのはマスコミに情報を出していたことだけではありませんでした。特徴的な事ですし、模倣犯は逮捕した犯人から事実を聞いた人物か実際に身内が被害にあった被害者遺族ではないでしょうか?」

山崎はいつもののんびりとした川口ではなく、真摯に事件に向き合う川口に意外性を感じたが、それだけ川口も今回の事件に怒っているということなんだろうと納得し肩を鳴らして鑑識が取りこぼした証拠がないか血眼になって探した。


しばらくすると、ドアのチャイムを鳴らす音がした。

二人で顔を見合わせて扉を開けて出てみると見知った三人組がそこにいた。

「大森、中林、小木」

山崎が言うと、年長者であり山崎の同期である大森が片手を上げた。

「いよぉ。進展はあったか?」

「それが今ひとつだな。悪趣味な部屋に神経がやられそうだぜ」

「そう言う頃だと思って差し入れ買ってきたぜ」

差し出されたビニール袋の中にはおしるこも入っており、山崎は嬉々としてそれを選ぶと大森達に礼を言い飲んだ。

「川口もほら。好きなの選べ」

「はい!大森先輩、ありがとうございます!」

川口は炭酸を選ぶと乾いた喉を潤した。

「大森達は応援にでも来てくれたのか?」

山崎が尋ねれば大森が頷いた。

「ああ、人手は多い方がいいだろう?早期解決を求められているし、特にこういう犯人の場合は……」

「ああ、そうだな。頼むよ」

山崎と大森が話を纏めている間に川口は中林に話し掛けていた。

「いいよなぁ、中林には小木くんっていう後輩がいて。俺も後輩が欲しい」

呑気に川口が喋ると噛み付くように中林が怒鳴りつけた。

「小木が欲しい?欲しいならくれてやるさ!まったく、小木なんて名前しておいて百九十センチもあるんだぜ。いつも見下ろされる俺の気持ちにもなってみろよな」

大森と山崎が同期なように、中林と川口も同期で気安く話し掛ける間柄だった。

「中林だって身長そんなに低くないじゃないか。平均くらいはあるよ」

川口がフォローを入れると、すぐに中林の性格を思い出してしまったという顔をした。

「平均。そうだよ!どうせ俺はなにをやらせても平均、平凡、並で中の中林なんて陰口を叩かれるくらいだよ!いいか!俺だっていつかは大出世して中の中林なんて呼ばせないからな!」

感情のまま怒り肩で息をする中林に大森は肩を叩いて宥める。

中林はプライドが高いわりに能力的にすべて平均的で自分でも歯痒い思いをしておりつい人に指摘されると熱が入ってしまうことが難点だった。

「ごめんごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだよ」

川口がのんびりと謝罪している間に頭にカッとなった血も落ち着いたのか中林もようやく落ち着いて答える。

「こっちこそ悪かったな。すぐについカッと熱くなるのが俺の悪いところだ」

頭を掻きながら謝罪をする中林を、原因の小木はそんな潔い中林に憧れて格好いいなぁと感嘆していた。

小木は大きな図体に合わないノミの心臓で臆病で犯人逮捕もしたことがないせいか自信もなく、常に堂々としている中林に憧れを持っていた。

ただ、小木は中林が落ち続けたキャリアであり身長差から中林からは見下されているという被害妄想で好かれてはいなかった。

人生とはままならないものだなぁと、二人の関係を知っている大森、山崎、川口は二人が言い合っている度に思っていた。


一息ついた五人はなにかしらの物証がまだないか、模倣犯の手掛かりとなるものがないか遺体の写真だらけの異様な部屋で犯人の痕跡を入念に調べ上げた。

「見つかりませんねぇ、手掛かり」

川口がぽつりと呟けば山崎から叱責が飛ぶ。

「馬鹿野郎!諦めるな!これ以上被害者を増やさないためにも模倣犯も捕まえなきゃいけないんだ!」

「諦めてはいませんよ。ただ、なさ過ぎるんですよねぇ」

「そりゃあ鑑識が根こそぎ持っていったからな」

中林の言葉にも川口は首を傾げるばかりだ。

「ここまで手掛かりのない部屋って初めてです。遺体の写真は部屋中にあるのに、鑑識でもまだ逮捕時の凶器以外決定的な証拠は出てきてないんですよね?犯人ってどんな人なんでしょう?」

川口の疑問に小木が相槌を打つ。

「不思議ですよね。乱雑な犯行に見えて綿密な計画性も感じますし、どういった人なんでしょう?」

揃って首を傾げる川口と小木に中林が頭を軽く叩く。

「そんなもん、取り調べ班と鑑識が頑張って調べてくれるさ。俺達はこの部屋にまだ何かないかの探索と模倣犯について考えるだけさ」

「そうなんですよねぇ。模倣犯もいるんですよねぇ。大変な事件です」

「川口。お前が言うとどんな大事件もたいした事がないように聞こえるからすげーわ」

「そうかなぁ」

「褒めてねぇ」

もう一度今度は川口の肩を軽く叩いて中林は遺体の写真を捲ってみた。

そこには犯行日時が書き記されており、犯人の異常性が垣間見えた。

「お前らは犯人がどんなやつか知りたいって言うが、俺はこんなイカれた奴の事なんざ一ミリも知りたくはないな」

中林のぼやきに川口が両手をポンっと叩いて叫んだ。

「そうだ!犯行写真!ここにはたくさんの証拠写真があるじゃないですか!犯人と模倣犯の違いはこの写真の中にあるはずです!」

ビシリと壁中に貼られた犯行写真を指差しながら川口は犯行写真を改めて見続けた。

山崎、大森、中林、小木も川口に倣って壁中に貼られた犯行写真と模倣犯が行ったであろう犯行写真とを見比べた。

やがて川口がぽつりと呟いた。

「お顔が違いますね」

「そりゃあ同じ顔なんて双子や三つ子とか、そっくりさんくらいなもんだろ」

中林が呆れて言うと川口が首を横に振る。

「違います。本物の連続殺人犯は老若男女選びませんが、模倣犯と思われる犯行は手入れの行き届いた美しい女性のみです」

「そう言われりゃそうだな。模倣犯の趣味か?」

川口はまた首を傾げた。

「うーん。違う気がするんですよねぇ。いまひとつ、なにかが……」

そこでノートに記した被害者の持ち物を読み返して気が付いた。

「エステです!皆さん同じエステに通ってらっしゃいます!」

「それは捜査会議の最中にも出たけれど、退会者もいるし通っていた時期もみんなバラバラだったろ?」

「でも、通ってたんです。あの時は模倣犯の存在が浮上していなかったじゃないですか。有名な店舗ですし、会員も大勢いる。共通点として認識されていませんでしたがこの模倣犯の共通点はこれしかありません。調べてみるしかないですよ!」


かくして、川口の根拠のないようである推理により、五人は改めて模倣犯の被害者の共通点であるエステを重点的に捜査することになった。


その結果、模倣犯と思われる男が浮上した。


立証するほどの証拠はないためまずは身辺調査から始められた。

張り込み初日、模倣犯と思われる犯人の家を隠れて見張っている最中、昼食を買ってきた川口が山崎の乗る車へと帰ってきた。

「張り込み用のあんぱんと牛乳です!」

山崎は差し出された大量の品々を見てぎょっとした。

しかし、餡子が好きな山崎は特に文句を言うでもなくすぐに一つ目の袋を開けた。

「よくこんなに集めたな」

「何店も回りましたから」

「……どうりで遅かったわけだぜ」

山崎が呆れて眉間の皺を揉みほぐしていると、それでものんびりと川口は雑談を続けた。

「好きですよねぇ、餡子。直談判して自販機に夏でも冷たいおしるこ入れさせた時はどうなるかと思いましたけど、意外とうちの署でおしるこ人気なんですよねぇ。真由美ちゃんも飲んでますし」

「真由美ちゃんとやらも飲んでいるのか」

川口から幾度となく聞いた交通課の女子との意外な共通点に山崎は驚きつつ、自分が直談判したのは署内の餡子好きに貢献できていたことに自己満足した。

「疲れた時には甘いもんがいいんだよ」

言いながら山崎は二個目のあんぱんの袋を開けた。

「買ってきておいてアレなんですけど、山崎先輩、健康診断もうすぐですよね」

「……嫌な事を思い出させるな」

山崎は渋い顔をすると手元のあんぱんを見て一気に食べた。

食べ物に罪はない、と山崎はあんぱんを頬張りながら思った。

模倣犯は至って普通に生活していた。

犯人が捕まったことによりもう犯行は起こさないかもしれない。

それでも、別の連続殺人犯、模倣犯がいるのなら逮捕しなくてはいけない。


数日間、大森達の班と交代しながら見張ってみたが新たな犯行は行われなかった。

物的証拠も何もない。

模倣犯は、言質を取って捕まえる事になった。

「そろそろ行くか」

「そうですねぇ」

二人はあんぱんを食べ終えると模倣犯の自宅へと赴いた。


ピンポーンと軽快な音と共にしばらくして扉が開かれた。

現れたのは、一番最初の被害者の旦那だった。

「これは刑事さん!なにか事件に進展でもありましたか?」

「まさか、あんたが模倣犯になっているなんてなぁ」

山崎の言葉に模倣犯の男の眉がぴくりと動いた。

「模倣犯?何のことでしょうか?」

山崎はレコーダーを取り出して男に許可を求めた。

「すみませんが、これからの会話を証拠記録として録音させていただきます」

「……いいですよ」

男はまだ余裕の表情だった。

「犯人が捕まったのはご存知ですよね?」

「ええ、妻を殺した犯人が捕まって安心しました。これで妻も他の被害者も報われるでしょう」

「それは本心でしょうか?」

山崎の問いにも男は軽く答える。

「犯人は、すべての被害者の右手の小指を切り取るような猟奇的な奴ですよ?」

言質は取れたと山崎はレコーダーに目をやった。

「おや、何故すべての被害者の右手の小指が切り取られているのを知っているんでしょう?」

「マスコミにも騒がれているじゃないですか」

何かがおかしいと余裕の表情から少し焦りが出てくる。

山崎が追い詰めるように声を掛ける。

「おかしいですね。小指が切り取られる事はマスコミには伏せていた情報ですよ?」

その言葉に男は愕然とした。

「模倣犯しか知らない、生きているうちに右手の小指を切り取るという行為。その行為をした事に間違いありませんね」

川口が厳しく問い詰めると犯人はようやく観念して頷いた。


「妻が死んで、また連続して事件が起きて、これなら俺のこと罵ってきた奴すべて殺しても犯人はあの男になると思ったんだ」

「あの男、という言い方は犯人とは知り合いだったんですか?」

川口の言葉に男は頷いた。

「酔った勢いで妻を殺してくれと居酒屋で初対面の男に数枚の札を渡して頼んだら本当に殺されたんだ。あの男が犯人だろう?大方、一度目の殺人に味を占めて次々と殺人を享受したんだろうよ」

続けて山崎が問い掛ける。

「なんで自分の勤め先の客を殺していった?クレーマーだったからか?ひどいもんだったらしいしなぁ」

「そうなんですよ!あの女共、客商売だからと我慢していたらつけ上がりやがって!」

男の顔が憎々しげに顰められる。

「とにかく、言質も取った。自供もした。逮捕させていただきますよ」

「……分かりました」

両手を差し出す男に、山崎は手錠を掛けた。


こうして、連続殺人犯は二人とも逮捕され世間の賑わいは少しずつおさまっていった。


「山崎先輩。健康診断どうでした?」

「聞くな……」

山崎はおしるこを飲みながら手元の缶を見てため息を吐いた。

「中林くんもキレてたからまた全部平均なんだろうなぁ。平均が一番難しいのに、中林くんも難儀ですよねぇ」

「そうだなぁ。だが、平凡な奴が事件を起こす世の中だしなぁ」

「そうですねぇ」

今回の犯人二人も世間上では普通の人だったのだ。

人はどこでどう凶行を起こすか分からない。

山崎と川口は新たな事件を告げる電話の音を聞いてそんな普通の人々に思いを馳せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る