第6話 靴下を穿いていない死体

公園で男性の遺体が発見されたという報告を受けたのはある昼下がりだった。

山崎と川口が辿り着いた時には既にブルーシートで周囲を囲まれており、遺体はベンチに座り真っ赤な薔薇の花束を持たされていた。

「随分と悪趣味な遺体だな」

「そうですねぇ」

遺体は何度も刺されていたが、持たされた薔薇には血がついておらず死後に持たされた物だと認定された。

「何度も刺されたわりに出血量が少ないからここが殺害現場じゃねぇな」

山崎が被害者の周辺を見て言う。

「先輩、山崎先輩」

「なんだよ、川口」

山崎がふかしていた煙草を灰皿に押し付けた。

「このご遺体、靴は履いているのに靴下は穿いていないんですよ」

「それがどうした?」

確かに遺体は靴下を穿いていなかった。

「嫌じゃないですか?靴下を穿かずに靴を履くの」

「個人の自由だろ。芸能人なんかにもいるだろ」

山崎が一蹴するが川口は食い下がる。

「そうですけどぉ。なんか気になるんですよねぇ」

そう言って被害者の足元をずっと眺めていた。

「うーん…」

動かない川口に山崎が折れた。

「そんなに気になるなら被害者が靴下を持っているか見にいくぞ。それで日常的に穿いているかいないか分かるだろ」

「いいんですか!?」

川口が喜んで山崎に着いて行った。


被害者の家に到達すると、ここも既にブルーシートで出入口を覆われていた。

「ご苦労さん」

「お疲れ様です!」

立っていた警官に一言掛けて被害者宅に入ると、川口は真っ先にタンスを調べた。

「山口先輩!靴下があります!やっぱり被害者は靴下を穿く人間なんですよ!」

被害者の靴下を片手にドヤ顔で掲げる後輩に山崎は溜息を吐いた。

「そりゃよかったな。他の部屋を調べるぞ」

「はーい!」

「だから伸ばすなって言ってんだろ」

やいのやいの言いながら一通り室内を見て回ると次は浴室へ行った。

「被害者が靴下を履かない状況…お風呂場で殺されたんじゃないでしょうか!」

山崎はまた川口が素っ頓狂な事を言い出したと思ったが、鑑識が調べた結果、風呂場からルミノール反応が発見されたとの報告を受けた。


署内のデスクに座って考える。

「お風呂場から公園までどうやってご遺体を運んだんでしょう?」

「それなんだよなぁ。そもそも遺体を動かす理由はあったのか」

山崎は首を傾げた。

「それにタンスの靴下を見る限り被害者は靴下を常に穿いていたようです。お風呂場で殺して衣類を着せる時に靴下だけ穿かせ忘れるでしょうか?」

「そう考えると靴下を穿いていないことが違和感になるな」

川口の最初の着眼点が正しく思えてくる。

「風呂場で殺して遺体に衣類を着させて公園まで持っていくとなると重労働だぞ。犯人は男だな」

「えー。女性でも複数人いたら頑張れなくないですか?」

あほっぽく言われても川口の意見は馬鹿にできない。

山崎は半年以上川口と組まされてよく分かっていた。

「女の複数犯な。それも考慮しておこう」

「だって被害者はあんなイケメンなんですよ?結婚詐欺でもして訴えられそうじゃないですか?」

「お前、イケメンになんか恨みでもあんのか?」

それは流石にと思う意見に山崎は脱力した。

また交通課の真由美ちゃんがどうのという話になったので、適当に聞き流していたがまたもや川口の予想が的中した。

「まさか、被害者が結婚詐欺で指名手配されていたなんてなぁ」

「ほら!やっぱりイケメンは悪い事しちゃうんですよ!顔がいいから!」

「お前は真由美ちゃんがイケメン好きなのに嫉妬してるだけだろ……」

山崎が軽く川口を叩くと川口は口を尖らせながら被害者が過去に騙した女性のリストを洗い直して調べた。


結果、複数人の女性が怪しいと目された。

「女性の複数犯か……」

また川口が言ったことが当たりそうだなと山崎が思っていると、川口は「皆さん美人ですねぇ」なんて呑気な事をにこやかに言っていた。

「おい、一応犯人候補だぞ」

「えっ、犯人じゃなくてまだ候補なんですか?」

「それを今から調べるんだろうが」

山崎は呆れながらも他の班と連絡を取りながら女性達を調べると、どうにも本気で怪しくなってきた。

「みんな怪しいな……」

「だから皆さん犯人なんですよ」

川口がのほほんと言うが、これで違ったら誤認逮捕でメディアや民間人からのバッシングはとんでもないことになるぞと怒鳴りたくなる。

だが、容疑者が全員怪しいのも事実だ。

「一か八か、やってみるか」

山崎は川口に賭けた。


容疑者の女性達を署の会議室へ集めると川口が宣言した。

「あなた方が犯人ですね」

お前、言ってみたかっただけだろうと山崎は思ったが口には出さずに部下の様子を見守った。

女性達は特に反論せずに川口の言葉に頷いた。

「反論しないんですか?」

「決めていましたから。誰か一人が容疑者として疑われたのならシラを切り通そう、でも全員が集められたなら自白しようと」

川口の幸運が味方したようだった。

「被害者のあの薔薇は?」

女性の一人が答えた。

「あの男、口説く時に必ず薔薇の花束を使うんです。もうあの男には興味がないと突っ返すつもりで持たせました」

「なるほど。では靴下を穿かせなかったのは?」

「恥をかかせたかったんです」

また女性の一人が答えた。

「あんなに私たちが貢いだブランド品のお洋服に身を包んでおきながら靴下を穿いていないなんて滑稽でしょう?間抜けな姿で発見させたかったんです」

そこまで言うと泣き出してしまった。

一人が泣きだすと次々と女性達が泣いていった。

中には泣き崩れる者もいた。


死後も笑いものにしたいと思われるなんて、被害者は相当憎まれていたんだなと山崎は思った。

その隣で川口が女性達に頭を下げた。

「すみませんでした。本当は、あなた達がこんな凶行に及ぶ前に僕達警察官が詐欺師を捕まえて然るべき処罰を与えるべきなのに、捕まえることが出来ずにまた加害者を出してしまいました。本当に申し訳ありませんでした」

川口の真摯な謝罪に他の女性達も泣き崩れてしまう。

山崎は川口の謝罪にとても驚いた。

川口は、山崎に連行するのに手錠を掛けなくていいか尋ねて来たことにも驚いた。

川口はすっとぼけていていつもどこかふわふわと頼り無さ気だったが、犯罪者を許したことはなかった。

余程の事情がない限り、そんな事は言う刑事ではなかった。

山崎は今回の事件に色々と思うこともあり、また女性達から逃げる意思がないことから川口の提言を許可し手錠を掛けずに自首扱いとした。

女性達にはその後の刑で多少の温情が掛けられた。


その後、川口を見直した山崎だが、川口がちびちびと淹れたお茶を飲みながら言った言葉に脱力した。

多様な面があろうとやはり川口は川口だと思った。

「やっぱりイケメンは碌でもないって真由美ちゃんに言ったら『私の推しアイドルはそんな事ない!』って、怒られました…」

「そうかよ」

少し愉しげに笑って山崎は煙草に火をつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る