第42話 ダンジョン9層・寒冷領域【コールドゾーン】

 愛華が初めてわがままを言った。


「引っ越しがしたい?」


「そう!!」


 この真剣な瞳、どうやら本当に、引っ越しをしたいらしい。


 まぁたしかに、今俺たちが住んでいる家はあまりにもボロボロすぎる。最近はある程度、稼げるようになったし、マンションなら引越しはできる。


 ただ、そうなるとこの家をどうするか、そこが問題になってくる。


 いや、ここは一層、改装してしまうというのはどうだろうか。費用がいくらかかるかは分からないが、少しくらい借金しても、ダンジョンに潜り続ければ、返済できる。


「わかった。考えておこう。でも今すぐには無理だ」


「やったぁぁ!!」


 ふぅ、これでなんとかなったかな。


 まさか、愛華がわがままを言うなんて思わなかったけど、やっとわがままを言えるほどの余裕ができたってことだよな。


「夕ご飯はもうできているのか?」


「え?まだだよ。今から作ろうかなって」


「そうか、じゃあ、今日は出前を頼もう。たまには豪華にな」


「お兄ちゃん!!いいの?出前って一見お手頃に見え、実は値段が高くて、自分で作ったほうが安くなるんじゃ……」


「ふふ……こう見えても俺はレベル・2の探索者シーカー!出前程度の出費なんて痛くもないわ!!」


「さすが!お兄ちゃん!!横綱!!!」


「ふふん!!って横綱ってどういうことだ!?」


 そんな感じで、今夜は珍しく出前を取って、一緒に夕ご飯を食べた。


 ついでに出前で取ったのは、なんか高級そうなしゃぶしゃぶ。愛華がこれがいいといったから、頼んだわけだが。


「これで、6000円って、なかなかだな」


 一日で6000円って、一食の過去最高額だ。


「まぁ、ダンジョンに潜って稼げばいいか。まぁしばらく出前は頼まんけどな……」


 この日を境に、出前を頼まなくなった。



 日曜日の朝、俺はランニングをする。

 

 最近、日課を改めるようにしている。最初は、体づくりのための筋トレを中心にやってきたが、【脅威種】ジャイアントコボルトの戦いで、俺は体力がないことに気づいた。


 そこで、日課を体力づくりのメニューにシフトチェンジ。朝起きたら、まず決められたルートをランニングする。


 そこでひと汗かいたら、10分休憩してまたランニングを繰り返す。


 もちろん、ただランニングするのではなく、有酸素運動を意識しながら、呼吸を乱さず、常に一定間隔で呼吸することで、いつでも余分な力を抜けるように、体を改造する。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」


 いつも通り、体力づくりのために決められたルートをランニングしていると、見覚えのある一人の女性が犬に襲われている様子を見かける。


「きゃぁ!やめてっ、やめてよ、もう~そこ、そこ舐めないで~~~」


「なんだ、あれ?ってあの子ってたしか……」


 犬に舐めまわされている金髪の女の子。俺は、あの女の子を見かけたことがある。


 そうあの時だ。探索者協会シーカーきょうかいで暴行を受けたあの女性探索者だ。


 あの後どうなったのか、少し気になっていたけど、思ったより元気そうだ。


「きゃあ!ちょっと!どこをなめてっ!!きゃあっ!」


 ペロペロと犬は脇や足などを隅々まで舐め回し、そのたび、小さく力が抜けた声が漏れる。


 あの状況本当に大丈夫だろうか。なんだろう、あまり言葉にすべきではないと思うが、なんだか、エロい。


 俺は目も当てれず、声をかけることにした。


「あ、あの~~大丈夫ですか!!」


 俺は、女性に近づき、なんとか、犬をおとなしくさせ、その場を収めた。


「大丈夫ですか?」


 尻もちをついた女性に手を差し伸べた。


「あ、はい。ありがとうございます」


 (ま、眩しい!)


 金髪の女性は差し伸べられた手を握るも、天使のような笑顔を向けらた俺の視界がぼやける。


「い、いえ、偶然通りかかっただけなので……では」


「あ、はい!!その、本当にありがとうございます!!」


「あはは……」


 思ったよりも平常心だった。普通、あれだけの仕打ちを受けたら、心に多少なりとも、傷がつくはずなんだけどな。


 もしかしたら、見た目以上に、精神力が強いとか?でも、なんだろう。違う気がする。


 そう、俺の勘が言ってる気がした。



 朝の日課が終わった俺は、ダンジョン9層に潜る。


 ダンジョン9層は薄暗い洞窟で、トラップなどはそこまで大したことない。けど、この9層には一つ大きな強敵がいる。


 それはだ。


 9層は通常のダンジョンよりも温度が低く、最高でも-10℃、最低で-25℃まで下がる寒冷領域コールドゾーン


 定期的に、寒さに耐性をつけるグルグルガルドという魔物の血を使用したガルド草を回復薬と一緒に飲まなければ、まともに動けず死んでしまう。


「ふぅ~~出費が高い分、しっかりと稼がないとな」


 ガルド草はそこまで高くはない。大体、1万前後で買うことができる。問題は回復薬ポーションだ。


 ガルド草と一緒に絶対に回復薬も飲まなければならないのが、痛手の出費の原因。


 回復薬ポーションとガルド草を合わせて、一回で最低101万かかるわけで、本当に割に合わない。


 しばらく、奥へ進んでいくと、途中で探索者の悲鳴と一緒に魔物の叫び声が響き渡る。

 

「な、なんだ!?」


 今の叫び声は、9層に生息するカカルという魔物だ。


「もしかして、他の探索者シーカーが刺激したのか!!」


 カカルは9層の魔物の中で一番刺激してはいけない魔物で、一度刺激すると、断末魔を放ち、仲間を大量に呼ぶ習性がある。


 つまり、9層の中でもっとも難敵な魔物だ。


 俺でも、カカルだけは遭遇したら、逃げるようにしているのに。


「一体、誰だよ。まったく……」


 (ここは一度、確認するべきか?でも、もしカカルに襲われたら……俺一人で対応できるか?)


 ここで、一人で確認するのは客観からみたら、愚策だ。絶対に行かないほうがいい。でも、さっきの叫び声、魔物の断末魔のほかに、探索者シーカーの声も紛れていた。


 きっと、カカルを刺激した探索者シーカーが襲われているんだ。


 (もし、由紀さんなら……いや、俺なら助けたい)


 俺は、助けることを決心して、声が聞こえたほうへと向かった。


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