第36話 神城由紀の心情

 私はいつも、どうすれば魔物を殺せるのか、どうやれば、効率的に殺せるのかを頭の中で考えている。


 神城家の次女として生まれた神城由紀は、神城家の者として、5歳ごろから、多大なる期待の眼差しを向けられていた。


 そして、8歳の頃、初めて、ダンジョンに潜り、その内に秘めたる才能は発揮された。


 神城家は代々小さい頃からダンジョンに潜り、経験を積まされる。いくら神城家の人間でも、小さい頃は、だれでもダンジョンに潜るのは嫌がるものだ。


 でも、神城由紀は違った。


 駄々をこねることもなく、素直にダンジョンに潜り、膨大な経験を積み重ねた。


 その結果、最小年で、レベル・2に到達し、その異常までのレベルの上がり方に神城家の人達は大いに喜んだ。


 気づけば、レベル・6に到達。探索者シーカーとして、持ち上げられる存在になった。


 今思えば、不思議な話で、どうして神城由紀はここまで素直にダンジョンに潜っていたのだろうか。


 小さい頃から、駄々をこねることなく、ダンジョンに潜り続け、剣を磨き、経験を積み重ねてきた。


 それは、神城由紀にはとある目的があったからだ。いや、目的というのは少し違う。


「私は、魔物を殺し続けなきゃいけない」


 ずっと、生まれた時から、ずっとノイズのような声が聞こえていた。



『ダンジョンに潜む魔物を殺せ。一匹残らず、全て……魔物は悪だ。魔物は敵だ。敵はすべて、殺せ!!』



 そのノイズのような声はずっと、私の耳元で囁き続けた。


 だから、私は、魔物を殺すために、ダンジョンに積極的に潜った。


 そして、私はあることに気づいた。


 魔物を殺すたびに、囁かれる声が薄れていったことだ。


 それを実感したとき、私は喜びを覚えた。


 魔物をたくさん殺せば、あの不快な声を聴かなくて済むって、だから私は殺し続けた。


 何度も、剣を振るって、何度も、仲間と共に困難を乗り越えてきた。


 でも、レベルが上がるにつれて、魔物を何度も殺しても、あの不快な囁きが聞こえてくる。


 より強い魔物、私よりも強い魔物を殺さないと不快な囁きが止まらなくなっていた。


 気がつけば、私の両手は魔物の血で染まっていた。


 そんな日々が続き、気がつけば17歳、高校にもちゃんと通いながら、ダンジョン攻略に励んでいた。


 そんな時、ふと血の匂いがした。


 魔物の匂いじゃなくて、人の匂い。


 私は、すぐにその匂いたどりながら、疾走した。その時は、たまたま自主訓練でダンジョンに訪れていた。


 すると。


 そこには、1層では珍しいジャイアントコボルトに襲われている一人の少年を見つけた。


 私はすぐに、レイピアを引き抜き、ジャイアントコボルトを切り裂いた。


 1層でジャイアントコボルトが出現するのは、すごく珍しいけど、私の敵ではなかった。


 そして、私は尻餅をついている少年に声をかけた。


「だ、だいじょうぶですか?」


 私が声をかけると、少年の無反応だった。


 (あれ?私、かける言葉間違えたかな?で、でも、魔物に襲われている人を助けたときに声をかけるときは、まず、大丈夫かどうか確認するって学んだし……)


 しかし、少年はずっと、どこか虚空を見つめている。


 (ど、どうしよう……)


「き、聞こえてますか?」


 私は、聞こえているかどうか、聞くと。


 そのまま、顎をガクガクさせながら。


「———ぎ」


「ぎ?」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「え?」


 その少年は私から逃げるように、ダンジョンの外へと走り逃げていった。


「ど、どうして———」


 それが、柊日向くんとの初めての出会いだった。


「———あれ?」


 ふと、私は気づいた。


 ノイズのような不快な囁き声が聞こえない。


 ジャイアントコボルトを倒したから?でも、そんなこと今までなかったし、原因があるとすれば。


「もしかして、あの子?」


 その時から私は、あの少年に興味を持った。



 その日は、特に不快な囁き声にうなされることなく過ごすことができたが、目が覚めれば、再び、あの声が聞こえてきた。


「うぅ———訓練しなきゃ」


 私は、朝起きたらまず、基礎訓練を一通りこなす。そうすることで、筋肉の動きをやわらげ、いつでも戦えるように体を整える。


 体は資本、そう神城家の人たちから教わった。


 こうして、学校に行って授業を受けて、依頼があったら、パーティーメンバーと一緒に依頼をこなす。


 そんな毎日を過ごしていた。けど彼と会ったその日から私の当たり前の毎日が変わり始めた。


「はぁ~~~~~」


 最近、窓の外を見ることが多くなった気がする。


 彼にあってから、ずっと彼のことで頭がいっぱいだった。


「また会えないかな……」


 そんな一言が、たまに漏れる。


 それから、ずっと頭の片隅にはいつも、彼がいて、気がつけば、彼を探すために行動を移していた。


 そして、探索者協会シーカーきょうかいでまた出会った。


 けど、私を見ると、次は気絶してしまった。その時は、「なんで?」と不思議に思いながら、なぜか少し怒りを感じてしまった。


 私は、パーティーメンバーにわがままを言って、彼を私達の基地に呼ぶことにした。最初は、反対されたけど、色々脅して、許しをもらった。


 そこで、彼の名前を知って、その時は、すごくうれしかった。



 柊日向———柊日向———柊日向———柊日向———柊日向———。



 彼の名前がとても、微笑ましく感じた。


 日向くんといるとあの不快な囁き声が聞こえない。理由はわからないけど、それがとても嬉しかった。


 私は、日向くんに無理してほしくない。あの左腕を見たときは、本当に心配したけど、完治すると言って、ホッとした。


 でも、これ以上、日向君には傷ついてほしくない。


 (だから、守らないと、私が———)


 そう思っていた。


 なのに。


 (今目の前にいる日向くんは本当に私の知る日向くんなの?)


 どんなに強い魔物でも一歩も引かずに、前へと進む日向くん、その姿はまるで、物語の主人公のような。


 いや、違う。日向くんは最初っから、そうなんだ。


 日向くんは弱虫じゃないし、守られる存在なんかじゃない。前向いて走りだせる立派な探索者シーカーなんだ。


 だから、こうして、自分よりもはるかに強い魔物と相対しながら、前を向いて歩きだせるんだ。



 探索者シーカー



「———がんばれ」


 私は、こぶしを握りしめ血を流しながら、祈るように応援した。


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