第35話 真紅のオーラ・深紅の瞳【覚醒】

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 剣を強く握りしめながら、ジャイアントコボルトに向かって、疾走する。


 不思議な気分だ。もう心身ともにボロボロなはずなのに、体が浮き上がるほどに身軽だ。


 軽々と大剣振るうジャイアントコボルトの攻撃を、飛び跳ねるようによけながら、徐々に距離を縮めていく。


 痛みはある。激しく動かすたびにきしむ音と共に激痛が走る。なのに、思った通りに身体が動く。


 (まるで、自分の体じゃないみたいだ)


 疾走する俺のスピードはさらに加速し、気づけばジャイアントコボルトと至近距離まで間を詰め。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 俺は、片手剣で何度もクロスさせ、斬撃を繰り出し続けた。


 いつもよりも剣が軽い、切り裂く感覚も豆腐ぐらいに柔らかい。


 由紀さんが切りつけた傷が痛むのか、ジャイアントコボルトの動きが鈍く見える。


 ジャイアントコボルトが大剣を振り上げてから、振り下ろすまでの時間、その間にできるわずかな隙。


 ———今だ。


 一瞬、見えたジャイアントコボルトの隙、その隙を捉えると自然と剣が吸い込まれる。


 その動きに無駄はなく、今日一番の動きだった。


 そして、隙を突いた斬撃はジャイアントコボルトの左わき腹を引き裂き、その勢いのまま、さらに攻撃へと繋げる。


「はぁぁ!!」


 次から次へと攻撃をやめずに斬撃を繰り出し続け、ジャイアントコボルトの攻撃する瞬間の隙すら与えない。


 ただ、攻撃する。そこだけに一転集中いってんしゅうちゅうした。


 斬撃を繰り出すたび、肉を切り裂くたびに、身体を纏う青白い光はより神々しく輝き、そのたびにより鋭く、より早く腕を振るった。


 すると。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 喉を震わせながら、耳をふさぎたくなるほどのノイズのような高音を円柱状の広間全体に轟ろかせた。


 だが、俺には効かない。いや、効かなかった。


 たしかに、耳に痛みは感じる。だけど、塞ぐほどじゃない。


 俺は、むしろ好機だと直感し、腕が引きちぎれそうになりながらも、ギアを上げて、さらに斬撃を繰り出した。


 悲鳴をあげるジャイアントコボルトは、大剣を振り回しながら、暴れ回る。


 俺は、咄嗟に後ろへと後退し、距離をとった。


「はぁはぁ……危なかった」


 いくら、大剣の届かない距離にいるとはいえ、あの大きい体格にぶつかれば、無傷ではいられない。


 とはいえ、このままじゃ負けるのは俺だ。


 相手はたしかに体力を消耗しているし、勝機は見えている。ただ、体力が持つかわからない。


 俺は、さっきの無理な攻撃の連続に体力の限界を感じていた。


 調子はいい。むしろ、体力が万全な状態よりも調子がいい。なのに、限界が近づいてきている。これもすべて、自分が弱いからだ。


 でも、限界を超えてこそ探索者シーカー。限界があるからこそ、強くなれる。それに、由紀さんが今、こうして俺の戦いを見守ってくれているんだ。


 (かっこ悪いところは見せられるか!!)


「ふぅ~~~~んっ!!」


 再び、限界を超えて、疾走する。地面に足が着くたびに激痛が走る。蹴り上げるたびに、足が軋む音が響いてくる。


 それでも俺は、おかまいなしに体を動かし、ジャイアントコボルトに接近する。


「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 【脅威種】ジャイアントコボルトは接近する俺を見て、大剣を深く構えた。


 (あの大剣の構え……あのエンチャント式の魔法が来る!!)


 大剣に白いオーラが奔流をする。


 (どうする。ここは一度、距離をとるべきか——いや、もう逃げないって決めたんだ。ここは、迎え撃つ!!!)


 青白い光はさらにもっと輝きを放ち、その色は徐々に白に変わっていく。


 その光は、点が点を繋ぐように光が流れ、右手に持つ剣に激しく流れ込む。


 そして。


「【◇◇◇】!!」


 大剣を構えているジャイアントコボルトが足を蹴り上げ、加速した。


 迫りくる恐怖、心臓は飛び出しそうなほどに高鳴っている。


 なのに——。


「———笑ってる」


 神城由紀は呟いた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 俺は、喉を震わせながら、叫んだ。


 この高鳴りは、恐怖からきているものじゃない。好奇心、強くなりたいという思い。俺は、こうして強敵と戦うことに楽しさを感じている。


 エンチャントされた大剣をまともに受けたら、確実に俺の剣が先に折れる。


 なら、俺がとるべき手段は———。


 俺は、咄嗟にポケットに空いている左手を突っ込んだ。


 そして、とあるものを握りしめ、そのまま【脅威種】ジャイアントコボルトの頭めがけて、投げつけた。


 そのとあるものとは。



唐辛子爆弾とうがらしばくだん



 どんな敵であろうとも、視界を奪われれば攻撃にずれがしょうじる。


 俺が投げつけた唐辛子爆弾は正確に左目を捉え、直撃した。


「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 叫び声を上げるジャイアントコボルトは、俺をとらえていたエンチャントが付与されていた大剣の攻撃がわずかに左にれた。


 ジャイアントコボルトの大きくできた隙、そのわずか数秒で、俺はさらに加速して至近距離まで近づき。


 剣を強く握りしめながら、ジャイアントコボルトの腹をめがけて、全力で剣を振り切った。


 その一撃は、確実に深く腹を引き裂き、俺自身にもその手ごたえを感じた。


 それと同時に、俺が持つ片手剣は強度に耐えられず、砕け散る。


「はぁはぁ……やった」


 そう思った次の瞬間、突然、背筋が凍えるほどの悪寒が走った。


 直感的に感じる殺気、俺はふと上を見ると。


 白いオーラが奔流する大剣が振り上げられていた。


 そして。


 そのまま、大剣が俺めがけて、振り下ろされた。


 強烈な衝撃波と轟く轟音。煙が円柱状の広間全体に広がり、その場にいる探索者シーカーの視界を遮った。


 勢いよく、吹き飛ばされる俺は、壁に強く体を打ち付け、吐血する。


「ぐはぁッ!」


 ジャイアントコボルトは、まだ目を抑えて、唸り声を上げていた。


 また油断してしまった。完全に仕留めたと思ったのが、完全に自身の油断を生んでしまった。


 運がいいことに、ギリギリで【脅威種】ジャイアントコボルトの攻撃がずれて、後方へと吹き飛ぶだけで済んだ。


 だけど、今ので完全に形勢は元通り、いや、むしろ不利になったまである。


「———もう、見ていられない!!」


「待つんだ!由紀!!」


 神城由紀は、蓮リーダーの指示を無視して、柊日向のほうへと駆け出した。


「いいのかよ、蓮。由紀を止めなくて……」


「——仕方がないよ」


 その時、紅は蓮が何を考えているのか、分からなかった。ただ私が見る限り、怒っているようには見えなかった。


 むしろ、蓮は笑っていた。


 形成が元通りになった現状、俺はなんとか立ち上がる。


 すると、こちらに向かってくる足音、ゆっくりと顔を上げると、目の前には由紀さんの後ろ姿があった。


「ゆ、由紀さん……」


「もうゆっくり休んで、日向くん。あとは私が片付けるから」


 その言葉に優しさを感じた。そして同時に、情けないと思った。


 由紀さんは優しくて、初めて二人で話した時も、初めて俺をほめてくれて、本当に尊敬していて……でも思ったんだ。


 由紀さんが俺に向けてくれる優しさは、探索者シーカーとしてではなく、一般人としてだった。


 俺のことは最初っから、探索者シーカーとしてみてくれてなくて、それを感じた時、初めて、由紀さんとの大きな差を実感した。


 これが現実、あまりにも自分が滑稽こっけいで、だからこそ、もっと努力しないといけないって思ったんだ。


 由紀さんに、俺は探索者シーカーだって、認知してもらうために。俺が、由紀さんに守られるほど弱くないって、証明するために。


 だから、あの獲物は誰にも渡さない。あいつは俺が倒すべき魔物なんだ。


 俺は———。



 !!



 その時、俺の中で確かな変化があった。


 【脅威種】ジャイアントコボルトと由紀さんが向かい合う中、俺はその間に割り込み。


「ひ、日向くん!?」


 俺の姿を見て、驚く由紀さんの方に振り向いて。


「こいつは俺の獲物です。手を出さないでください」


「で、でも、その体じゃ———」


「由紀さん、こいつは俺の手で倒したいんです。だから———


 俺は初めて、由紀さんに敵意に似たものをぶつけた。


 身体に纏う白い光が、胸あたりに収束し、真紅しんくのオーラへと変化した。そのオーラは徐々に広がり、身体全体を纏う。


 そのオーラと同時に、瞳も深紅しんくに染まり、その瞳と合う神城由紀は、口を閉ざした。


 そのまま、俺は由紀さんに背を向けて、【脅威種】ジャイアントコボルトと相対する。


 その場はまるで、一つの物語を見ているようだった。

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