第32話 【脅威種】ジャイアントコボルト 再戦②
よく考えても見てほしい、いくら強い武器や、能力を持っていても、レベルの差というのは埋まられないものだ。
俺はレベル・1、そして『脅威種』であるジャイアントコボルトは推定でもレベル・3はあると考えていいだろう。
これで分かる通り、レベルの差は最低でも2あるわけだ。
その2の差は身体能力などに天と地の差を生み、俺はそのことを考えていなかった。
もう一度言おう、手ごたえはあった。
だが、その一撃はジャイアントコボルトにとってはかすり傷程度に過ぎなかった。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「しまっ———」
肉を切り裂いた感触、確実に決まったと確信した油断をジャイアントコボルトは見逃さず、再び拳が降りかかり、直撃した。
防御もしなかった俺は、流されるがまま吹き飛ばされ、何度も地面にたたきつけながら、壁にぶつかった。
やばいな、完全に油断した。
断言して言える、今が一番大ピンチだ。
手足の感覚はある、体のあちこちが痛いが、骨は折れていない。
最悪な状態は免れてはいるが……。
ジャイアントコボルトは血濡れた大剣を地面を引きずりながら、ゆっくりとこっちに向かってくる。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
俺を威嚇するようにうめき声を震わせ、瞳は殺気で満ちているのがわかる。
「うっ……はぁはぁはぁはぁはぁ」
気合で体を持ち上げ、片手剣を地面に突き刺し、バランスを取る。
気づけば、青白い光は完全に消えており、身体も今まで以上に鉛のように重く感じた。
どうする、どうすれば、あいつに勝てる。
手ごたえのあった一撃が効かないとなると、もはや俺の選択肢は逃げる以外にない。
けど、果たしてこの状態で逃げられるのだろうか。
出入りした場所は向かい側、しかも死体があちこちに散らばっているから、足場も悪い。
「くぅ、どうしたら……」
思考を巡らせて、最善な方法を考えるも、相手は待ってくれるはずもなく。
だが、その時。
「【ライトスピア】!!」
苦し紛れの潰れた声とともに、雷をまとった槍がジャイアントコボルトに放たれた。
ジャイアントコボルトはよける間もなく、直撃し、初めて地面に膝をついた。
(一体誰が!?)
放たれた方向を見ると、そこには重傷を負った探索者がいた。
「そのあなた、は、早く逃げなさい。私が気を引いているうちに……」
この女性探索者は何をしているんだ。
彼女は今、俺を助けるために、魔法攻撃を打ち、逃げる時間を作ってくれている。
探索者は自分の命を第一に考えて動く人が常識で、他人のためなんかに、手助けす
るなんてまずありえない。
(なのに、この人は——)
「何をしているの!!早く逃げなさい!!」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅ」
ジャイアントコボルトはゆっくりと立ち上がると。
「うっ—ら、ライト、スピアッ!!!」
女性探索者は再び魔法を打つ。
何度も、何度も、血反吐を吐きながら、何度も、ジャイアントコボルトに真帆を打ち続ける。
そうか、この人は俺が逃げる時間を稼いでくれているのか。
「【ライトスピア】!【ライトスピア】!【ライトスピア】!【ライトスピア】!【ライトスピア】!【ライトスピア】!【ライトスピア】!【ライトスピア】!」
何度も撃ち込まれる魔法攻撃にジャイアントコボルトはその場から微動だにせず、膝をついていた。
今なら、逃げることができる。
でも、俺の足が逃げることを拒んでいる。
ここで逃げたら、もう二度と追いつくことできない気がした。追いかけることができない気がした。
そうなるぐらいなら……。
でも、あの人は俺なんかのために命を削って、逃げる時間を稼いでくれている。
(どうする、俺は、どうすればいいんだ!!)
俺は弱かった。正直、少し調子に乗っていた自分がいた。
スキルを手に入れて、浮かれて、強くなっていくのを実感して、だから何でもできると思ってしまっていた。
なんて、愚かなんだ。調子に乗っていいことなんてないことぐらい、自分がよくわかっていたはずなのに。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
ジャイアントコボルトが持つ大剣に白いオーラが奔流し始める。
(あれは!?)
「逃げてください!!」
「え?」
俺の口が咄嗟に開いた。
その瞬間、魔法攻撃がピタリと止まり、その隙を【脅威種】ジャイアントコボルトは見逃さなかった。
瞬時に彼女に向かって、大剣を構えながら足を蹴り上げて加速し、その勢いのまま。
「【◇◇◇】!!」
「あっ———」
よける間もなく、その一撃は女性探索者の頭ごと切り飛ばした。
飛び散る真っ赤な血しぶき。
俺は、初めて目の前で人が死ぬ瞬間を見た。
「…………あ」
(俺のせい?)
「うぅぅぅぅぅぅぅぅ」
ジャイアントコボルトはこちらを覗くと、足を俺のほうへとむけて歩き出す。
(……落ち着け!落ち着け!!)
心音が今まで以上に高鳴り、冷や汗がぽたぽたと垂れる。
冷静になるんだ。冷静をかくな。探索者は死ぬことなんて珍しくない。だから、目の前で死んだ人のことを今は考えるな。
頭の中では理解している。でも、初めてだった。人が死ぬ瞬間を見るのは。
人はあんなにも簡単に死ぬ。まるでそこら辺にある石ころを偶然見つけて、それを潰すように。
絶望はしなかった。何度も味わったことがあるから。でも、人が死ぬ瞬間を見たとき、俺は、死の恐怖がこみ上げそうになった。
俺もあんな風に簡単に殺されてしまうのだろうか。
後ろ振り向きたくなる俺の心は、抑え込んでいた恐怖を呼び覚ます。
「い、いや——まだ、まだ死ねない」
だけど、俺の心はすぐに前を向いた。
恐怖を覚え、ガクガクだった足を持ち上げ、立ち上がる。
「はぁはぁはぁはぁはぁ」
【脅威種】ジャイアントコボルトは魔法攻撃で負傷しているものの、いまだ健在。
勝ち目はほぼない。
でも、ここで一つ思うことがある。この置かれている状況の中で、もし、もしもだ。
由紀さんが俺と同じ状況に陥ったら、どうするのだろうか。
(逃げるだろうか?立ち向かうだろうか?)
きっと、由紀さんなら立ち向かう。だって、逃げていたら、あの境地まで上り詰めることはできないだろうから。
なら、今ここで逃げることは果たして正解なのだろうか。逃げ先に俺の成長はあるのだろうか。ジャイアントコボルトと初めて、相対したときは、由紀さんに助けられ、二回目は逃げるのが精一杯で、そして。
三回目もまた逃げるのか。助けられて、逃げて、そんなで本当に由紀さんに追いつくことができるのか。
無理だ。無理に決まっている。
由紀さんなら逃げない。由紀さんなら立ち向かう。
なら!!
「死に物狂いで、抗ってやる!!」
再び、闘志を燃え盛った。恐怖は残っている。けど、その恐怖がさらに一歩、俺を前へと押し出してくれる。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「こいよ。ジャイアントコボルト、俺はまだ、戦えるぞ!!」
体の節々が軋むように痛い。
でも、そんな痛みすら忘れるほどに、飢えている。
「こいッ!!」
俺とジャイアントコボルトは同時に駆け出した。
もはや、俺に邪念はない。ただひたすらに前へと踏み出すだけ。
たとえここで、死んでもきっと、悔いなく死ぬことができるだろう。
そう思ったとき、俺が通った道から優しくも鋭い風が吹き抜けた。
俺は、その風を感じた時、ふと由紀さんの顔が思い浮かんだ。
「トントントントン」と駆け抜けると足音は徐々に近づき。
その音に気付いたのか、【脅威種】ジャイアントコボルトは後ろ振り向いた。
その瞬間、目にもとまらぬ速さの斬撃を見た。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
苦しむジャイアントコボルトはそのまま後退していった。
そして。
「だ、大丈夫?日向君」
目の前に女神が舞い降りた。
「ゆ、由紀さん————」
レイピアを携え、銀髪のなびかせながら、まるで物語の主人公のようにその女神は目の前に現れた。
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