第30話 血濡れた赤い糸

 ダンジョン5層。


 今までの1層から4層までとは、雰囲気がガラッと変わり、真っ白な壁が道を通して続いている。


 不気味なほどに真っ白でよく見ると濁った白色に見え、魔物の気配は一切ない。


 無音、声を出せば声が反響して聞こえてくる。


「なんか、気持ち悪いな……」


 その一言が正直な感想だった。


 この気持ち悪さは、雰囲気が変わったのが原因ではなく、静けさにこの感情を感じていた。


 不気味な雰囲気なんて、ダンジョンでたくさん経験しているし、何回も挑めば慣れてくるものだ。


 だが、この5層は違う。何か違う。


 その原因が何なのかが、俺にはまだ分からない。


 ただ一つ俺の勘が言っているのは。


『危険だ』


魔物が放つ殺気も感じらないこの空間。


「よし、行こう」


 俺は、勇気を振り絞って奥へと進む。


 しばらく、奥へ進み続けると、ふと思う。


「静かすぎるな」


 いくら歩いても、不自然なほどに魔物とくわさない。


 湾曲わんきょくした道なり、壁の白さも全く分からず、視界にはひたすら壁と石ころしか映っていない。


 これほど、静かなダンジョン層があるだろうか。


 (もしかすると、あの事件が影響しているかもしれないが……)


「どうせなら、5層について、菜々花さんに聞けばよかったな」


 5層については、そこまで詳しくない。


 (知っているとすれば、特徴ぐらいなんだが……)


「はぁはぁはぁはぁ……」


 心臓が脈打ちように高鳴っていた。


 それはふと、胸に手を置いて初めて気づく。


 本当に嫌な感じがする。背中の筋から悪寒が走る。


 気づけば、俺は片手剣を引き抜いていた。


「なんだろう……」


 すると。


 「トントントントン」と複数の走る足音がこちらに向かって聞こえてくる。


 足音?誰かがこちらに向かってきてる。


 身構える姿勢をとると、奥の道先から、慌てて走り抜ける3人の探索者シーカーが横を通り過ぎた。


「なっ、なんだ!?」


 あの慌てぶり、この先で何かあったのかもしれない。


 (奥へ進むべきか?でも……)


 さっき通り過ぎた3人の探索者シーカーの装備品を見る限り、かなり手馴れている探索者シーカーに俺は見えた。


 つまり、俺よりも強いということだ。


「……ここは撤退するのが、最善な選択なのはわかってる。だけど、……」


 (この状況、きっとこの先には……)


「たっ、助けてくれぇぇぇ~~~」


「え!?」


 さらに奥から一人の男性の声が聞こえた。


「はぁはぁはぁはぁ……おい、そこの人!何している!!早く逃げろ!!」


 焦っていることは見てわかる。だが、少し変だ。


「何かあったんですか?」


「あ、ああ……現れたんだよ、5層に……」


「現れた?一体何が……」


「『脅威種』が……」


「……え」


 『脅威種』ってたしか、異常なまでに成長する魔物のことだよな。


 そんな魔物が5層に……。


 その時、目の前にいる見知らぬ探索者シーカーが怯えてた表情を見せる。


「ど、どうしたんですか?」


「あ、いえその……」


 なぜ、この人は怯えているのだろう。まぁ、大体予想はつくが……。「

 と思うものの、俺の中では今、好奇心が沸いていた。


 『脅威種』、もし俺がそんな強敵を倒せたら、どれほど成長できるだろうか。


 そう思うと、ワクワクが止まらない、戦いたいと思ってしまう。


 そうか、なぜこの探索者シーカーがおびえているのか分かった。


「その『脅威種』はこの先にいるんですか?」


「あ、ああ、そうだが……ってお前まさか!?」


「それじゃあ、俺は行ってきますんで、これで……」


「ちょっと待って!!」


 俺がこの先へ行こうとすると、見ず知らずの探索者シーカーが俺の手を掴む。


「どこへ行こうとしているんだ!さっき言ったはずだ。『脅威種』がいるって!!」


「……だから?」


「はぁ?頭おかしんじゃないのか!死にたいのか!!」


 この人はなぜ俺のことを止めようとするのだろうか。


 たしかに、この先は危険だろうけど。


「死ぬつもりはないよ。でも俺は強くなりたいから」


「つ、強くなりたい?」


「そう、まぁあなたには関係のないことだよ。俺は行く。あなたは逃げる。それだけだ。だから手を放してほしい」


 その言葉に見ず知らずの探索者シーカーは思う。


 この探索者シーカーは頭がおかしいのではないかと。


 普通の探索者シーカーは何よりも命を大切にする。それが普通でそれが常識だ。


 いくら強くなりたいからと言って、人生は一度っきりで、命は一つしかないわけだ。


 そんな中、いくら強くなるためとはいえ、命を懸ける奴なんてバカ以外にいない。


 大体は自分より少し強いか弱いか、そこら辺を相手にして強くなるのが、一番効率がいいのは当たり前だ。


 なのに、この探索者シーカーは自分よりも遥かに強い魔物相手がいる場所へと向かおうとしている。


 愚かだと言いたいぐらいに無謀過ぎる。


「何をしに行くのか、聞いてもいいですか?」


「……もちろん、戦いに」


 やっぱりそうか、この時、僕はなぜこの人が嬉しそうに微笑んでいたのか分かった気がした。


「分かりました」


 そう言って、握った手を離した。


「君が何を思って俺を止めたのか、なんとなくわかるけど、一つだけ聞いていいかな?」


「あ、はい」


「君は何のために探索者シーカーをしているの?」


 その質問に彼は考え込むように黙った。


「それじゃあ、俺は行くから」


 そう言って、俺は奥へと走り抜けていった。


「僕が何のために、探索者シーカーに……」



 奥へ進んでいくと、少しずつ血の香りが漂ってくる。


「この匂い——」


 今思えば、不思議だった。


 最初に出会った3人の探索者シーカーに加え、後から出会った一人の探索者シーカー


 計4名は明らかに探索者シーカーの数が少ない。


 だってダンジョンの5層だよ?いくら事件があったとはいえ、この3,4倍の数はいてもおかしくない。


 何より、さっき話した探索者シーカー、『脅威種』がいると言っているわりには、焦りが前の探索者達シーカーより、冷静だった。


 恐らく、このことを伝えるために、ほかの仲間が、送った伝達役だろう。


 でなければ、あまりにも傷がなさすぎる。


 血の匂いをたどりながら、さらに奥へと進んでいくと、広い円柱状の広間に出る。


 そこには。


「———こ、これは!?」


 血生臭い香りが充満していた。


 鼻につく匂い、今すぐにでも鼻を抑えたいのに、それをさせないほどの光景が目の前で広がっていた。


 あちこちに散らばっている探索者シーカーの死体に、まだ生きている探索者シーカーは苦しそうに唸り声を上げている。


 そこはまるで血の悲惨劇場のようだった。


「…………」


 沈黙、言葉を発することすら、もうできなくなっていた。


 見ることしかできなかった。


 「ドスンッ!ドスンッ!ドスンッ!ドスンッ!ドスンッ!」と地を揺らすほどの足音が奥から聞こえてくる。


 赤い瞳孔がこちらを覗く。灼熱のように燃え上がる皮膚、右目は傷で閉ざしている。


「ま、まさか……」


 その姿を見て、俺は初めてその場で言葉を発することができた。


 燃え盛る赤い皮膚、右手には大きな大剣を携え、右目は誰かに傷つけられた跡があり、閉ざしている。


 俺は、この魔物を知っている。


 すると、脳裏にとある記憶が蘇る。



『その激戦をしたジャイアントコボルトは今、どうしているんでしょうね?』



 水瀬さんが言っていた言葉はこういうことか。


 あの1層での戦いで俺は、見違えるほどに強くなった自信がある。


 きっとこういうのをターニングポイントというのだろうけど。


 それは、俺だけではなかったようだ。


「お前と再び出会うなんて、本当に運命を感じるよ。お前もそう思うよな、ジャイアントコボルトぉぉ!!」


 明確な敵意を、目の前にいる【脅威種】ジャイアントコボルトに向けた。


「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!ふんッ!!」


 それに呼応するようにこの空間に雄叫びを轟かせた。


 分かってる、この迫力、殺気、獲物を逃がさない赤い瞳、今の俺では勝てる魔物じゃないことは。


 この数週間で鍛えられた洗練された肉体、武器も奪ったのか、棍棒ではなく大剣だ。


 どれだけ、探索者シーカーを殺してきたのだろう。


「はは……笑えないな」


 だが、俺の口角は自然と上がっている。


 体は震えているし、足も震えている。


 きっと、俺はこの強敵に怯えているんだ。


 (でも、でも、でも、でも、でも!!)


 俺は今、圧倒的な力を持つジャイアントコボルトを前にして、笑っている。


 そうだ、この震えは恐怖じゃない、武者震いだ。


 だから、片手剣を構えて、前へと一歩を踏み出す。


「再戦だ!ジャイアントコボルト!!次こそ、俺がお前を倒すッ!!!」


 その時、ジャイアントコボルトは喜ぶようにニヤリと笑った気がした。


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