第29話 ダンジョン5層へ続く階段

 ダンジョン4層。


 俺は、いつも通り魔物を狩り回っていた。


「はぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 ケルベロス、前回は苦戦した魔物だが。


 狭い空洞内での戦闘は、ナイフのような振り回しても壁に引っかからない武器が最適だ。


 雄叫びをとどかせ、迫りくるケルベロスの猛攻をよけながら、隙を見てはナイフを器用に使い、かさず切りつける。


「前より、全然大したことないな」


 学習する特性を持つ魔物、ケルベロスはたしかに強敵だが、スピードや攻撃にてんずる際の初動、全てが遅い。


 (やっぱり、ケルベロスの動きがよく見えるな)


「ふんっ!!」


 攻撃に転ずる瞬間、俺のスピードはケルベロスを超えて、一瞬で背後に回り込んだ。


 そして、そのまま脊髄せきずい辺りをナイフで突き刺した。


「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 そのまま、ケルベロスは悶えながら倒れ込み、即死した。


「———よし」


 つい最近まで、苦戦を強いられていたケルベロスがこうもあっさり倒すことができた。


 だが、俺は今のこの現状に現実味を感じていなかった。


「おっ、なかなか大きい魔石だな」


 俺は、ケルベロスから大きい魔石をポケットに入れる。


 これだけで、50万はくだらないかもしれない。


「え、えへへへへ」


 金がたまる、これほど嬉しいことはない。


 すでに、妹の学費も溜まっているし、なんなら少し金銭的にも余裕がある。


 が、この余裕もダンジョン5層を超えれば、なくなるだろう。


 菜々花さんから聞いた話だと、パーティーを組んでいない探索者シーカーは5層を超えるとまず、無傷での帰還が難しいとのことだ。


 それはつまり、それほど強い凶暴な魔物がうろついているということ。


 そこで必要になってくるのが、回復薬ポーションだ。


 回復薬ポーションは、パーティーを組むならまず、必須需品になってくる高価なアイテム。


 下級回復薬ポーション(下)でも一つ、100万。中級回復薬ポーション(中)で一つ、300万。上級回復薬ポーション(上)で一つ、500万。特級回復薬ポーション(特上)で一つ、1000万。


 と、ものすごく高い。


 しかも、下級回復薬ポーション(下)は高いくせにコスパが悪く買うなら中級回復薬ポーション(中)が鉄則。


 それでも、一つ、300万。それが毎日のようにかかるのだ。


「あ~~考えるだけでも頭が……」


 回復薬は遅かれ早かれ必要になってくる。


 その為にも、しっかりとお金を貯めないといけない。


 だから結局、俺は、貧乏のままなのだ。


「まぁ、5層より下に行かなきゃいい話なんだけどな」


 (とにかく、今はお金稼ぎだ)


「よし!!頑張るぞ!!えい、えい、お~~!!!」


 俺は、そこから片っ端から4層の魔物を狩っていった。


 ケルベロスはもちろん、ハチーやベアウルフと戦い魔石を回収。


 そして。


「こ、これは……」


 ダンジョン4層で見つけた細長い道。


 よくのぞいてみると、奥のほうで薄っすらと青色に輝いている部分がある。


 俺は、周りを警戒しながら、慎重に前へ進むと。


「……なぁ!?」


 青色に輝いている部分の正体に俺は驚愕する。


 青色に輝く5っの花びら、そこにはポツンと一つだけ咲いており、周りを照らしている。


「もしかして、月光花げっこう……なのか」


 月光花げっこう、それは回復薬ポーションの原材料によく使われる植物。


 しかも、希少なため高額で売れる。


「今日の俺、運がいいぞ……」


 俺は、月光花げっこうを慎重に傷つけないように採取し、ポケットに入れる。


「これだけでも、100万はくだらないぞ」


 ルンルンにステップを踏みながら、前へと進み、さらに魔物を狩り続けた。


「ふぅ~~これで30匹目か」


 さすが、4層だ。3層とは比べ物にならないほどに広い。


 かれこれ、3時間ぐらい潜っているけど、5層に続く階段が見つからないし、むしろ進めば進むほど魔物も多くなっている。


「今日はもう切り上げるべきか……でも、5層への階段だけは見つけておきたいしな」


 けど、俺の体力的にも一度休憩をとったほうがいい頃合いだ。


 そうだな。ここは一度、休憩をとって、体力を回復させよう。


 俺は、ナイフを壁に当て、思いっきり深く、切りつけた。


 壁に何度もナイフで切りつけ、ある程度壁がボロボロになると、その手を止めた。


「これで、10分は大丈夫だろう」


 魔物は自然に発生する。


 だが、それを一時的に食い止める手段が実はある。


 それは、ダンジョンの壁を傷つけることだ。


 どういう理屈かはわかっていないが、ダンジョンの壁を傷つけると、一時的に魔物の自然発生を止めることができるらしい。


 もちろん、傷つけた壁はゆっくりと修復される。


「ふぅ~~休憩っと」


 俺は、壁にもたれかかり、体を休める姿勢をとる。


 壁にもたれかかると、体の力が一気に抜けていく感覚に襲われ、眠気が迫ってきた。


 その感覚を感じて、わかる。自分でも気づかない体の疲労が蓄積されていたことに。


「まだまだだ。俺は、まだ戦える———」


 由紀さんに追いつくためには、もっと戦わないといけないんだ。


 スキルを手に入れて、やっとスタートラインに立って、そんな奇跡の連続に恵まれて。


 俺は、立ち止まっているわけにはいかない。前へ進まないといけない、じゃあないと目標は遠のいていくばかり、努力を怠けたら、そこで今度こそ俺は……。


「そろそろ、休憩は終わりだな」


 俺は、ゆっくりと立ち上がり、もたれかかった壁を見ると、傷つけた壁が修復されている。


「ふぅ~~」


 今思えば、こうして俺がダンジョン4層にいることが奇跡のようなものだった。


 レベル・1のスキル『なし』、探索者シーカーとしては絶望的なスタートラインで、上を見ることすら、おこがましい立ち位置にいた。


 そんな俺がやっと上を見て前へと踏み出し、こうしてここまで来ることができた。


 ここまでの経緯がすべて奇跡で、昔の俺からしたら、ありえないと断固として言うだろう。


 だから俺は、このチャンスを逃さない。


 こうして、前へ突き進めることが当たり前とは思わない。


 俺は必ず、追いついて見せるんだ。


 しばらく、魔物を狩りながら、進むとついに俺は、見つける。


「ここが5層へ続く階段———」


 作りは他の層へと続く階段とそう変わらず、螺旋状に続く階段は奥底へと続いていた。


「…………行くか?」


 ふとそんな考えが思い浮かぶ。


 (菜々花さんからは行かないようにと言われたけど、少しぐらいならいいよな?)


 別に行く必要なんてないし、今日の目標の一つである5層へ続く階段も見つけたし、正直、帰ったほうがいいのは明白。


 だが……。


「少しぐらい、いいよ、な……」


 本当はあまりよくないと思うけど、別に奥へ進まなければ大丈夫なはずだ。


 俺は、慎重に階段を下りていった。

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