第26話 水瀬京香さんの正体 答え

 この街全土を見渡せる唯一の展望台。


 そこに、京香を担いだ朱里が訪れる。


「京香様、そろそろ気絶するふりをやめてください———重たいです」


 そう京香に語りかけると、瞳がパッと開き。


「あっごめん、ごめんでっす!!」


 そう言って、空中で一回転しながら、ストっと体操選手のように着地する。


 そして、着地した先の光景は見惚れるほどの絶景があった。


「——いい景色です」


 朱里の瞳よりも、さらに濁った青い瞳で街全土を見渡した。


 普通に暮らす一般人から探索者シーカー、建物だと、探索者協会シーカーきょうかいなど、全てがよく見える。


 そんな光景を見て、綺麗ですっと言いながら京香は笑う。


「見惚れるほどにいい景色ですか?私から見れば、いつもと変わらぬ光景ですが……」


「わかってないですね。変わらないからこそ、いいのですよ、変わらないからこそ……ね」


 瞳はまっすぐに、街を見渡している、その奥底には憐れみと悲しみ、そして優しさに満ち溢れていた。


 京香様は一体、何を思ってこの絶景を見渡しているのだろう。


「それより、一つお聞きしてもよろしいですか?京香様……」


「なんですか?朱里ちゃんの質問にはなんでも答えてあげるですよ!」


「どうして、日向様と接触なさったのですか?ダンジョンマスターの命令では、あくまで監視のみだったはずです」


 その質問には京香はニヤリと笑いながら。


「だって、見てしまったですから」


「見てしまった?いったい何を?」


「日向さんの表情……最初は私も監視するだけでとどめるつもりでしたが、たまたま見てしまったんです。ダンジョン内での彼の探索者シーカーとして戦う姿———ただ強くなるために戦い続け、食らいつく本能の化け物———あれを見て私は心臓が飛び出しそうになるほどに高鳴ったのです!!」


 その時の京香はとても楽しそうに語った。


 まるで、かわいいペットを見つけたかのように、きっと好奇心で語っているのだろう。


「化け物ですか———しかし、日向様はたしか、レベル・1のスキル『なし』でしたよね?そんな彼が、力を求めるだなんて、とても考えられませんが……」


「だったら、自分の目で確かめてみるです、朱里ちゃん。みんな、誰しもが、自分で見たものしか信じられない生き物です。一度見れば、きっと朱里ちゃんも私の言葉を理解できるです!」


「———そうですね、京香様の言う通りです。では、後日にも確認すると致しましょう」


「そうするといいです。日向さんはきっと強くなるですよ。それこそ、私よりももっと強くなる、そんな気がするです」


 期待の眼差しを輝かせ、街全土を見渡す。


 京香様のことは私ですら計り知れない、知略を持っている。


 見た目で騙される者が多いが、京香様が自ら動くということは、すでに筋書きが用意されているということだ。


 全てが京香様の掌の上、そう、かのダンジョンマスターでさえも。


「どうしたですか、朱里ちゃん。やけに、私をじろじろ見て———」


「いえ、今日は一段と楽しそうだなと思いまして」


 京香様は、いつも笑顔ではない。いや、むしろ少ない場面が多いと私は認識している。


 だが、今日一日の京香様は常に笑顔だった。


 朝から始まり、ここまでのその1日すべてが。


「朱里ちゃんにはそう見えるんですね。さすが、私の右腕です!!」


 そう私は、京香様の右腕、京香様のために生まれ、京香様のために身を捧げ、京香様のために、命をささげる。それが私の生きる意味であり、生きるための道しるべ。


「———そうです、京香様。ダンジョンマスターから新たな情報が届いていました」


「新たな情報ですか?」


「はい。最近、ダンジョン5層で奇妙な魔物が暴れまわっているそうです。しかも、その魔物の想定レベルは最低3以上———」 


 その言葉を聞くと京香は眼を大きく見開いてこちらを見た。


「それは、問題ですね。5層でレベル・3以上は若き未来のある探索者シーカーがみんな死んでしまうです。——それで、私は、どうすればいいのです?」


「それが、ほっておけとのことでした」


「つまり、誰にも依頼しないってことですか?」


「そのように捉えることもできますが……」


 しばらく、京香は頭をかしげ、初めて街全土の絶景から視界を外した。


 このように京香様が一度考え始めると、ひらめくまで自分の世界へと入ってしまう。


 京香様は、私では計り知れない考えをお持ちになっている。だから、私は、静かに戻ってくるのを待つのです。


 しばらくすると。


「————そういうことですか、ダンジョンマスター」


 口を開くと同時にニヤリと笑った。


 この閃いたような表情は確信に至った表情だ。


「何かわかったのですか?」


「うん。でも、ごめんです。朱里ちゃんにちょっと教えれないです」


「それはいいのですが……」


 京香様が楽しそうに笑っている。


 日が暮れ始め、夕暮れが京香の上半身を照らす。


 その時、京香様の笑顔が別物に見えた。


 獲物を求めるような笑顔、好奇心や期待、その笑顔からは色んな感情を私は、読み取れた。


 なんて表現していいか分からない。


 ただ、もしこの光景を一言で表すなら。



獰猛どうもう



 その笑いはとても荒々しかったのだ。


「あっ、もう日が暮れてる。帰らないとです。朱里ちゃん、帰るですよ!!」


「分かりました。それでは、車を呼びますね」


「お願いなのです!!」


 私程度では、京香様を完全に理解することはできない。


 京香様の笑顔、仕草や動きから何を示しているのか、何の意味があるのか、それを理解するほどの知力と力を私は持ち合わせていない。


 だが、わざわざ理解する必要などない。


 だって、京香様の存在を知れば、きっと誰も理解しようだなんてしないのだから。


「車の用意ができました。帰りましょう」


「早いですね。さすが、朱里ちゃん!!」


 満遍な笑顔をこちらに向けた。


 その笑顔を見るだけで、私は微笑ましく感じる。


 展望台を降りた先に一つ、高級車が止まっているのが見える。


 その入り口には黒いスーツを着た男二人組が立っていた。



「「今日もお疲れ様でした!桜木京香様!!」」



「うんうん。ご苦労様です!!」


 黒色のスーツを着た二人組が深く頭を下げる。


 そのお方こそ、桜木家の頂点にして、桜木家のすべてを握る権力を持ち、最前線でも活躍する最強を誇る探索者シーカーの一人、世界で数人しか存在しない、『レベル・8、桜木京香さくらぎきょうか』。


 年齢にして22歳でレベル・8に到達した探索者シーカー、彼女の顔を知る者は言わずもながら本家の方、もしくはダンジョンマスターしか知らず、一般の者や探索者シーカーは知ることができない。


 京香様の前では、ほとんどの探索者シーカーなど、そこら辺で飛んでいるハエと同じなのだ。



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