第17話 怪我を負っても俺はダンジョンに向かう

 久しぶりの高校に俺は憂鬱を感じている。


「はぁ~~~~」


「お兄ちゃん……筋トレしながらため息をつくのやめてくれない……」


 俺は今、リビングで筋トレをしている。なぜ、俺が外ではなく、リビングで筋トレをしているのか、その原因は左腕のギプスだ。


 左腕が使えないという筋トレの妨害。


 考えもしなかった。片手が使えないだけで、筋トレのできる幅がすごく減ることに。


「まさか、ここまで、筋トレができないなんて……」


 そういいながら、体中の水分を搾り取った汗をかきながら腹筋をこなす。それを見る愛華の目はまるで汚物を見ているようだった。


「お兄ちゃん……きもいよ」


「こらっ!お兄ちゃんをきもいといわない!!」


「だったら、リビングで筋トレしないでよ」


「それは、ごもっとも——」


 そんな会話をしながら、朝を過ごす。


 その後は、朝ご飯を一緒に食べて、俺はいち早く支度をして玄関に向かった。


「よし、じゃあ俺は、先に行くから。しっかり、カギ閉めるんだぞ」


「わかってるよ。子ども扱いしないで……」


「はいはい」


 俺は、愛華より家を出るのが早い。


 それがなぜなのか、それは、今日が日直当番だからだ。


「なんで、朝からこんなことを」


 探索者育成高等学校、普通学科の日直の朝は早い。


 まず、朝一に教室に向かい、教室と窓を開けて喚起かんきをする。


 そしたら、花に水をやり、日誌を先生から預かる。


 ここまでは楽な仕事だ。


 だが、この高校には一つめんどくさい日直の仕事がある。


 この高校特有の日直の仕事、それは、朝の教室掃除。


 これに関してはよくわからんが、なぜか朝一に日直当番の二人が教室の掃除をしなくてはならない。


 床の掃除から窓まですべてだ。


「はぁ~~退院してからの学校でこれは——気分が落ちるな」


 俺は今、窓を拭いている。


 実に地味な作業だ。


「柊くんも運が悪いよね……左腕の骨折に加えての日直って……」


「ため息しか出ないよ~~本当に……」


 隣でほうきで掃いているのは同じく探索者育成高等学校、普通学科1年の高宮凛たかみやりんさんだ。


 青い髪色のポニーテールのひとつ結び、透き通った葵の瞳は、まるでアクアマリンのように美しくまるで輝く宝石のような人。


「あんまり、無茶しないでよね。こけて余計にケガして困るのは私なんだから」


「なんで、高宮さんが困るんだよ」


「それは……もう!バカッ!!」


 なぜか、怒られる始末に戸惑う俺。


 俺はおとなしく、窓を拭き続け、ほかの仕事は全部、高宮さんがやってくれた。


「ありがとう、高宮さん」


「いいのよ。けが人はおとなしくしていればいいの、わかった?」


「けが人って左腕の骨折ぐらいで……」


「ぐらいって普通に大怪我でしょ」


「そ、そうかな?でも、探索者シーカーとして働いていたら、腕や足がなくなるなんてざらだしな」


「それは、探索者シーカーが特殊なだけだと思うけど、それにそういう探索者シーカーは大体が前線でダンジョン攻略のために頑張っている人達だけでしょ?」


「それは、たしかに……」


「はぁ~柊くんの将来が心配だよ……私は……」


 朝の日直当番が終わり、暇つぶしに二人で会話をしていると、ぞろぞろと登校する生徒たちが教室に入ってくる。


「じゃあ、また帰りね」


「うん」


 こうして俺は自分の席に座る。


 騒がしいクラスメイト達は、グループを作りながら、楽しく会話を楽しんでいる。


 すると、一人の生徒が俺に話しかける。


「おはよう!日向!!」


「おはよう、たちばなくん——」


 俺に挨拶しながら、前の席に座る生徒の名前は橘京介たちばなきょうすけ


 高校の中で唯一の俺の友達だ。


「日向、聞いたぞ。ダンジョンで無理したらしいな……」


「無理って左腕が骨折しただけだよ」


「骨折しただけって、探索者シーカーを毎日続けると、こうも常識がずれていくんだな。中学生の頃の日向に今の日向の姿を見せてやりたいぜ」


「橘くんはとにかくその臭い口を閉じようか?」


「ひどくないかっ!!」


 橘京介とは中学からの付き合いで、俺が高校をここに決めると、「俺もそこにする!!」って言ってついてきた変わり者だ。


 特別仲がいいわけではなかった俺たちだが、橘くんがしつこく絡んできた経緯けいいがあり、気づけばよく絡むようになっていた。


 今では、こうして仲良くしているが、俺は一応、距離を少しおいている。


 別にそこまでする必要はないのだが、探索者シーカー界隈かいわいで俺の名はあまりいい評判がない。


 いや、むしろ悪い。なんせ、レベル・3の千住正志でさえ、俺の名前を知っているぐらいだ。


 それほど、スキル『なし』が登場したことは探索者シーカーにとって大きなニュースだった。


 と言ってもいじってくるのは新人から中堅の探索者シーカーだけだが。


「だったら、余計のことを言わないでくれ、ほらもうすぐ授業が始まるぞ」


「おっと、やばい、やばい……」


 それから授業が順調に進んでいき、お昼放課に。


「懲りない人だな……」


 屋上でぼそぼそとお昼を食べている俺は、久しぶりに外で訓練に励んでいる探索者シーカーを眺める。


「千住君はなんであそこまで俺に固執するんだ?」


 久しぶりの学校、俺が登校してきたと知って、千住君がまた教室に訪れた。


 どうやら、俺は、本当に千住君に嫌われているらしい。


「はぁ~~これはしばらく屋上飯になりそうだな」


 ただでさえ、左腕が使えなくて不便だと言うのに勘弁してほしいよ。


「はむっ……この玉子焼きうまいな……さすが自慢の妹、きっといいお嫁さんになるな」


 お昼ご飯を食べ終え、千住君と接近しないように気を張りながら、なんとか授業を終える。


 帰りの挨拶が終わると、日直当番、最後の仕事に取り掛かろうとすると。


「え……」


「だから、今日は私がやっておくから、帰っていいよ」


「で、でも……」


「いいの!柊くんは怪我人なんだから、大人しく家に帰りなさい!!」


「あ、はい……」


 日直の仕事をやろうとするも、高宮さんに帰るように強く言われた。


 そのまま、素直に家に帰るも、俺の心境しんきょうは少し複雑だった。


「ごめんなさい、高宮さん」


 俺は、ダンジョンへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る