第11話 ふと昔のことを思い出す 前半

 気持ちがいい、温かい、とても温かい。


 ゆっくりと沈んでいく感覚は、もうねむってしまってもいいとさえ思える。


 (ここは海?)


 海なら納得できる。


 沈むにつれて、暖かくなる体温。


 もうこのままでいいと思わせてくれる。


 そういえば、なんで俺、こんなところにいるんだっけ。


 (そもそも、俺って、誰?)


 記憶がおぼろげだった。


 思い出そうとすると、頭に激痛が走る。


 うぅ……まぁ、いいか。


 何もかもがどうでもよく感じてきた。


 沈んでいく気持ちよさ、そのまま眠りにつけば、きっと楽になれるんだろうな。


 そう思った瞬間。


 (あっ)


 ふと、激痛とともに、記憶がフラッシュバックする。


 (いてて)


 思い出す、自分が何者なのか。


 そして、こんな所にいる場合ではないことに。


 (戻らないと、戻らないと!)


 俺は沈んでいく中で、鉛のように重い右腕を伸ばす。


 すると、目先に一筋の光が灯された。


 直感で俺は、あの光を掴まないといけないと思った。


 必死に右手を伸ばす。


 (届け、届け、届け!!)


 掴めそうで掴めない。


 あとちょっと、手を伸ばせば届きそうなのに、届かない。


 (え?)


 光が神々しく輝きだし、視界全体を覆った。


 光はこちらに向かって、徐々に広がっていき、体全身を包み込んでいく。


 温かい光、俺は全てを身に任せた。


 すると。


『まだ早い』


 聞いたこともないノイズのような音が聞こえた気がした。


◇◇◇


「……はぁ!?」


 目を覚ませば、視界には見覚えのない真っ白な天井が。


「こ、ここは……」


 ゆっくりと体を起こそうとすると、左腕に違和感を感じた。


 ゆっくりと目線を下へ動かすと、左腕に取り付けられたギプスが見えた。


 それを見た瞬間、すぐに、記憶が蘇っていった。


 ダンジョン内で起こった出来事。


 俺が何をしていたのか、その全てが鮮明に蘇った。


「……病院か」


 周りを見渡して、すぐにここがどこなのか分かった。


 俺がお世話になっている病院というよりも、探索者シーカー全般がお世話になっている病院。

 探索者協会シーカーきょうかいが運営しているダンジョン病院だ。


「まさか、探索者シーカーになって、1ヶ月でお世話になることになるなんてな……」


 とはいえ、俺は、不思議な歓喜に胸が踊っている。


 俺は、ジャイアントコボルトとの戦いで生き残った。


 その実感が、今になって溢れ出しているんだ。


「これで、少しは探索者シーカーとして成長できただろうか」


 そう自分を肯定していると、部屋の扉が開く。


「目を覚ましたんですね、柊さん」


「あ、え~と」


「あ、申し遅れました。ここで医者をしている佐藤です」


「はぁ~」


 高身長に白衣の姿、まるまるメガネをかけた若い男性。


「混乱なされるのも無理はありません。体に痛みはありますか?左腕の痛みは?」


「特には……」


「ふん~痛みはないと、では念の為、最後のメニカムチェックをしましょう」


「わかりました」


「それと、柊さんはすぐに退院を望まれますか?もし望まれるのでしたら、申請をしておきますが……」


「え~と大体入院は何日まで」


「2週間ほどですかね。柊さんの左腕はかなり重症でしたので、観察期間を入れるとそれほどになります」


「2、2週間!?」


 2週間って、2週間あれば、どれだけ稼げるか、うん、申請しよう。


「申請をお願いします」


「わかりました、では30分後にまたお呼びしますので」


「はい」


 そのまま部屋から出ていった。


「入院日数が2週間って、それぐらい、左腕が重症ってことだよな」


 たしかに、左腕の感覚は一切ない。


 動かそうにも、ビクとも動かない。


 まだ、詳しくはわからないから、お医者さんの診断を聞くしかないが。


「そういえば、俺って、どのくらいねむっていたんだろう……」


 30分後、再び佐藤さんが訪れ、診察室へ来るようにと言われた。


 そこで、左腕の状態の確認、血圧から全てを確認し、左腕以外は健康そのものと判断された。


「左腕はまだまだ治療が必要ですが、それが以外は特に大丈夫そうですね。三日後に退院して大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」


 どうやら、左腕以外は大丈夫のようだ。


 俺はほっとしたのか、胸をさすった。


「あ、あの、ひとつ聞きたいことがあるんですけど」


「なんでしょうか?」


「俺って、何時間眠っていたんですか?」


 俺にとって、ダンジョンに潜れなかった時間はとても大きな損失を生む。


 その時間によっては、その分を補う必要がある。


 もしかしたら、退院してからしばらく、ダンジョンに潜りっぱなしになる可能性もある。


「そうですね。運ばれてから、大体5日かほどですね」


「そうですか、5日ほど……5日!?」


 俺は驚きのあまりに、近くにあった机を叩く。


「あ、はい」


 そんな様子見て、ひきつった表情をする佐藤さん。


 そんなに眠っていたのか。


 となると、愛華のことが心配だな。


「え~とですね、話を進めますね」


「あ、お願いします」


「入院中の3日ほどですね。少し特殊な治療をさせていただきます」


「特殊な治療?」


「はい。と言っても身構える必要はありません。今、左腕の感覚がないと思うのですが、実は、特殊な薬を使っておりまして、その薬を抜く治療になります」


「なるほど、わかりました」


 特殊な薬か、だから、左腕の感覚がなかったのか。


 話が終わると、俺は、色々な書類を書かされた。


「疲れた……」


 入院中の部屋に戻り、ベットに横たわる。


 しばらく、天井を見つめていると。


「……暇だな」


 と呟いた。


 学校に行かなくていい、ダンジョンに行かなくていい。


 俺は今、すごく暇を持て余している。


 こんなに暇を感じたのは、小学生以来か。


「そういえば、昔、お父さんに変な作り話を聞かされていたっけ……」


 まだ、俺が小学生3年生のころ、よく聞かされた作り話。


 それが今になって、ふと思い出す。


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