第9話 ジャイアントコボルト 前半戦

「こんな奇跡が起こるなんて」


 ダンジョン1層でのジャイアントコボルトの発生率はかなり低いはずだ。


 なのに、二日連続で出会おうとか、もはや、運命的何かを感じる。


 (生き残れるか?)


 あの時、生き残れたのは、由紀さんがいたからだ。でも、今はない。


「ぐるるるるるるるるぅぅ」


 ジャイアントコボルトはすでにこちらに気づいている。


 でも、こちらに近づく様子はない。


「この前と一緒か……」


 行動からして、前と同じ状況だ。


 (今の俺なら、逃げれるか?)


「…………これは」


 ふと俺の足元を見ると、足が小刻みに震えていることに気付く。


 人はそう簡単には変われない。


 俺がつけた自信は仮初かりそめで、自分よりも大きな力の前では無力なもの。


「いや、こういう時こそ、挑むべきだ」


 (探索者シーカーが成長するにはどうすればいいのだろうか?)


 経験を積むこと?知識を積むこと?いや、違う。


 答えは。



『自分よりもより強き者と戦い、打倒すること』



 安全を優先する探索者シーカーはすぐに成長が止まる。


 俺はそう考えている。


 なら、今、目の前のいる強敵を俺が殺せば、それは、探索者シーカーとしての成長につながるのではないのか。  


 俺は今、自らの限界を知りたがっている。


 心音の高鳴り、恐怖と入り混じりながらも、その心境にはたしかに、戦いたいという決意が宿っている。


 俺の実力はジャイアントコボルトにどこまで通用するのか。


 (試したい!)


 試して、今の限界を知りたい。


 口角がゆっくりと上がる。


 しかし、俺はそれに気づかない。


 俺の心は、徐々に戦いたい、実力を試したい、という好奇心に浸食されていった。


「ふぅ~~~こいッ!!」


 一歩も引かずに、闘志を剝き出しにする。


 いまだに足の震えは止まらないし、身長差3倍以上ある魔物に怯えていないはずがない。


 なのに、俺の心はいま、真っ直ぐ目の前にいる魔物に向けて、駆けだそうとしている。


「ぐぅぅぅぅぅ……ふっ」


 笑った、ように見えた。


 たしかに、笑ったように見えた。


 (魔物にも感情が?)


 いや、今はそんなことどうでもいい。


 今はただ、この高鳴る鼓動に、この好奇心に身を任せるだけ。


 俺は、ジャイアントコボルトより先に動き出す。


 1層の空間は大型魔物に対してかなり狭く、窮屈きゅうくつなはずだ。


 つまり、素早く動けないのことは明白。


 なら、魔物周辺の足場を使えば、自然的に魔物の動きが鈍くなる。


 前の時は真っ直ぐ逃げてしまったがため、魔物に攻撃する隙を作ってしまったが、今の戦略なら、十分に戦える。


 魔物の視界を遮るように走り続け、魔物の動きを制限する。


 狙うのはジャイアントコボルトの隙だらけな背後。


 ジャイアントコボルトは俺を追うように視界を左右に振り続ける。


 (狙い通りだ)


 俺を追うのに精一杯なジャイアントコボルト。


 後は体力勝負。


 少しでも、スピードを緩めれば、その隙を突かれてしまう。だから、決してスピードを落としてはならない。


「ぐるるるるぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「なっ!?」


 突然、雄叫びをあげながら、棍棒こんぼうを振り回し始めるジャイアントコボルト。


 左右に大きく振り上げ、地面に何度も叩きつける。


 あれを一撃でも受けたら、死ぬ。


 でも。


「案外、よけられるな」


 ジャイアントコボルトは俺を捉えられていない。


 無作為むさくいに振り回される棍棒こんぼうは、何度も地面に叩きつけた。


「はぁはぁはぁはぁ……」


 隙が無い。


 いや、正確に言うなら一瞬だけ、隙ができる。けど、今の俺には、その隙を付け入るだけのスピードも技術もない。


 (どうする?)


 体力もすでに限界に近い。


 今のジャイアントコボルトの状態では背後を取ることもできない。


 せめて、1秒ぐらいの隙があれば、攻撃できるのに。


「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「はっ!?」


 突然の正確な棍棒こんぼうの一撃。


 俺は、咄嗟とっさにギリギリでよけるが、頬にかすり傷を負う。


 さすがに、そろそろジャイアントコボルトもスピードに慣れてきている。


「がぅ……がぅ……」


 (疲れている?)


 長い時間、棍棒こんぼうを振り回し続けたんだ、疲れるのも当然か。


 (……これはチャンスだ)


 俺は、急ブレーキをかけて、立ち止まる。


「ぐるるるるるるるるぅぅ……」


「こいっ!!!!」


 (真正面から受け止めてやる!!)


「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 足を止めた俺を視線から捉えるジャイアントコボルト。


 息を荒くしながら、力強く棍棒こんぼうを持ち上げ、思いっきり振り下ろす。


 (やばい、怖い)


 降りかかる棍棒こんぼう、向けられるとわかる死の直感。 


 探索者シーカーのみんな、いつもこんな魔物を相手に戦っているのか。


 昨日の俺なら、きっとここで腰を抜かしている。


 でも、今の俺は、なぜか、ワクワクドキドキと興奮している。


 ジャイアントコボルトの様子を見れば、疲れているのは明白。


 この攻撃を防げば、必ず大きな隙が生まれるはずだ。


 ジャイアントコボルトの雄叫びが響き渡る中、俺は、冷静さを保ち、よける瞬間をうかがう。


 その時、不思議なことに降りかかる棍棒こんぼうがスローモーションに見えた。


 少しでも、早くよければ、すぐに対応されるのは目に見えている。


 ギリギリまで、ギリギリまで、攻撃を俺に引き寄せるんだ。


 (我慢しろ、我慢しろ、我慢しろ!)


 今すぐにでもよけたい気持ちを押さえつけろ、死の近さによけたがる意思を押さえつけろ。


 棍棒こんぼうが後数秒で俺の頭部にたどり着こうとした瞬間。


 時が止まったかのように見えた。


 棍棒こんぼうがあと数センチのところで静止しているような不思議な感覚。


 青い光が俺の体を包み込んだ。


 俺は、ゆっくりと右に重心をかけ、最小限の動きでよけ。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 最初で最後の隙。


 これを逃せば、間違いなく次はない。


 俺は、ジャイアントコボルトの右腕を足場にして踏み込み、大きく飛び跳ねる。


 狙うは喉元。


 俺の力じゃ、刃が通るからわからない。


 なら上からかかる重力を味方につけて、思いっきり喉元に突き刺す。


 (それしかない!!)


 疲れ切っているジャイアントコボルトは次の行動に移すまで時間がかかるはずだ。


「あああああああああああああッッ!!」


 俺は、喉を震わせながら、ジャイアントコボルトの喉元に剣を突き刺す。


 だが。


「バキンッ!!」


 その時、鉄が崩れる不協和音が響き渡たった。


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