第9花 だったらいいな

「も、もう下ろしていいよっ」


「ぽ……」


 さきが慌てたように言うと、シトは残念そうに彼女を下ろした。


「ごめんね。嫌だったわけじゃないんだ。男の人に優しくしてもらった記憶ないから、慣れなくて。あれ、いや、誰かいたような……。いや、ただの希望だね。私に優しくしてくれた人、いたらいいなっていう」


 咲は淡々と話したが、声には寂しさが灯っていた。


「ぽぽぽ?」


 シトは心配そうに咲を覗き込んだ。


「大丈夫大丈夫。希望的観測で動いたっていいことないのわかってるから。でも、少し、疲れちゃったな……。さっきのくろ浜茄子ハマナスを倒して、近くに花はないから、ここで休もっか……」


 咲は瓦礫を退かすと、その場に座り込んだ。疲労が蓄積されていたのか、まぶたと頭が段々下がっていく。


「本当はさ……、建物の中とかで休んだ方が安全なんだけど……、ないからね……」


「ぽ?」


「だから……、黒浜茄子となった、何かが襲ってきたら……。私を置いて、逃げてね……」


「ぽ」


「私ね、思っちゃったんだ……。あんな種が落ちたのは、この町だけで……、隣町に行ったら……、みんな普通に、生活してるんじゃ、ないかって……」


「ぽぽ?」


「だからね、隣町に行くのも、ありかなって……。そして、行って、あの花のことを話したら……。そりゃ怖い夢でも見たんだろ、って……、笑い飛ばして、くれないかなって……」


「ぽ……」


「でも、シト大きいから……、受け入れてもらえなかったら……、違う町に、行って、一緒に、いよう……」


 咲の言葉は止まった。


「ぽぽぽ?」


 不思議そうにシトが咲を除き込むと、静かに寝息を立てていた。


「——ぽぽ」


 それを見たシトは、穏やかな優しい笑みで、咲を守るように上から覆い、自分も座った。




  ⁂⁂⁂⁂




 咲は、夢を見ていた。


『咲』


 誰かが。


『咲!』


 シトに似た声の誰かが。


『逃げるんだ咲!』


 必死に叫ぶのを。


 だが、顔はわからない。夢だからか、顔は黒いクレヨンのようなもので、塗り潰されている。


(シト?)


 自分に優しくしてくれた人間はいない。

 その強い思い込みは、塗り潰された顔を形成していく。クレヨンのようなもので、肌色や黒の様々な色で上から塗り重ねられ。


 シトの顔に。


(やっぱりシトだね。夢でも助けてくれようとするなんて、ありがとう)



 — — — —



 あとがき。


 ぼんやり浮かんできた、“シト”の謎。


 “八尺様”だけど、それだけでは、ありません。


 「お前は誰だー!」と、フォローなどポチして応援してくださると、励みになりますー。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る