対抗
凡才鼠
第1話 ANTI
頭が痛い。悪夢を見ていたわけではなさそうだが、この上ない不快感を覚えた。次に襲ってくるのは、コンクリートが打ちつける腰への冷たさと痛み。私は座りながら寝ていたようだ。
ぼんやりした目を徐々に開けながら、比例して意識を取り戻す。俯く私を立て続けに食らわせてきたのは、気の狂う異常な臭い。辺りには真紅の湖が広がっている。それは、自身の右腕をはじめとした体中にも。
ここで確信した。私は人を殺した。
見覚えのある高齢の男性が、真っ赤に染まった無残な姿。
「
一瞬驚くが、意外にも取り乱すことはなかった。ただ困惑している。非現実的で身に覚えのない光景だ。死体の前で二度寝するのは何か後ろめたく、ぼーっとした。記憶を遡るわけでも、辺りを詮索するわけでもなく。
しばらくすると、私と同じようなスーツを纏った顎髭金髪男が現れた。
「お見事。実に凄いね、
比較的短めな黒髪と頭部を乱雑に撫でられた。まるで私をヒーローかのように讚える。置いてけぼりな私に謎の祝福をぶつける男に苛立ちながら、欠けたピースを集めることにした。
「今までの出来事を全く覚えていないので、一から説明してください」
あらま、と彼は呟いて付着したそれを出来るだけ拭き取るよう指示した。ある程度やり終えると、いつの間にか少し離れたところに移っていた彼は「こっち」と合図を出して、高級そうな白い車の前まで案内した。
その道中、私にボソッと告げる。
「ちなみに、これは合法だから。安心してね」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
寒風を肌に浴びせた廃墟のような建物を後にし、微かに明るい夜空が覆う車のドアを開けると、そこには金髪男と同じくらいの年齢であろう中年の小太り男が運転席にいた。
「おお、マジでやったのか。この女」
そっくりな第一声に苛立つ。誰だよ、お前も。
「俺の眼に間違いはないからな、ガハハ」
助手席に座った金髪男はそう返してタバコに火をつけた。ほったらかしな状況にもうんざりしながら、同じく腰掛けた。
車内は前の2人だけで盛り上がっている。勝手にしろ、と雑談の内容を知る気のない私と、対照的な陽の光と共に遠い場所へ連れて行きながら。
しばらくすると、この状況には無縁な建物の駐車場に入った。
「おい、着いたぞ」
運転手の乱雑な言葉は気にならなかった。到着したそこには、古びたフォントで『麻雀』と書かれている。今から一局始めるのか。
訳の分からない状況の中、二人の後をつける。雀荘らしき1・2階を飛ばして真っ暗な部屋に入り、その先の戸棚を運転手が慣れた手つきで横に動かしたことで
扉を開けると、照明が程よく引き立たせている廊下が。靴を脱いでその先へ向かうと、そこはシンプルなレイアウトで施されたリビングらしき部屋。中央にやや細長の大きい机が置かれ、その周辺には数脚の椅子が規則正しく並べられていた。
そして、その中の4人がこちらに視線を送りながら腰掛けている。
自己紹介とか説明とか始める前に、と金髪男に誘導される形でシャワーを浴びることに。私が来るまでは紅一点であった品のある綺麗な女性が、ドア越しに着替えを置いたことを告げてくれた。
何とも形容し難い様々な感情や思考も洗い流すつもりで頭から水を浴び、身体を洗い終えて広めの浴室を出ると、熊の顔が図々しくプリントされたTシャツと緑のスウェットパンツに出迎えられた。
恥じらいを捨ててそれを身につけて戻ると、中年二人が笑いを堪えていた。今すぐ殴りたいところだが、浴びたばかりで滴る汗を嫌って腰を下ろした。
「さて。それじゃ、一から説明するか」
眼鏡をかけて教授風に振る舞い始めた金髪男をツッコむわけもなく、黙って聞くことにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一限目と称された【
……そして、私もそれを接種したことがある。理由や状況までは思い出せないが。
二限目は衝撃的な内容であった。
SALVATIONの当初の成果は凄まじく、それは革命的だった。国外への流通時期が2022年で決定され、世界中の苦しむ人々を救えられる――。
そう思われていた中、2021年からSALVATIONを接種した者が相次いで死亡し始めた。無論、流通は中断。甘智製薬は業務停止が命じられ、その後廃業に至った。この一連の出来事は"
そしてこの事件の実態は、何らかの目的で開発者が【
「ANTIには、どのような作用があるんですか」
恐る恐る訪ねた。私はSALVATIONを接種こそしたが、その後の記憶がない。救われていない可能性も、まさか――。
「哀音ちゃんは察しも良いね。そう、ANTIには"ヒトを超越"する力がある。君が前首相を殺したようにね」
すぐさま三限目を求めた。一番知りたい情報である【
しかし望みは叶わなかった。謎の英語らしき言葉とそれに加えて「焦るな焦るな」と金髪男に宥められ、ANTIの説明が再開された。
ANTIは必ずしも超越する力を得られるとは限らず、何なら実質"必然死"であるとのことだった。接種するとほぼ間違いなく死に至ると……。
ただし、ごく稀にヒトを超越する力が得られる。金髪男が知る限りだと、"超越者"はここにいるうちの4名と他に3名の計7名。
「そして、その中には哀音ちゃんが殺した善酒松前首相もいるんだよ」
なぜ前首相がANTIを接種したのか、それは謎とのこと。彼らは活動の中でANTIを接種した彼の居場所を特定して私に殺害を命じたという。
「なぜ、私が殺害することに……」
人殺しを悔やんでいるわけではない。私が怖いのは、企みだ。
またしても回答を先送りにした金髪男は『ここが最適なタイミング』と判断して、三限目の【自己紹介】を始めた。どうやら、この名で呼ばれ続けられていたことがショックだったらしい。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ANTI接種者の監視・調査・超越者の滅亡を掲げた彼らは『ANTI撲滅組織(ANTI Eradication Organization)』――通称【AEO】と呼ばれ、私も含めた8名が在籍。命名者はリーダーである金髪男で、ネーミングセンスを褒めて欲しそうにしていたが無視した。
そして、AEOメンバーには接種有無にかかわらず1名を除いて、何かしらに対しての"アンチ"が備わっているとのこと。これは『憎しみが強さを増す』という理念の元であるらしく、自身を例に挙げて"警察-アンチ"を自称した。理由は、現在進行形で度々追われているらしく、それが目障りとのこと。
ちなみに、と彼は即座に私の質問を予測して回答した。AEOの活動は国家公認であり、活動行為は一切の犯罪行為に問われないという。先ほど掛けられた言葉の意味をそこで知った。こんなことが公に知られたら世間は大混乱するだろうなと思いながら、彼が活動外のことで警察に追われていることを察した。
次に金髪男は「イかれたメンバーを紹介するぜ!」と声高らかに宣言し、「まずは俺!」と続けて自身の名を語った。
彼は
運転手の彼は
3人目は如何にも陽キャで華奢な爽やか茶髪男、
4人目は強面な短髪ヤンキー男。若頭みたいな彼は
5人目は眼鏡をかけた頭脳明晰そうな男で、大きなPCを手元に広げている。彼は
最後に、品のある彼女は
6名全員の紹介を終えて「この場にいない彼女は後日」と告げた新内は、いよいよ本題に入った。
四限目の【國 哀音の過去と正体】。「一度しか話さないから心して聞くように」と忠告された後、身に覚えのないことを言われた。
「哀音ちゃん、君には婚約者がいたんだよ」
対抗 凡才鼠 @bonsainezumi
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