第7話 同じ奴
あれから、一旦俺たちは宿に戻った。再び部屋を借り、俺はベッドに寝転がり、布団を被って寝ようとした。だが、奈乃が大人しそうな可愛い顔を崩さず、思わずビビってしまうような圧を放って俺の両肩を掴んだ。
「ねぇ、七音」
綺麗な声色だった。いつも聞く声色だけど、圧も混じってかなり怖い。
「はい」
そう言うと冷や汗をかきながら俺は現実から逃げるようにぎゅっと目を瞑り、顔を背ける。ベッドのそばに立って俺の両肩を掴んでいた奈乃がベッドに寝転がっている俺のお腹辺りに座り、俺が背けた顔を両手で包むようにすると顔の向きを正面に戻される。目は瞑ったままだが、正直圧が凄すぎて思わず開けてしまいそうになる。
「違うでしょ?」
くそっ、恋愛は好きになった方が負けって言うけど本当だったのか。
否。七音は確かに奈乃が好きだが、先に好きになったのは実は奈乃の方からであり、なんなら七音は最初は奈乃の事はなんとも思っていなかった。何か情があるとすれば、「妹みたいな奴」くらいだろう。それが恋愛感情になったのは、許嫁とされた時からだ。実際、今も奈乃は表には出さないが、心の中でかなり葛藤していた。
七音にこんな事言いたくないししたくない…けど…!けどこんなヌルゲーになっちゃうのは修正してもらわなきゃ…でも……でも……!
奈乃は心の中で転がり回りそうなほど葛藤していた。
「分かったって。分かったから離れてくれ。」
俺が少し鬱陶しそうに言うと、奈乃は先程までの凄い圧が消え、ゆっくりと慎重にベッドから降りた。俺は起き上がり、両足をベッドから下ろし、座る体勢になると、溜息を吐きながら"刀"から"管理者"へ移行する。するとベッドに立て掛けていた刀が青白い光に包まれて消える。
「"管理者"よりワールドプログラムに申請。バグの修正を行う。」
そう面倒くさそうに言うと、王の間のバグを修正した時と同じような、パソコンの様な画面とキーボード、マウスが目の前に現れ、不自然に浮かんでいる。
『承認されました。』
感情の籠らない機械的な声が聞こえた。奈乃はなんの反応も示していないし、俺の脳内に直接話しかけています的な感じだろう。
「はぁ…まずはメインシステムに掛けられた三重のロックを解除してシステムの根本に入るところからか…」
面倒。実に面倒だ。どうして"管理者"なんて作ったのか。いや、"管理者"が無いとゲームが始められなかったのだが。
「ま、ボヤいても何も進まねぇしな…」
そう呟くと、カタカタとキーボードをタイピングし始める。
"管理者"の職業のデータの中にメインシステムへの入り方やそのパスワードなんかも全て残されている。これが無かったら本当にやばかった。三重ロックを解くだけでも1週間は掛かるだろう。関係無いが、それぞれの職業には、レベルが200…つまり最大レベルに達すると、職業が進化する。"全職者"や"管理者"が進化したらどうなるんだろうか?"神"とかになったりしてな。流石にか。そもそも進化するかすら分からない。さて、とりあえず、バグを修正しよう。
「"管理者"よりワールドプログラムの保護ロックに干渉。管理者権限により、保護ロック及びワールドプログラムの外部干渉を阻害。」
『認識しました。皇 七音以外の保護ロック及びワールドプログラムへの干渉を阻害します。』
よし、ひとまずこれで邪魔をされる心配は無くなったな。この世界には俺達しか居ないと思ってはいるが、タイミングがずれただけで俺みたいに"全職者"を選んだ奴が居るかもしれない。そいつがワールドプログラムに俺が干渉しているのに気づけば、邪魔をされるかもしれない。それをされると面倒だ。だから予め干渉を阻害しておいたという訳だ。
「よし、これで安心して作業できるか。」
そして、俺は3種類のバグを6日掛けて(実際バグを修正したのは3日だが)バグを修正した。
「終わったぁ…!」
俺は疲れと喜びが籠った声をもらす。いや、一日おきに修正したとはいえ、かなりきつかった。一つの修正だけでもかなりきついのに、修正したものに間違いが無いかを確認しなければならない。それが終わって一旦閉じるともう一度入り直さなければならない。そして、入り直したら入り直したでまた膨大なデータの中から修正するデータを探して修正する。それの繰り返しだが、飽き性な俺は直ぐに飽きてしまう為、苦行だった。
「お疲れ様ー」
奈乃がそう言いながら笑みを向けてくる。
「じゃ、俺寝るわ。」
そう言いながらベッドに潜り込み、目を瞑ると、直ぐに夢の世界へと落ちた。
「_ぇ、ねぇ、七音!」
そう言いながら俺の肩を揺らして焦った声で俺を起こそうとする奈乃の声で俺は起きた。目を擦りながら起きると、奈乃が焦った声のまま半ば叫ぶように言った。
「外が!外が大変なの!」
「…何が」
眠りを妨げられたからか、理不尽な怒りの感情が込み上げてきて、思わず怒ったような返事をしてしまった。
「とにかく!外見て!」
そんな俺の声を気にせず、奈乃が俺の体を窓の方にぐいぐいと引っ張る。そして、窓の前に引っ張られた俺が窓の外を見ると、ついさっきまで睡魔が襲ってきていたはずが、一瞬にして睡魔が消えた。それほどの光景が目の前には広がっていた。
「んだよ……これ…」
それしか言葉が出なかった。何故なら、本来ならば魔物が入ることができない様に設定されているのに、街に魔物が入ってきていたからだ。空からは蝙蝠(こうもり)、鳥、竜など、様々な空を飛ぶ魔物が、地上からは、スライムや兎型の弱い魔物から、先程戦ったジャイアントベアーやテンペストタイガーなどの強い魔物まで、幅広い様々な種類の魔物が、街の全方位から入ってきていた。それも、際限なく。
「こんな事できるのは…」
「"管理者"だけだ。」
俺は歯をギシギシと鳴るほど噛み締めた。悔しい?面倒臭い?確かにそれもある。だが、それ以上に俺は怒っていた。やはり居たのだと。自分と同じ様に"全職者"を持った者が居たのかと。いや、"管理者"だけかもしれないが。ゲームを楽しむのでは無く、壊す。そんな選択をした奴が俺は許せなかった。
「"管理者"よりワールドプログラムに応答を願う。」
『認識しました。"管理者・皇 七音"に応答します。』
一瞬の沈黙の後、再び感情の籠らない機械的な声が聞こえた。
「ワールド保全システムを発動しろ。再優先で一時的に魔物を消滅させ、俺以外から"管理者"を剥奪しろ。」
『承認しました。ワールド保全システムを発動。三十秒後、全ての魔物が一時的に消滅します。_』
その声が聞こえた直後、街全体に響き渡るような野太い声が聞こえた。
「おぉい!こん中によぉ!俺様と同じ"管理者"の職業を持ってるやつが居るだろぉ!!」
そこで"全職者"と言わないということは、相手は"管理者"しか持っていないということか?いや、俺の正確な職業が分かっていない可能性もあるか。
「七音_」
「しっ…声を出すな。あいつは多分…いや、確実に俺と同じように"管理者"の職業を持っている。これも多分あいつがやった事だろう。俺は兎も角、奈乃は出ない方がいい。できれば存在自体知られない方が良い。」
いいな?と言えば、奈乃は両手を口に当ててこくこくと頷いた。
「よし。じゃ、俺は行ってくるから奈乃はこの部屋の何処かに隠れていてくれ。」
再び奈乃がこくこくと頷くと、俺は奈乃の頭を軽く撫でた後、見た目の設定を弄り、一時的に髪の色を紺がかった黒から銀髪に染めると、"管理者"を展開してタイピングすると、視界が一瞬真っ白になり、その瞬間に"管理者"から"刀"にして声の主の所へ転移する。
「お前が元凶か。」
真っ白に染まった視界が世界の色を取り戻すと、噴水の広場と、目の前には如何にもあの野太い声の主だろうと判断できるゴツイ体型をした全体的に常人より一回りは大きいであろう男が映る。
「ああ。そうさ。如何にも、俺様がこれを引き連れいる元凶だ。」
「絶対許さねぇ」
俺が睨みつけながら言うと、男は余裕の笑みを浮かべ、両手を広げて煽るように言った。
「おうおう、怖いねぇ。それで?どうする?俺を殺すか?どうやって?俺様は貴様と同じ"管理者"を持ってる訳だが、その俺を殺すのは難しいのが分からねぇのか??」
俺は心の中で何かが切れた音がした。それと同時に、俺は"管理者"でレベルを199まで上げて再び"刀"に戻していた。そして、それに要した時間は0コンマ1秒を切った。そのまま怒りに身を任せて俺は思いっきり地を蹴り、一瞬で男との距離を刀の間合いまで詰めると、『瞬刀:霞一閃』を放った。レベルを上げているため、テンペストタイガーに放った時よりも桁違いで協力だ。
「"管理者"より世界に告げる。我の眼前の全ての攻撃を防ぐ鉄壁の障壁を構築せよ。」
男がそう言うと、神々しい光を放つ透明の壁が現れ、いとも容易く俺の技を防いだ。
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