第6話 面倒なバグ
魔物の探知を始めて5分後。俺の方へやってくる魔物の気配を探知した。いや、正確には俺ではなく奈乃の方かもしれない。不思議と何もしていないのに魔物が俺を避けていくのだ。まあ、俺は"全職者"で"管理者"の力を使う事で自由に自分のレベルをいじれるのだが。そんな事をしてしまっても面白くないので、よっぽどのことが無い限り"管理者"でレベルをいじるのはやめてこうと決意する。
「まあ、魔物を倒してレベルを上げて強くなるのが醍醐味だしな。レベルいじって最初っから俺TUEEEEとかしても面白くない。」
そう独り言を零しながら俺はのんびりとこちらに向かってくる魔物を待つ。やがてどす黒い毛色をした虎のような魔物が姿を表す。テンペストタイガーが5体か…それにしても、どうしてこんな初期の街の近くの草原にこんな強い魔物が出てくる?普通ならスライムだったり兎の魔物だったり、初心者や低レベルでも狩りやすい魔物が出るはずだ。
「まあ、良いか。俺ならこいつらでも余裕で勝てる。」
確かにレベルだけで見れば俺はまだ最弱だ。なんせレベル1だからな。だが、俺は今まで培ってきた経験と技術がある。なんとでもなるだろう。
「来いよ、害獣。遊んでやるよ。」
そう軽く挑発すれば、テンペストタイガー達が一斉に俺に向かって走ってくる。流石、かなり強い部類の魔物なだけあって素早い。だが_
「_遅いな。」
既に俺は腰に携えていた漆黒の刀を抜き、俺の方へ走ってきていた5体の内、2体を真っ二つに斬っていた。ただ、俺は3体を斬ったつもりだったのだが、1体斬り損ねたようだ。いや、見切られてたか?俺が斬ったと思っていた3体の内の残りの1体が警戒するように俺の刀の間合いの外まで下がって俺の方を窺っている。
「魔物に知能なんてあったか?」
俺は流石にこれはおかしいと思った。しっかり俺の刀の間合いから離れてやがる。偶然ではなく、意図的にだろう。ゲーム通りなら、魔物はプログラムに則って大体の動きは決まっているはずだ。魔王や、魔王の配下は多少の知能はあったが、こんな意図的に刀の間合いから離れるような事はできない。
「まあいいか。この職業のスキル、試させてもらうぞ。」
そう言い、俺は刀を鞘に収めずに、右手に持った刀を鞘のある左腰辺りに構える。
「《瞬刀:霞一閃》」
その言葉を呟いた瞬間、直ぐに俺の姿が消えたように見え、姿が見えたと思えば、俺はテンペストタイガー達の後ろに片足を立て、ほぼ座っているような格好で、既に斬ったかのように刀を持った右手を右側に伸ばしていた。
テンペストタイガー達の何が起こったか分からない様な、困惑したような雰囲気が背中から感じられた。俺が立ち上がり、刀を鞘に収めた瞬間、テンペストタイガー達の体が真っ二つに割れるように斬れて、その体は直ぐに素材と魔石となって次々に消える。ドロップ品だ。
「やっぱ、日本人は刀と相性が良いんかね?」
そう軽い冗談を言いながら俺はドロップ品の元へ歩いていき、回収していく。回収したそばから全プレイヤー共通固有スキルの『アイテムボックス』に収納していく。
「もう出てきてもいいぞ、奈乃。」
近くの茂みに向かってそう声を掛けると、ガサガサと草をかき分ける音と共に奈乃が立ち上がった。
「分かってたの?」
そう言う奈乃の表情は驚きと羞恥に染まっていた。
「流石に分かるぞ。杖の先が茂みから出てたし。」
そう言いながら俺は思わず笑みを零す。戦闘中、ずっと気になっていたのだ。「奈乃の杖が茂みから見えてるんだけど…?」と心の中でツッコミを入れながらテンペストタイガーと戦っていた。
「もう…!もう…!」
奈乃は恥ずかしさが全面に出た顔で少し目頭に涙を溜めながら可愛い地団駄を踏む。
「可愛いなぁ…」
と、俺が微笑みながら見ていると、奈乃が恥ずかしさで顔だけでなく、耳まで真っ赤に染めて杖を振り回してきた。
「…っぶねぇ!!」
と言いながら少し避けたつもりだったのだが、思ったよりも後ろに避けてしまい、思わずよろけてしまった。それに、奈乃の動きも少し早くなっていた気がする。
そこで、俺は人のマークのアイコンに意識を集中することで、自分の名前、ステータス、職業、使用可能の技など、様々な情報が載っている自分にしか見えない画面がiPadのような大きさで出現する。
「やっぱりだ。」
俺は表示されたレベルを見てそんな声を上げた。思った以上の速さで杖を振ってしまってか困惑した表情の奈乃が本当にコツンとしか音が鳴らないような弱い力で俺の頭を杖で叩きながら俺の方を不思議そうな目で見てきた。
「どうしたの?」
「なあ、レベルを見てみてくれないか?」
俺が真剣な顔をしてそう言うと、奈乃が首を傾げ、きょとんとした表情をして何も無いところをつつき始めた。俺と同じようにレベルを確認しようとしているのだ。
「あれ!?」
レベルを確認したであろう奈乃がそんな素っ頓狂な声を上げた。
「ねぇ…これって表示バグとかじゃないの…?」
「いや、レベルの表示だけなら表示バグだと思うんだが、ステータスの値とか使用可能の技なんかも全部が自分のレベル相応のものだから表示バグではない。」
ここまで俺たちが驚いている理由、それは俺たちが見ているそれぞれのレベルにあった。パーティー設定をしていれば、パーティーメンバーのレベルや職業、HPなどを確認できる。俺は自分のレベルが80になっていることを見てから奈乃のレベルを確認すると、奈乃のレベルが40になっており、パーティーメンバーを表示する画面に、二人ともアイコンの部分に南京錠のようなマークが付いていたのだ。これは"レベル上限解放をしてくれ"という印なのだが、俺は1回目の上限解放がすっ飛ばされたように80に上がっている。そもそも、あの魔物達を倒してもここまでレベルが上がることは無い。どう考えてもシステムのバグだ。こんな初期のエリアに比較的強い部類の魔物が出現するのもシステムのバグだろう。
「また"管理者"の出番か…」
正直、これだけは俺は絶対にしたくない。なぜなら、このバグは修正する箇所が多い上、修正するのにかかる時間がまたかなりかかるのだ。そんな事をすれば、俺は萎えて暫くヒキニート生活をしてしまうだろう。そういえば、始まりの街に作者がお遊びで現実世界のゲーム機やゲーミングPCとか、ゲーム環境が揃った家があったよな…?あれはただのオブジェクトだから実際に操作したりゲームをプレイすることはできない。だが、あれのプログラムに"管理者"でちょちょいとそのゲーム機やゲーミングPCとかのプログラムを追加してしまえば、実際に出来るはずだ。それができれば、いよいよヒキニート生活に拍車がかかるが。ネットワークに接続できるならばネトゲもできる。それによってはゲーム機だけじゃなくてゲーミングPCにもプログラムを追加しても良い。
「まあ、このバグは何か不利益がある訳じゃないし、修正しなくても良いか。」
と、俺が言いながら奈乃の方を見れば、奈乃は「絶対修正しろ」と言わんばかりの目で俺の方を睨みつけてくる。
「なあ_」
「修正して」
「だから_」
「修正」
聞く耳すら持たねぇのかよ!
「せめて聞く耳くらい持てよ!」
俺の心の叫びをそのまま口に出してしまった。奈乃はあからさまに不機嫌そうな顔をして聞く耳は持ってやると言いたげな態度で黙った。
「あのな?このバグを修正しようとすると、一つ修正するだけでもかなりの時間がかかる上、精密な操作が必要だし、一つでも間違いがあっちゃいけないんだよ。」
俺は懇切丁寧説明する体制に入る。
「それで?」
関係ないと言いたげに奈乃は言葉を紡ぐ。
「このバグは、まずこのゲームを構成しているシステムの根本まで入ってプログラムを修正する必要があるんだ。それを修正しようとすると、まずシステムの根本に入るために何重にも掛けられた一つ一つが厳重なロックを解除して、ようやくシステムの根本に入れる。それだけでも1時間以上掛かるし、それから膨大なデータの中から修正したいプログラムを探して、修正する。それを何回も繰り返さなきゃいけないんだ。」
半ばやけくそ気味に俺が叫ぶように言うが、奈乃は固い意思を持った目で俺を見てくる。こういう時の奈乃は何を言っても自分の意見を曲げない。俺の方が折れるしかないのだ。
「まあ、確かに分かるぞ?初めてやるゲームが最初っからヌルゲーになるなんて面白くない。でもな?こんな重労働を俺にさせてみろ?俺は暫く萎えてヒキニート生活するぞ??」
「暫くってどれぐらいよ」
「1年」
奈乃の「はぁ?」という呟きが聞こえてきた。それは俺も思う。奈乃がなんとか折れてくれないかと思ってそう嘘をついたのだ。実際は2週間から1ヶ月くらいだろう。
「長すぎでしょ。そんな事になるなら私は七音を見捨てるよ?」
「すみません。それだけは勘弁してください」
我ながら清々しい程綺麗な土下座だったと思う。流石に奈乃に見捨てられてしまうと、それこそ俺は生きていけないと思っている。
「本当は2週間から1ヶ月くらいだと思うから。まじで勘弁して」
「それでも長いでしょ…」
うん。それは俺も思う。でもな?あんな気が遠くなるような修正をすると、本当に俺はそうなると予想できるんだ。もしかしたらならない可能性もあるにはあるが、ほぼ確実にそうなると言っていい。
「じゃあさ、一日おきに修正するとかならヒキニート生活とかにならない?」
「まあ、確かにそれならならないと思うけど」
言った瞬間、俺は「しまった」と思った。そう言ってしまうと、俺は一つ修正して一日の休みを挟んで一つ修正してを繰り返さなければならない事になる。どうしてもやらなきゃいけないならかなりきつい重労働だからと一日か二日かけてさっと終わらせて2週間から1ヶ月くらい遊び倒そうと思っていたのだ。
「ちょっと待_」
「じゃ、それでやってね?」
顔は笑っていたが、目が笑っていなかった。正直好きでもない奴なら不快だからと睨み返せば良いのだが、好きな人間なのだからそんなことも出来るはずもなく。俺は無言の圧に負けて受けざるを得なくなってしまった。
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