第5話 初めての魔法

 次の日の朝。俺は奈乃に肩を揺さぶられて起床する。


「ん……今何時だ?」


 座る体勢で起き上がった俺が眠い目を擦りながらそう言うと、奈乃は少し呆れたような顔をしながら、言った。


「もう8時半よ?」


 俺は唖然とした。学校がある日ならば7時20分には起きる(それでも十分遅いのだが)。だが、今はゲームの世界だし、現実世界も今は夏休み初日だ。「俺の休日の起床時間は12時だぞ!?」と心の中で嘆く。道理で気持ちのいい起床でもなければ目覚めのいい朝という訳でも無かったのか、と納得する。いや、気持ちのいい起床ではあった。可愛い女の子に起こしてもらっておきながら気持ちのいい起床ではないは失礼だ。


「早すぎるだろ…」


 まだ8時半じゃないか。と言いたげな気だるそうな顔をしながら俺は言い、再びベッドに潜り込む。


「こーら!」


 寝るな!と言いながら奈乃が俺の頭を叩く。全く痛くないのは手加減しているのか?それとも職業のお陰か?そんな事を考えつつ俺は仕方なくベッドから出る。


「しょうがねぇなぁ…」


「何が?」


「なんでもありません。」


 小さく上から目線な言葉を零した瞬間、そんな鋭いツッコミが入り、俺はすぐさま謝罪の体制に入る。


「あ、そうだ。奈乃、今日はレベル上げに行かないか?」


 俺の言葉を聞き、奈乃がいつもの大人しそうな顔をしながら俺の方を向く。


「レベル上げ?」


 てっきりやった〜って喜ぶと思ったが、反応は意外なものだった。レベルという概念がある事を知らないのだろう。


「ヘルプを見てみろ。懇切丁寧に書いてあるだろ。」


 俺はそう言い、ヘルプに説明を丸投げする。奈乃は真面目にヘルプとにらめっこをしている。とは言っても、仕組みは簡単なものだ。魔物を倒していき、経験値を貯めていってレベルアップをする。レベルアップをすれば新しい魔法や技、武器のレベルアップや進化なんかも行えるようになる。強い魔物ほど経験値を稼ぎやすいが、レベルが足りていなかったり技術が足りないと失敗するからそこは注意が必要だ。そして、40レベル毎に『クラスアップ』なるものをしなければならない。クラスアップをしなければそれ以上レベルが上がらなくなってしまう。クラスアップには強い魔物の素材(弱い魔物のものでも大量にあれば代用可能)とクラスアップ用のアイテムが必要になる。それと、パーティ設定を行うことで、誰か一人にだけ経験値が入るということが無くなる。つまり、一人が魔物を倒せばパーティ設定した仲間も経験値を得ることが出来る。勿論俺達はパーティ設定をしている。


「読み終わったよ。」


 奈乃が俺に向けて言ってくる。


「ま、つまりは魔物を倒しに行こうってことだ。」


「分かったー!朝ごはん食べたら早速行きましょ。」


 奈乃ははしゃぎながら朝ごはんを作りに行く。ゲームの世界なのに、睡眠や食事が必要なのは同じなんだな。と、妙にリアルな設定だなと思いながら俺はパジャマから和服に服を変更する。なんとこの世界、便利なことに服を一瞬で変えることができるのだ。勿論普通に脱いで着替えることも出来るが。


「そういえば、奈乃のご飯を食べるのは久しぶりだな」


 俺はそう独り言を呟く。中学生の頃は奈乃が俺を家に呼んで「ご飯作ったから食べてみて」とよく言われたものだ。それが無くなったのはいつだったか。まあ、無くなってもたまに家まで作りに来てくれることもあったが。


「出来たよー」


 奈乃がそう言い、俺を二人用の机と二脚の椅子がある所へ呼ぶ。行けば、ご飯、目玉焼き、味噌汁、そして食べやすく切り分けられた林檎。正にこれが朝ごはんのテンプレだな。と思うような、けれどもそんなものより断然美味しそうな料理たちが並んでいた。


「美味しそうだな。」


 並んでいる料理たちを見た瞬間、微笑みながら俺は思わずそう口にしていた。何も無いように、自然と椅子に座ると、奈乃も俺の目の前の椅子に座り、俺達は向かい合う形になっていた。


「「いただきまーす」」


 手を合わせ、同時にそう言う。俺は右手で箸を持ち、左手で味噌汁の入ったお椀を持つ。迷いなく味噌汁を啜り、味噌汁の入ったお椀を一旦置き、次に目玉焼きの白身の部分を一口サイズに切り分け、口に運ぶ。黄身もいい半熟具合だった。ほのかに味のつけられた目玉焼きは、実に俺好みの味付けだった。目玉焼きと一緒にご飯も口に運ぶ。これが絶品なのだ。味噌汁とご飯もかなり合うのだが、やはり主菜とご飯を一緒に食べるのが一番合った組み合わせだと思う。


「奈乃」


 俺はかなり進んでいた箸を一旦置く。その一言を発した瞬間、奈乃は「何…?」と言いながら緊張したような、少し泣きそうな目をしながら見てくる。


「美味い。結婚しよう。」


 既に結婚を約束されているのだが、改めてプロポーズしてしまうほど、このご飯は絶品なのだ。奈乃は、「美味い」と聞いた瞬間、安心したような、嬉しそうな表情をする。だが、次の「結婚しよう」の言葉を聞いた瞬間、奈乃は固まる。数瞬遅れて、ようやく俺が何を言ったことを理解したのか、すぐさま顔を真っ赤に染めた。


「……もう…結婚は決まってるでしょ…」


 と、奈乃はか細い声で返事をしてくる。


「そうだな。からかって悪かった。」


 言いながら俺は立ち上がり、奈乃の真横まで行き、ハグを求めるように両腕を広げた。奈乃は恥ずかしそうにしながらも、ハグをしてくれた。毎朝これだったら良いのにな。と思った。

 それから、俺達は朝ごはんをペロリと完食し、始まりの街を少し出たところにある草原に来ていた。


「まずは魔法の使い方からだな。」


 魔法。魔法使いの職業ならば確実に扱えるものだ。だが、魔力の扱いに慣れなければこの前のように危ない事になってしまう。


「じゃ、使いたい魔法のイメージとそれ相応の魔力を使って固有スキルの"即時展開"を使って魔法陣を展開して魔法を発動してみてくれ。」


 魔法使い職の固有スキル、"即時展開"はかなり便利なスキルで、イメージに応じて必要な魔力を魔法陣に予め込めた状態で魔法陣を展開してくれる。魔法陣の展開までできれば、あとは発動するだけなのだ。


「分かった。」


 そして、奈乃は杖を置き…


「っておい!」


 俺が慌てて止めようとすると、奈乃は両手を突き出してこちらを振り向いた。何がおかしいのか分からないのか、不思議そうな顔をしている。


「その杖はなんのためにあると思ってんだよ!」


「…え?これって近接武器で殴るため…」


「そんなわけないだろ!?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。まさか杖を鈍器だと思っていたとは…


「いいか?それは魔法やスキルを使用する時に補助してくれるんだ。基本、複雑で難しい魔法やスキル、大魔法やスペシャルスキルなんていうのを使う時は魔法使い職は杖が無いと発動できないんだ。」


 懇切丁寧に説明する。


「……つまり?」


「杖が無い丸腰の魔法使い職は戦闘においてほとんど役に立たない足でまとい」


「…!?!?」


 漫画でよくある、ショックが大きい時に後ろに雷が落ちるヤツ。今の奈乃の状況と表情はそれが一番表現しやすい。


「…分かった。これちゃんと使うね。」


 今にも泣き出しそうな顔と声でそう言いながら地面に置いた杖を拾い上げ、今度こそ魔法陣を展開した。


「ふむ…初めてにしてはかなりいい感じだな。」


 奈乃が展開した魔法陣は中型の魔法陣だった。属性は…基本属性を全部!?これはかなり複雑なやつじゃねぇか…と、内心初心者がやるやつじゃねぇ…と思いながらも見守ることにした。


「ねぇ、これ、発動しちゃっていいの?」


 何も言わずに見守っていると、標的を見つけたのか奈乃が俺にそう訊いてきた。


「…ジャイアントベアーか。」


 そう言って少し悩む素振りをする。正直、あの複雑な魔法陣なら発動した魔法が当たればあんなのイチコロだろうが、なにしろあの魔物は図体の割にすばしっこい。万が一避けられて、俺のカバーが間に合わなかったら…?いや、間に合わせればいい話だ。"刀"の職業はヘルプによれば、どの職業よりも素早く動けるとの事。これに"全職者"の力も加わるんだ(というか"刀"も"全職者"の一部の様なものなのだが)。絶対間に合わせる。考えを纏め、俺は奈乃の方を向く。


「よし。いいぞ。やってみてくれ。」


「よぉーっし!《元素覇壊》(エレメンタルブレイク)!!」


 火、水、風、地、氷。これらの五属性は基本属性と言われる。この五属性の力の源を破壊し、凄まじい衝撃波を起こす上級魔法。それを奈乃は放って見せた。流石にジャイアントベアーも避けきれなかったらしく、呆気なく魔石になって消えていった。


「あれ?なんか出たよ。」


 奈乃が魔石を拾い上げ、俺に見せる。


「それは魔石だ。」


「魔石?」


「そう。武器の強化素材って認識で良き。」


 おっと、ついオタク特有の口調が出てしまった。できるだけ出さないように意識していたが、いやはや、癖になっているとつい出てしまうな。


「良きって…w」


 すると、久しぶりにオタク口調が出た俺を見て面白かったのか、肩を揺らしながら笑ってきた。


「別にいいだろ?次は俺が魔物狩りすっから。」


 そう言って、俺は魔物を探知し始めた。




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