第4話 始まりの街

「七音、どこ行くの?」


 奈乃が俺を慌てて追いかけてきて視界の隅にひょっこりと現れる。要は俺の隣を歩いているということだ。俺は自らの記憶を頼りに進んでいるだけだから何も考えていなかった。


「あそこに始まりの街へ転移するポータルがあるだろ?」


 そう言って俺は前方の長い通路の先にある円柱の空間の地面に刻みつけられた魔法陣を指さす。


「ぽーたる?」


 奈乃が「分からない」と言いたげな表情で首を傾げながらそう言う。


「地面に魔法陣みたいなのが刻みつけられてるだろ?あれが転移ポータルだ。」


「なるほど…あれが…」


「とりあえず、あれを使って始まりの街へ行こう。」


 まあ、宛もなく旅をしているようなものなのだが、奈乃と二人きりでこの世界を旅するのも悪くは無いな。


「うん。」


 そう言って奈乃は俺の隣にぴったりとくっついて着いてくる。やがて、長い通路を歩き終え、俺達は転移ポータルの上に乗った。


「ああ、そうだ。奈乃、その格好的に職業は魔法使いを選んだだろ?」


「えっ!?……あぁ、うん。」


 俺が聞けば、奈乃は驚いたように声を張り上げ、少しの沈黙の後、恥ずかしそうに俯きながら肯定した。


「……じゃあ、試しにこれに魔力を流してみてくれ。」


 毎度の如く、尊死しそうになるも魂を引き止め、冷静を装ってそう言う。


「…分かった。やってみる…!」


 やる気に満ちた表情で俺にそう言って頷き、しゃがみ、杖を置いては魔法陣に向かって両手を突き出し、「ふんっ…」と踏ん張るような声を零す。その腕

はぷるぷると小刻みに震えている。だが、何も起こらない。


「……あれ?」


 何も起こらない事を疑問に思ったか、「おかしいなぁ…」と呟きながら首を傾げた。


「ねぇ、七音。何も起こらないけど、どうすればいいの?」


 しゃがみ込んだまま顔だけを此方に向けてそう聞いてくる。


「ふむ…そうだな…」


 俺は少し悩みこんだ。魔力を込めるのは完全に感覚的にやっていたからどうすればいいと聞かれると「感覚で感じ取れ」という脳筋アドバイスしかできない。故に俺は必死に魔力を込める時をできるだけ鮮明に思い出そうとする。


「集中して、体に流れる魔力を感じ取れ。それが出来たなら、それを掌(てのひら)から流し込むようにイメージするんだ。」


 斜め前の天井をじっくり眺めながらできるだけ理論的に、分かりやすく説明したつもりだったが……いや、理論的では無いな。俺が奈乃の方を向けば、奈乃は目を瞑って俺のアドバイス通りに体に流れる魔力を感じ取ろうとしているようだった。


「わぁっ!」


 二分後、奈乃が突然尻もちをつきながら驚きと歓喜が混ざったような声を上げた。


「どうした…?」


 突然声を上げた奈乃に驚きつつ、尻もちを着いた奈乃に右手を差し出し、それを掴んだ奈乃を一気に起こしながらそう問いかける。


「ごめん。七音の言う魔力の流れってのが感じれた気がして」


「ちゃんと体の全身に流れる感覚を感じ取れたか?」


 俺がそう問いかけると、奈乃は満面の笑みを俺に向けて言った。


「うん!今ならやれるかも!」


 そう言ってウキウキしながら再びしゃがみ、魔法陣に両手を突き出し、今度はあまり力は入っていないようだった。


「お、良い感じだぞ。」


 奈乃の魔力がどんどん注がれている魔法陣がうっすらと光り始めたのを確認し、褒めるように俺が言うと、奈乃が嬉しそうにはにかんだ。その瞬間、順調に魔法陣に注いでいた魔力が突然途絶える。魔法陣は明らかに誤作動の様にチカチカと光り始めた。


「……まずい!奈乃!その杖を拾って俺に掴まれ!絶対離すなよ!」


 俺が焦った様子でそう言うと、やばいと感じたのか急いで杖を拾って俺の服に掴まる。

 この状況の何がやばいか。普通なら一瞬で魔力の供給を終えてすぐに転移するはずの転移ポータルにゆっくりと魔力を注ぎ続け、挙句の果てに十分に転移ポータルの力を発揮出来るところまで注ぎ終わる前に魔力供給を切ってしまった事だ。ゆっくりと魔力を注ぎ続けるのはまだいい。だが、途中で魔力供給を切ってしまうのだけはご法度だ。今のこの転移ポータルは、限りなく不安定であり、今すぐに十分な量の魔力を注がなければどこに転移するか分からない。

 俺は両足の足裏から魔力をポータルに一瞬で必要量を注ぎ込む。


「くそっ……少し遅かったか…!!」


 俺がそう言った瞬間、転移ポータルは眩い光を放ち、俺達の視界は白く染まる。どこへ転移してしまうのか。それだけがかなり不安だった。そして白く染まった視界は次第に色を取り戻していく。目の前には……


「良かった……始まりの街だ…」


 大きな噴水の前に俺達は転移していた。それは、この始まりの街の観光名所のようなものだった。

 俺の言葉を聞いて安心したのか、腰が抜けたように奈乃がその場にへたりこんだ。


「奈乃、大丈夫か?」


 俺はそう言いながら手を差し伸べる。奈乃は申し訳なさそうに俺に言った。


「ご、ごめん。腰が抜けたみたいで立てないや…」


「大丈夫だ。」


 俺はそう言い、奈乃に背中を向け、しゃがむ。俺がやろうとしていること…それは、『おんぶ』だ。


「え…?おんぶ…?」


 奈乃は少し頬を赤く染めながらそう言う。


「ああ。おんぶだ。」


 俺ははっきりとそう返事をする。奈乃は少し考えた後、どうしようもないと考えたのか、大人しく俺の背中に体を預けた。俺は背中に当たる柔らかい感触に理性が吹っ飛びそうになるのを必死に堪え、立ち上がる。


「ねぇ、これからどうするの?」


 俺が奈乃を休ませる為に宿に向かっていると奈乃がそう問いかけてきた。


「とりあえず奈乃を休ませる為に宿に向かってるとこだ。」


「いや…そうじゃなくて…」


 奈乃は口篭りながらそう言葉を紡ぐ。


「ん、ああ、これからの行動か?」


 その質問の意図をようやく察した俺は、一応確認するためにそう問いかける。


「うん。王様は魔王を倒せって言ってたけど」


「ああ、魔王なら、倒しても何度でも復活するし、復活したらしたで前回より強くなって復活するから、無害な今の状態が1番だから魔王を倒しには行かない。」


「それ…勇者としてはどうなのよ…」


 奈乃はもっともな事を俺に言ってくるが、仕方がないのだ。1度プレイした身としては、魔王を倒して終わったことで、マップの観光や自分の職業の武器を全て集めるなどのやり込み要素をしたいのに、一定時間(と言っても復活まで何日か掛かるのだが。)経てば前より更に強くなって少しずつ知恵を付けてきて倒せば倒すほどずる賢く強くなる。挙句の果てには、倒しすぎて、魔王の知恵が付きすぎて、魔王が直接街を襲ったりプレイヤーに戦いを挑んできたりするという事例があったのだ。俺は途中で面倒になって魔王を倒すのをやめたのでそこまでは無かったが。なんにせよ、倒しても対してメリットがないのだ。ならば倒さない方がいい。それが長年やってきて見出した最適解だ。まあ、一度くらいは倒しても良いとは思うが。


「でもな、倒したら魔王は前より知恵と力を付けて復活してくるんだぞ?」


「でも、一回くらいは倒してみたいじゃない。」


 俺は少し悩んだ。別に一回くらいは倒してもいいのだ。知恵と力を付けて復活するとはいえ、無限に復活するのだから一度に付ける知恵と力は微量だ。


「ね?お願い。」


 両手を合わせて背中越しに可愛い声で言われてしまった。そんなお願いの仕方をされれば断れないのが俺であり…


「分かった。」


 思わず即答してしまった。なんだかんだで俺は奈乃にかなり甘い。思えば、奈乃とは一度も喧嘩をしたことがない。俺は短気だしかなり喧嘩っ早いのだが、何故だか奈乃には怒ったことがない。勿論コミュニケーションの一環で言い合いをする事はあるが、二人とも怒っている訳では無いのだ。


「えへへ、ありがと!七音!」


 奈乃が俺の顔を見ようと前に体重を掛け、右側から視界の隅で満面の笑みを向けてくる。少々見にくかったが、直視すれば尊みでしばらく動けなくなってしまう気がしたので直視はせず微笑みかけた。


「ほら、危ないぞ〜」


 あまりにも視界の隅から笑みを向けてくるのを止めないので、俺は奈乃の体を一瞬少し上に浮かせるようにして、奈乃の体勢を強制的に戻す。


「あっ……」


 奈乃のそんな驚いたような、残念そうな声が聞こえた。奈乃はそのまま俺の首元に両腕をたらんと下げ、肩ら辺に頭を置き、すぅすぅと寝息を立ててしまった。


「寝やがった…」


 俺は少し不機嫌そうな声でそう言うが、満更でもなかった。奈乃の柔らかい感触と温かい体温を感じられるのなら良いか。と思ってしまった。そのまま俺は宿まで行き、受け付けを済ませて部屋に入り、寝てしまった奈乃をベッドに寝かせる。


「さて…これから何すっかなぁ…」


 と言った俺の呟きが静かな部屋に響き渡った。


 

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