第3話 王の間のバグ
俺達二人は設定や職業選択を終え、現在王の間にいる。
「それにしても、なんだか不気味よね。」
奈乃が少し不安そうな声でそう言った。
「ん?何がだ?」
俺はほぼ反射的にそう言っていた。何かおかしい所はあるか?と俺は周りを初めて見渡す。
おっと、『どうして初めてなんだよ!!』というツッコミは御遠慮頂こう。隣に普通ならいるはずの無い幼馴染で許嫁の美女が居るんだぞ?そりゃ誰だって見惚れるだろ?
「確かに、おかしいな。」
肩を竦めながら俺は言う。何がおかしいのか?そんなもの決まっている。俺は奈乃に見惚れていて気づいていなかったが、通常のゲームならば「これから冒険が始まる!さあ、王様から話を聞こう!」というシーンなのだ。だというのに、王の取り巻きは兎も角、王すら居ないのだ。つまり、始まりの間とも言えるこの王の間には、俺と奈乃以外、誰も居なかったのだ。
「なんで誰もいないの?如何にも王様が居そうな所なのに。」
奈乃が率直にごもっともな疑問を吹っかけてくる。
「ああ、そうか。奈乃は初めてだったか。」
俺がこのゲームを勧めたのは期末テストの期間中に雑談していた時だったか。うちの学校は少し特殊でな。夏休み直前に期末テストが行われる。だから、今日は終業式が終わった、正に夏休み初日の日だったんだ。つまり、クソ真面目な奈乃は正真正銘今日が初プレイだったのだ。
「うん。本当ならここどういうシーンなの?」
別に俺のせいという訳では無いが、なんとなく心の中で奈乃に謝りながら俺は此処が本来ならば王と王の取り巻き達が居て、「魔王が現れて世界中に魔物が現れ始めていまいました。どうか助けてください。」と王の側近のような取り巻きに言われ、「はい」を選べば、王が「おぉ!やってくれるか。では、資金を支給しよう。」と行くシーンと言う事を説明した。まあ、後々分かるがこの王は所謂"クズ"なのだ。
「ふーん……つまり、この場所に王様が居ない理由は七音にも分からない、と。」
「そういう事だ。」
納得したような素振りを見せる奈乃に対して、俺は頷きながらそう言う。
「でも、王様が居ないと進まないよね?」
「っ……ああ。そのはずだ。」
こちらを向いて少し上半身を前に倒し、上目遣いで両拳を握りながら上下にぶんぶんと振りながら不安そうな顔をして此方を見てくる尊すぎる奈乃に、俺は思わず鼻血を出しながら倒れる走馬灯(?)を見るが、すぐに正気を保ち、そう言葉を返す。
「ちょっと待ってろ。やれる事があるか調べる。」
首を傾げ、きょとんとしている奈乃に再び尊死する感覚を覚えつつ、俺は視界の右下に自分のステータスを見れる所の右隣に小さく存在しているはてなマークに意識を集中する。表示されたそれは"ヘルプ"だ。このゲームのヘルプを載っけてくれてるはずだ。そう考えた俺はヘルプを漁る。だが、「これだ!」となるものは何も無かった。ただ、気になる物があった。それは職業ヘルプだ。"全職者"のヘルプがあった。迷わず俺はそれをタップし、そのヘルプを開く。
「これは……」
俺は思わず驚きの声を漏らしていた。何故なら、"全職者"のヘルプに書いてあったことはあまりにもぶっ飛んでいたからだ。
「全職者…強すぎないか…?」
奈乃には聞こえない声でそう呟く。俺が考えていた"全職者"は、さっきの"選択の画面で表示されていた職業だけ"だと思っていたが、"開発途中で没になった職業"も含まれていた。その没になった職業の中には、"管理者"というものが含まれていた。きっと開発陣が簡単にゲームのバグやバランスを調整したり出来るように開発していたんだろう。………ん?バグを…修正…?
「これだ!!」
と、思わず俺が大きな声を出すと、杖を両手で握った奈乃がびくっと体を震わせてこっちを見てきた。
「……ど、どうしたの?」
奈乃が小動物のようにおずおずと聞いてくる。
「俺の職業、"全職者"って言うんだけどな?その中に"管理者"ってのがあった。」
「つまり…どういうこと?」
うまく状況が掴めないといった表情で奈乃が俺を見てくる。
「王と王の取り巻き達が居ないのは多分バグだ。」
俺が説明を始めると、奈乃はこくこくと頷く。
「つまり、"管理者"の力を使えば、バグを修正してストーリーを進めることが出来るって事だ。」
「おぉ〜!」と、奈乃は言葉を零しながらぱちぱちと可愛い拍手をしている。
「じゃ、奈乃。危ないかもしれねぇから少し離れていてくれ。」
俺が奈乃にそう声をかければ、奈乃はすぐに3歩ほど後ろに下がり、まじまじと俺を見つめている。
「さて、始めるか。」
そして、俺は"全職者"の力を使い、"管理者"の力を使う。その瞬間、三面スクリーンのPCのようなものが浮かんだ。ご丁寧にキーボードの様なものも浮かんでいる。俺は両手の指をフル活用してキーボードの様なものをカタカタとタイピングし始める。そして、ものの数分で俺はバグの修正を終えた。"管理者"の力を消し、"刀"に戻す。すると、ぐにゃりと空間が一瞬歪み、先程まで居なかったはずだが、目の前の玉座に王が、周囲に王の取り巻き達が現れた。
「上手くいったみたいだな。」
思わずホッとした気持ちが声にこもった。
「凄い…」
奈乃は突然現れた王達に驚きつつ、周囲を見渡して少し感動したようにそう言葉を零した。
「魔王が現れて世界中に魔物が現れ始めていまいました。どうか助けてください。」
そうして、やっと王の間でのイベントが進み始めた。
「「はい」」
俺と奈乃は同時にそう言った。俺は正直に言うと、こういう序盤のイベントは面倒くさくて聞き流して適当に返事をするタイプなのだ。故に俺はやる気の無さそうな声に、俺の話を聞いてウキウキな奈乃はやる気の満ちた声でそう返事をした。
「おぉ、やってくれるか。では、資金を支給しよう。」
正直、俺は"管理者"の力で金なんてどうとでもなるから要らないんだが。まあ、貰えるなら貰っておくか。
そうして、俺達二人は王の側近らしき男から資金である金貨5000枚ずつを受け取る。ここ、王の性格が悪いポイントが出ている。この世界の通貨は、「銅貨、銀貨、金貨、白金貨」とあり、右に行くほど価値が高いのだが、白金貨を含まない3つの貨幣は、100枚でもう1つ価値の高い貨幣と同じ価値なんだ。つまり、金貨100枚で白金貨1枚分の価値があるということだ。だが、この王は金貨5000枚を渡してきた。やり込んだ身としては、「そこは換金も面倒なんだから白金貨で寄越せよ」と言いたい場面なのだ。無論、始めたての初心者にはそんな事は分からないのでなんの疑問も無かったのだが。
「ありがとうございます。」
奈乃は律儀にもお礼を言っていた。まあ、俺は何も言わなかった。奈乃のお礼にも全く反応を示さなかったのだ。ただ聞こえていなかった可能性もあるが。なんの反応も無いことに奈乃は少し怒ったのか、両頬をぷくっと膨らませていた。可愛い奴だ。
「では、魔王討伐を目指して、頑張ってくれたまえ。」
これでこのイベントは終了だ。あとはオープンワールドの世界を楽しみながら自由に冒険したりして、ある程度強くなった所で魔王を倒しに行く、というものだ。ま、一定時間経てば魔王は前回より少し強くなって復活するので経験値と金集め以外で魔王を倒しに行くメリットなんて無い。
「よし、終わりだ。奈乃、行くぞ。」
「あ、うん!」
そうして、俺達はこの広い世界に旅立った。
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