決戦

 今日は三人で伊代さんのスカート見つめていた。


「なんか、これ、集団で痴漢してるみたいで、やだな」

「言わないでくれ。こっちも考えないようにしていたんだ」


 男三人に囲まれ、伊代さんは萎縮している。

 しかし、彼女の萎縮が恐怖へ変わるのに、時間は掛からなかった。


「来たぞ!」


 スカートがもっこりと膨らむのだ。

 今日は買い物袋を持ってきた。

 こいつを網代わりにして捕まえてやる寸法だ。


 初めて触手を見た二人は、恐れおののいた。


「き、キメェ」

「オー、ノー。キッショイ、デスねー」

「どうすればいい?」


 私は持参した買い物袋を渡す。


「私が傘で追い込む。逃げたところをそれで掴むんだ」

「わ、分かった」


 昨日と同じように狙いを定め、傘で突き刺す。

 すると、奴は傘を躱し、スカートの奥へ消えた。


「ンン? ドコ行ッタ?」


 呉さんの相方が小ぶりな尻を睨む。

 その時だった。


 勢いよく捲れ上がったスカートの奥から、触手が魔の手を伸ばしてきた。


「ホワッツ!?」


 飛び出した勢いのまま、触手は外人さんの股間にへばりつく。


「カムチャッカ!」


 周囲の注意を集めていたが、ここまでくると、もはやどうだってよかった。


 一人でも犠牲者を減らすべく、私は素手で触手を掴む。


「ンノオオオオオオ!」


 カムチャッカと呼ばれた外人さんが悲鳴を上げた。

 触手は素手で容易に掴むことができたが、まるで吸盤のように局部へ張り付いて、全く離れる気配がない。


 呉さんまで、袋を脇に抱えて応戦する。


「くっそ! なんだこれ!」


 私たちだけではない。

 騒ぎに気付いた乗客たちが、次から次へと振り向いては、悲鳴を上げる。


「あ、アンタら何やってんだ!」

「はぁ、はぁ、誰でもいい! 手伝ってくれ!」


 皆は一様に戸惑っていた。


「女子高生が苦しんでるんだぞ! 何とも思わないのか!?」

「くっそ。カムチャッカ! 頑張れ!」


 カムチャッカさんは、大きく仰け反って手すりを掴んだ。

 脂汗を掻いて、尖らせた口から獣のような声を吐き出す。


「ンンン、オオオオオオオッッ!」


 ズボンがゴムのように伸びて、カムチャッカさんが苦しみの悲鳴を上げた。


「て、手伝います!」

「伊代さんは下がってなさい!」

「で、でも、……手伝います!」


 間に入り、一緒に触手を引っ張る。


「なあ、俺たちも手伝おうぜ」

「おい。アンタら。俺たちは、この兄ちゃんを押さえとく。思いっきり引っ張れ」


 人を助ける心に目覚めた乗客たちは、次々に救助へ乗り出した。


「せーの!」

「頑張れええええ!」

「離れろ、オラ!」


 触手が『ぴぎぃぃ!』と、相変わらず気色悪い悲鳴を発し、暴れ回る。

 ズボンが左右に揺れて、カムチャッカさんが「ノー!」と悲鳴を上げた。


「ちょっと、どいて!」


 私たちが悪戦苦闘していると、人垣の中から買い物袋を持った女性が現れた。


 買い物帰りだったのだろう。

 袋にはたくさんの野菜が詰め込まれている。


 その中から、未開封の塩を取り出した。

 袋を乱暴に破り、私たちが引っ張っている触手に思いっきり浴びせる。


『ぴぎいいいいいっ!』


 効いている。

 意外な手応えに驚きと勝利の確信を得た。


「今だ! せーの!」


 全員が一斉に力む。

 カムチャッカさんと、押さえている人達。

 そして、触手を掴んでいる私たちは、弾かれたように引き離された。


「ぐあ!」


 倒れ込んで、すぐに触手の安否を確認する。

 奴は床でビチビチと跳ねまわり、苦しみ悶えていた。


「これでも食らえ!」


 呉さんが立ち上がり、触手を踏みつける。

 すると、『ぴぎゅ』という悲鳴を発して、奴は動かなくなった。


「はぁ、はぁ、……やったのか?」

「ああ。動かない」


 長いようで、短い戦いが終わった。

 私たちは顔を見合わせ、思わず笑った。


「これで、苦しむことは、なくなった。良かったね」

「ありがとうございます」

「……さて。こいつは、どうしようか」

「袋に入れて、ゴミ捨て場に捨てないか?」

「ふむ。それがいいか」


 呉さんに手伝ってもらい、私は触手を買い物袋に入れた。


 *


 その後、股間を押さえたカムチャッカさんに駆け寄り、呉さんは電車を降りた。


 最後に、伊代さんとは手を振って別れ、私は今日も仕事に出勤する。


「さて、……やりたくない仕事をやるか」


 戦いは、日常の一コマにあるのだ。

 それを学んだ、人生の一ページであった。

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電車で戦うおっさん達 烏目 ヒツキ @hitsuki333

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