対決

 窓に映った自分の顔を睨む。

 スダレハゲのデブ。

 これが、私だ。


 斜め前には、件の女子高生である伊代さんがいた。

 今日の私は違う。


 折り畳み傘を所持しているのだ。

 護身道具で、催涙スプレーやスタンガンがある。


 しかし、催涙スプレーでは他の乗客の迷惑になる。

 スタンガンも同じだ。


 ならば、と折り畳み傘を持ってきたのだ。


 気分は魚が餌に食いつく瞬間を待つ、釣り人。

 反応は、伊代さんが示してくれる。


 私はジッと伊代さんを見つめた。


「……ぅ」


 一瞬だけ目が合うが、すぐに逸らされてしまった。

 俯いて、どこか落ち着かない様子でいる。


 私にも娘がいれば、こんな可愛らしい反応をしてくれるのだろうか。

 ふと、そんな事を考えた時だった。


「ん、くっ!」


 伊代さんが悲鳴を押し殺したのだ。


 きた。

 奴だ。


 私はすぐさま脇に立ち、折り畳み傘を構える。

 先端で潰すつもりだ。


 スカートの中で暴れ回る珍獣は、触手の先っぽだけを裾から覗かせ、気色の悪い鳴き声を発した。


「不埒な輩めぃ。許せん」


 伊代さんの体を傷つけないよう、傘を突き立てる。


『ぴぎゅ!』


 傘は伊代さんの股を擦るだけで終わった。


「う……」

「す、すまない」


 くそ。すばしっこい。


「大丈夫です。でも、いなくなりました」

「そうか。てことは……」


 奴は伊代さんから離れ、この辺りに潜伏しているということだ。

 この機を逃せば、また伊代さんは被害に遭う。

 それだけは避けねばなるまい。


 注意深く、多種多様な尻と股を注視する。

 奴にとって、大勢の人の足は、樹海の木の如しだ。

 身を隠すなら、打ってつけなんだろう。

 木は木を傷つけない。


 私が目を動かしていると、肘をつつかれた。


「山本さん。あれ」


 伊代さんが控えめに、私の横を指した。

 私から見て、左側に並ぶ乗客のさらに奥に立つサラリーマン。

 私と同じ中高年の男性だ。


 彼の股には、奴がいた。


「おのれぃ。伊代さん。ここで待ってなさい」


 乗客の間を縫うようにして、私は割り込んでいく。

 位置的には、おっさんリーマンの真後ろに陣取った。


 奴を上から見下ろし、傘を構える。

 うねうねと、おっさんの尻に絡みつき、無駄に艶めかしい動きでズボンを這いまわっている。


 おちょくっているのだろう。

 生憎、私は悪が栄えることを許さない。


「……成敗……ッ!」


 気合と共に傘を突き刺す。

 傘は触手を捉え、見事に潰した。――はずだった。


「んあああっ! ん、ふぐっ」


 一瞬、おっさんリーマンが喘ぎ、慌てて口を塞ぐ。

 全員の注目が声を発した方に向けられるが、皆は首を傾げて、すぐに我関せずと自分の世界に入り込んでいく。


「ど、どうなってるんだ」


 触手を潰したはずだが、奴は生きていた。

 傘とおっさんの尻に挟まれ、身動きが取れないようだ。

 というのも、おっさんが太ももを閉じてしまったので、傘まで抜けやしない。


「き、きみぃ……っ! どういうつもりなんだ……っ!」

「あ、これは、すいません」

「すいませんじゃないよ。私のぉ、尻に棒なんて突っ立てて。ええ? これ、あれかい? 痴漢じゃぁ、ないのかい?」


 小声で私を責めてくるおっさん。

 歳や頭まで私とそっくりなのに、中身はまるで違う。


「バカを言わないでください。今、そこに奴がいるんですよ。足を離してください」

「いいや。この傘は、物的証拠だ」

「何を言ってるんですか……ッ!」


 埒が明かないので、私は勢い良く傘を抜こうとする。

 それに伴って、目の前のおっさんは尻を締めて、思いっきり力んでくるのだ。


「ふん、ぬっ。この、邪魔立てを……」

「はぁ、はぁ、私はね。これでも、んお! くううっ、社内では窓際を担当しているんだぁ! 君のような不埒な者を野放しにはでき、んおおおおっ!」


 おっさんの体がビクつく。

 その度に、周りの注目がおっさんに集まった。


「い、いい加減にしてください」


 触手までビチビチと暴れ回り、おっさんの尻を叩いていた。


「へぁ! へぁ! へぁはは、暴れても、無駄だぁ。悪、即、ざ――」


 言いかけたところで、触手はグルグルと回転し始めた。

 抜け出すために、体内から分泌している液を尻の割れ目に塗りたくっているのだ。


「ンンンンンッッ! ンンンッッ!」


 おっさんがガクガクと頭を揺らし、その場で膝を突いた。

 おかげで、傘は解放されたが、奴まで消えてしまった。


「くそ。またか」


 私はその場から離れ、伊代さんの所に戻った。

 別の対策を考えないといけない。

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