両親 3

「おかえりぃ~」

「おかえりなさいませ」


 現代から帰ってくると司命と司録が出迎えた。鏡子は涙で濡れた目をゴシゴシと拭って苦笑いを浮かべる。


「た、ただいま」


 すると二人はギョッとした顔を浮かべて急にワタワタとし始めた。


「どどどど、どうしたの。鏡子ちゃん? 泣いてるの? 何で? 大王サンにいじめられたとか」

「そんなことするわけないだろう」

「とりあえず濡れた布を用意しましょう」


 司録はそう冷静に言い後ろを振り返ったかと思うと盛大に柱に頭をぶつけた。


 な、なんだかなぁ。


 鏡子はクスッと笑みを浮かべる。閻魔大王も司命も司録も。最初会った時からだいぶ印象が変わっていた。


 きっとこれからも変わっていくのだろう。――この地獄で生きていくかぎり。


「妻よ」


 閻魔大王は鏡子の髪を撫でる。鏡子は閻魔大王の手の温かさに子供のように目を細める。


「余の妻は地獄でも愛されているのだな」

「……その。おかげ、さまで」

「まぁ…………面白くはないがな」


 ん!? 何か聞こえたような。


 もしかして閻魔大王嫉妬している? と鏡子が閻魔大王の顔色を伺ったその時だった。閻魔大王は鏡子の左手を取り指輪を撫でる。


「え、閻魔大王!?」

「約束しよう」

「約束?」

「そうだ。余は妻に約束する。この地獄で妻を幸せにすると。それが余の出来る限りの…………」


 その後の言葉は鏡子の耳には届かなかった。鏡子は思わず首を傾げる。

 その時「お待たせしました」と司録が布を持ってきた。それと同時に「あーあ。今いいところだったのに」と司命が口を開いた。どうやら司命は空気を読んでわざと黙っていたらしい。

 鏡子は「ありがと」と司録から布を受け取り目に当てた。ひんやりとしていて気持ちいい。その気持ちよさから思わず目を閉じてしまう。


「大丈夫? 鏡子ちゃん」


 その言葉にハッとして鏡子は布をとった。目の前には声をかけてきた司命。そして司録に閻魔大王がいる。

 鏡子はその三人の姿に妙に安心して笑みを浮かべた。


「皆……。心配かけてごめんね。もう、大丈夫だから」


 もう、大丈夫だ。お父さんもお母さんも元気だった。前を向いて歩いていた。だから私も――。この地獄で必死に生きて行こう。


「明日からまたよろしくお願いします」


 鏡子は笑みを浮かべたまま、頭を下げた。


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