両親 2
閻魔大王と鏡子の体が炎に包まれる。鏡子はギュッと目を瞑って閻魔大王に抱きついた。閻魔大王は前と同じように鏡子の肩を抱き寄せる。
「っ」
やっぱり。急に触れられたり、抱き寄せられたりすると緊張する。ドキドキと胸が高鳴る。のが閻魔大王のせいなのか、これから急降下するからなのかよく分からない。
閻魔大王は人頭杖でコツンと床を叩く。と炎が天井まで舞い上がり、閻魔大王と鏡子の体が一気に急降下した。
「っ!!!」
鏡子は声を出さないよう唇を噛み、必死に重力に耐える。そのうちに急降下が止まり閻魔大王に「着いたぞ」と声がかけられ、鏡子はゆっくり目を開ける。目を開けた先には懐かしい光景が広がっていた。
とある山の中。その山の中に小さな寺があって、寺の横に墓がいくつもある。その墓の一つに玻璃家の墓もある。そして――。その玻璃家の墓に二つの背中を見かけた。
「お父さんっ、お母さんっ」
玻璃家の墓に手を合わせた鏡子の両親がいた。久々の両親の姿に目頭が熱くなる。
ああ。今すぐ両親のもとに飛び込みたい……。
思わず足を踏み出そうとする。と閻魔大王に肩を掴まれた。
「妻よ」
「分かってますっ。分かってるけど。でも」
涙がこぼれ落ちるのを我慢しながら、必死に地に足をつける。
閻魔大王はそんな鏡子を見て鏡子の手の甲を包むように握り、鏡子を大樹の陰に引っ張る。
「どうも妻が亡くなってから四十九日が経っているようだな」
「四十九日……」
「地獄だと一年以上……。少なくとも半年は確実に経っているはず」と疑問を感じるが、今の鏡子にはそれを問う気力がない。
やがて閻魔大王は「余の妻は愛されていたんだな」とポツリと言葉をのせた。
「最近は四十九日でも法事をしない家や、やったとしても軽く終わらせる家が増えているからな。妻は親より先に亡くなったというのもあるだろうが、妻自身が愛されていたからこそこうやって両親は冥福を祈っているんだろう」
「……」
鏡子は両親の背中を見つめる。両親は熱心に墓の前で手を合わせ、その場から一歩も動かない。けれど両親の肩は小刻みに震えていた。
その姿に鏡子は堪えていた涙がボロボロとこぼれ落ちた。嗚咽がこぼれないように口元を手で押さえる。
大きな声で泣いてしまいそうだ。両親に聞かれてはダメなのに……。
やがて母の方が鏡子の墓に向かってポツリと話し始める。
「鏡子……。元気にしてる? こっちは……そうね。鏡子がいなくて寂しいわ」
「っ」
「本当に。……どうして、こんなことに」
母の声がどんどん掠れていく。そんな鏡子の母の肩を父が抱き寄せる。
「お母さんっ」
鏡子が小さく呟いた声は届くことはない。母が言葉に詰まっていると父がゆっくりと口を開く。
「鏡子。お前がいなくて俺も僕も寂しいよ。でも。いつまでもウジウジしていると鏡子に怒られてしまいそうだから。鏡子がいなくて寂しくて、寂しくて。辛くてたまらないけれど、なんとか前を向いてやっていくよ。だから鏡子も願わくば――どうか幸せに」
その瞬間、思わず「お父さん!」と声を張り上げてしまいそうになる。その瞬間、閻魔大王にグッと腰を引き寄せられ胸板に顔を押し付けられた。
「……落ち着け」
「っ」
閻魔大王の言葉に鏡子は言葉なく、ただ頷く。
やがて鏡子の父と母はゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向いた。
ブワッと風が舞い上がる。艶々とした緑の木の葉が舞い散る中、鏡子は閻魔大王の胸板から両親の顔を盗み見た。両親は鏡子が生きていた頃よりやつれ、目には隈が出来ている。それでもどんな困難にも挑んでいこうとする目の輝きだけは前と同じだ。
よかった……。これなら……。今すぐは無理かもしれないけれど。前と同じように明るく生きられる。
鏡子は嗚咽をこぼさないようにグッと唇を噛みしめる。
両親は手と手を取り合って、俯きながら墓を出て行った。
「……閻魔大王」
鏡子は顔を閻魔大王の胸板に押し付けながら、静かに口を開く。
「ああ」
「もう、口にしてもいいかなって」
「口に?」
「両親への思いを」
鏡子は周囲に目を配って誰もいないことを確認してから、閻魔大王の腰に手を回しギュッと抱き着いた。
「両親に「ありがとう」って言いたかったです。いつも私を見守ってくれて、私の意見を尊重してくれて。厳しいこともよく言われたけれど。私のことを愛情を持って育ててくれた……」
「……」
「私は幸せに生きていくから。だからお父さんもお母さんも幸せにって…………言い、たかった」
最後は涙で声がかすれ、閻魔大王に届いたか分からない。それでも閻魔大王は「そうだな」と優しく背をポンポンと叩く。
鏡子はその背を叩く振動でだんだんと落ち着きを取り戻していく。いつの間にか涙も止まっていた。
「大丈夫か」
「はい。あの。ありがとうございました、閻魔大王。私が両親に声をかけるのを止めてくれて。落ち着かせてもくれて」
「ああ」
「それから両親とも会わせてくれて」
鏡子は閻魔大王から三歩離れて涙で濡れた目元を自身の紅蓮色の着物の袖で拭いた。そして少し無理に笑顔をつくる。
「もう大丈夫です。帰りましょう。閻魔大王」
「そうだな」
「あ、それから。帰るときはゆっくり上がってもらえると」
「それは~人頭杖次第だな」
そのちょっぴり意地悪な閻魔大王の言葉に鏡子は笑みを浮かべた。
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