四件 1
「鏡子さん!!!」
ダン、と派手な物音を立てて宿舎の扉が開いて刀葉林が大股で歩いてくる。鏡子は広間で温かいお茶を啜っていた。
「刀葉林さん!? どうなさったんですか」
「今日こそ、今日こそ。一緒におめかしして、こいばなとやらをするのよ」
刀葉林はあれからも何度か鏡子の元を尋ねていた。そのたびに閻魔大王に拒否されていたのだが、今はその閻魔大王はいない。それどころか司録と司命は少しの間席を外している。
それでも。
鏡子は「ごめんなさい」と軽く頭を下げる。
「今日は裁判があって」
「あら、そうなの?」
あれからはじめての裁判だ。鏡子は緊張の中で不思議なやる気で満ちていた。
上手くできてもできなくても、とりあえずやってみよう。
鏡子は拳を作って軽くガッツポーズをする。
「残念ねぇ。あの人が西洋のお菓子を持ってきてくれたのだけれど」
「本当にごめんなさい」
「でも、仕方がないわねぇ。せっかくやる気になっているところ水を差すわけにもいかないしね」
刀葉林は笑みを浮かべながら、鏡子の目の前の椅子に腰かける。
「それにしては迎えが遅いわね」
今日は司録が裁判所まで一緒についてくることになっていた。
「多分、いろいろ準備があるんですよ」
「そうだとしても、女性を一人待たせるなんて」
そう言いながらも刀葉林は楽しそうだ。
「あなたに言われたくありませんね。勝手に宿舎に入ってきて」
「!」
聞きなれた声に宿舎の扉の方を見ると、やはり司録がいた。
「あら、やっとお出ましね」
椅子から立ち上がった刀葉林を無視して、司録は鏡子の元へ歩いてきた。司録は鏡子の前で軽く頭を下げる。
「すみません。しばらく一人にさせてしまって」
「え!? いや、そんな謝らなくても」
「それだけでなく、刀葉林と一緒にさせてしまって」
鏡子は首を振るも司録は頭を下げ続けている。
「本当に大丈夫だから! それより裁判は?」
鏡子はなんとか強引に話を逸らせる。
「ええ。準備は整えてあります」
「そ、それじゃあ行こうか!」
鏡子は自分から司録の服の袖を引っ張って外に出ようとする。だが司録に「お待ちください」と呼び止められた。
「外には鬼がいますから。私が先を歩きますよ」
「!」
そういえばそうだった、と鏡子はピタリと足を止める。
裁判のことで頭がいっぱいでそこまで気が回らなかった。
司録はクスリと笑みを浮かべて、「それでは行きましょうか」と鏡子に手を差し出す。鏡子も手を出して、そして手が触れるギリギリで止まった。
「……」
「……」
「……」
「どうかなさいましたか」
ジッと手を凝視して取らない鏡子にしびれを切らして司録は尋ねる。
「その……」
「はい」
「手を取っていいのかな、と思って」
鏡子は司録の手から目線を外して、上目に司録を見つめる。
「一応、閻魔大王の妻としてここにいるわけだし。そう簡単に手を取っていいのかなって」
そう言いながら鏡子の頬はどんどん赤く染まっていく。
別に当たり前の疑問を口にしただけなのに、何でこんなに恥ずかしいんだろう。
そんな鏡子を見て司録はまたクスリと笑う。
「…………それもそうですね」
司録はゆっくりと手を降ろす。
「それでは鏡子様、私の後ろを離れないようにしてください」
「うん」
鏡子は顔を赤くしながら頷く。と――。
「鏡子さん!」
刀葉林から声がかかる。
「裁判が終わったらアタシの部屋に遊びに来て! 二人っきりでお話しましょ」
「お断りです」
鏡子が口を開く前に刀葉林の提案は司録にバッサリと断られる。
「あら、司録には聞いてないわ」と膨れる刀葉林を完全に無視して司録は外へと出ていく。
「!」
追いていかれないようにしないと。でも。
鏡子は後ろを振り返る。
「あの、遊びに行きます! 裁判が終わったら」
「!」
鏡子の言葉に刀葉林は目を丸くした。
女子同士で話すのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。それに……刀葉林さんともうちょっと仲良くなりたいし。
その思いが通じたのか、やがて刀葉林はクスリと笑う。
「ええ、待ってるわ。だから裁判なんてちゃちゃっと終わらせてきなさいな」
「はい!」
鏡子は再び前を向いて、少し遠くなった司録の背中を追い始めた。
鏡子は司録と共にかがんで裁判所へ入っていく。
「来たか」
裁判所に入った瞬間、閻魔大王と視線が合う。
「!」
久々の裁判だ――。
鏡子の胸は緊張でドキドキと脈を打つ。
「妻よ」
閻魔大王は手招きをする。鏡子はゴクリと唾を飲みこんで閻魔大王の隣に立つ。司命と司録はすでに定位置にいた。
閻魔大王は何も言わなかった。ただ鏡子を見て頷いた。
「司命、罪状を」
司命は頷くと、鏡子と同い年くらいの女性を強引に引っ張ってきた。
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